第23話 いつもと違ったそこの景色(2)


 バンギャ系ボーカリスト女子こと浅間あさま美里みのりさんからの宣告に、ひたすら動揺を隠せない俺。愛華さんのことで相談してたのに、なぜこの人の家にお呼ばれしてるのか意味が分からない。テーブルを叩いた彼女は真面目に言ってるらしく、理由を簡単に説明してくれた。

 


「石切さんは好きな人とキスまでしといて、友達続けられるって本気で思ってんの?」


「正直しんどいよ。でも愛華さんがそれを望むなら応えたいからさ」


「私は二人の味方だけど、その部分だけは許せない。ソフレもキスフレも心の隙間を関係であって、広がるならやるべきじゃないの。強要されて続けてたら逆効果だよ!」


「強要じゃないよ。俺の望みもあの人の幸せなんだから」


「そー返すのも想定済みなんで、今晩泊まりに来て。私がソフレのメリットを教えてあげる」


「はい!? 浅間さん彼氏いるじゃん!」


「ハッ、キミに初カノができる直前に別れたよ。幸せオーラ撒き散らしてくれるから、言い出せなかったけどぉ」


「なんかごめん。苦労かけてたんだね……」

 


 その後2時間ヤケ歌に付き合い、夕飯をコンビニで買って浅間宅へと向かった。彼女も一人暮らしだが俺のアパートとはだいぶ違い、セキュリティのしっかりしたマンションの一室。駅から近くて広さも充分にある。学生で親の仕送りもあるから、当然っちゃ当然か。

 部屋に荷物を置いた俺は彼女の原付を借り、着替えを取りに一旦帰った。往復した時にはバンドのライブ映像を観ており、ずいぶんリラックスしてる様子。ちょっと気が抜けてしまう。

 


「おかえり〜石切さん♪ そのまま仕事行ける準備もしてきた?」


「俺は出掛けるのもバイトも同じ服だし、荷物に特別必要な物なんて無いもんでね」


「あはっ、石切さんらしいや♪ そんじゃご飯食べる前に、ちょっくら試してみますかー」


「試すって何を?」


「添い寝だよ。夕飯にはさすがに早いっしょー」


 

 初っ端メインイベントに入るとか聞いてないぞ。そんなにあっさりやれることなのかよ。

 あたふたする俺を見兼ねたのか、浅間さんは穏やかな微笑みを浮かべて尋ねてくる。

 


「石切さんはさ、私と生涯を共にしたいとか、自分の力で幸せにしたいって思う?」


「……なんて言うか、大切な友達だから幸せになってほしいんだけど、自分でとなると違うかなって感じてしまう」


「だよね。それがソフレになる第一条件。本気になれる人が見付かるまでの間、空白ができるとやっぱ寂しい。そんな時は恋愛感情がない相手の方が、気軽に甘えられたりするんだよ」


「んー、まぁ気を使ったりはしないで済むかも」


「それそれ! 私も別れて4ヶ月になるから、人肌恋しいんだよね〜」


「そういうことならお願いするよ」

 


 横で結ったピンク色の髪からヘアゴムを外すと、手首に掛ける浅間さん。癖の付いた髪を手ぐしで整え、軽く頭を揺すった彼女は、こちらに来いと合図した。

 隣の部屋にはベッドと机があり、壁には何枚かV系ヴィジュアルけいバンドのポスターが貼ってある。家具や他の飾りは女の子らしく、パステルカラーや可愛らしいグッズばかり。

 室内をまじまじ観察していると、彼女が不機嫌そうにベッドを指差した。


 

「キミの目的は私の私生活の覗き見じゃないの。早く壁側に横になってよ」


「俺が奥に寝ていいの?」


「だって石切さんが欲情したら、逃げられなくなるじゃん」


「そんなに信用ないとは思わなかった……」


「なーんちゃって。どーしてもって言うなら、ソフレより先も考えなくないけどさー」


「ちょっと! 浅間さんはもう少し自分を大事にして!?」


「あのねぇ、添い寝だって心を許してないとできないんだけど。石切さんは友達の中でも、そのくらい特別な人なんだよ」


「……変なこと言っちゃってごめん。布団入るね」


「うん、早くしてぇー」


 

 そっと持ち上げた掛け布団から、親しみ深い匂いがする。外見が派手な割に爽やかで、石鹸みたいな優しい香り。

 端まで詰めて仰向けになると、躊躇なく隣に潜り込んだ彼女は、ゆっくりこちらに身を寄せる。俺の右腕を掴んだかと思えば、蚊の鳴くような声で呟いた。

 


「腕まくら……」


「あっ、はいはい」


「んー、結構いいかも。石切さんって体臭薄いよね」


「あはは、そうらしいね。昔から言われてた」


「だからかな。勤務中も柔軟剤の匂いとかして、清潔感あるんだよねー」


「顔じゃ勝負できない分、そこは気をつけてるよ」


「そーゆーの超大事。すこーし頼りないけど、親切で温厚な性格も、なんかまったりするんだ〜」


「俺も浅間さんと一緒だと落ち着くよ。知り合って1年半、地元じゃない場所で俺がやってこれたのは、たぶん君が仲良くしてくれたから」


「色々あったね〜。ただの同僚から、お互いの恋を応援し合う戦友になって、今は恋人未満って表現がしっくりくるかな」


「そっか……同性間に近い友情は難しくても、恋人未満の男女関係ってのは成り立つんだ」


「なーにを今更?」


 

 俺よりも前からあのコンビニにいて、接客の基本を教えてくれた浅間さんは、歳は同じでもお姉さん的存在。そんな人が甘えるように寄り添ってくるのは不思議な感覚だが、支えられっぱなしではなくなった気がして、少しだけ誇らしくなっている。

 彼女は今も何かを伝えているのだろう。それはいつだって、俺の役に立つちょっとしたアドバイスだ。

 


「愛華さんにもハッキリさせてもらうよ。夫婦間で満たされない部分を、恋人未満で解消したいのか、あるいは遊び相手を求めてるだけなのか」


「ふーん、名前で呼んでるんだ〜」


「い、今は置いといてほしいんだけど……」


「離婚の意思がホントに無いならその二択になるけど、まだ三番目のって可能性もあるとは思うよ〜?」


「それならそれで……俺も腹を括るまでだから」


「がんばるねぇ〜蒼ちゃん♪ イバラの道も愛の力で突き進んじゃうんだ☆」


「怖くなるからやめてよ。あとアオちゃんってなに?」


「蒼葉って呼び捨てにするより可愛いかなぁ〜って」


「俺は可愛げ求めてないんだけど……」


「応援してる。もし挫けそうになったら、私がキミの休憩所になってあげるからさ、心配しなさんな♪」


「………ありがとう、浅間さん」


 

 休憩所なんて言い方は失礼だし、どちらかと言えばカウンセラーって感じがする。

 彼女との時間は癒しになり、夕食後に談笑を挟んで、また当然のように一緒に眠った。こうした安息を得られるのは信頼できる友人だからであり、他の誰かでは不可能だろう。甘えてばかりの彼女には、いずれお礼をしなくちゃいけないな。

 

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