第19話 そんな普通は変化を続けていた(2)
「さっきはごめんね。蒼葉くんにとっては余計なお世話なのに、怒鳴ったりして……」
「いえ、本気で嬉しかったです。初めてご馳走してくれた時みたいに、俺のこと真剣に考えてくれたんですから」
「もちろん考えるよ。だってキミは……すごく大切な人だから」
服を買って立ち話をしてる最中、珍しく怒りを前面に出した愛華さん。それはものの数秒で鎮まった為、近くのレストランで昼食を摂ることにした。注文を終えると謝罪が始まり、正直困惑している。今日の彼女は不安定というか、喜怒哀楽の移り変わりが目まぐるしい。しかも全てが俺に関係していて、どういう存在と認識されてるのか益々分からなくなった。
ひたすら胸が苦しい。二股された際は落差による衝撃だったけど、今回のは虚しくてもどかしくて息が詰まる。簡単に割り切れないのは、たぶん彼女のせいだ。
「愛華さん、一つ訊いてもいいですか?」
「うん、いいよ」
「昨晩俺が酔い潰れる直前、本当は何か聞いてたんじゃないですか?」
「え? 俺は貴船さんが大好きなんですよぉ〜って言われたよ?」
「ちょっとぉおー!? しっかり聞いちゃってんのに、なんで夢だとか言って誤魔化したんすか!?」
「違う違う。変なこと言いませんでした? って訊かれたから、変なことは言ってないよ〜って答えたんだよ」
「……屁理屈だ」
「まぁ、自分から言い出せなかったのは、隠したいって思ったからなのかな。でも誰かを想うのは変なことじゃないし、キミに言われて嬉しかったよ」
愛華さんが妙な言動をし始めたのは、予想通りこれが原因だ。嬉しいと感じてしまったが故の葛藤もあるなら、尚のこと辻褄が合う。
だったら俺はどうすればいい。彼女を正しい道へと帰すべきか、もう開き直って自分で幸せにする手段を考えるか。いや、りっちゃんの例があるから、後者は早計かもしれない。『好き』の意味に個人差があるように、どんな相手からだと嬉しくなるのかも千差万別だろう。この人の心の形を読み解くには、今ひとつ確信要素が足りてない。
コーヒーを飲んで悶々とする脳を醒ましてる頃、二人分の料理が席に届けられた。俺が選んだクリームパスタは、視覚的には至って普通。一旦思考を休ませつつ、フォークに巻き付けて口へと運んでみる。
「うーん……美味いんだけど、愛華さんの手料理に比べるとなんか味気ないなぁ」
「……そうなの?」
「はい。でもあなたと一緒の食事は、それだけで幸せを感じますけどね」
「……へぇ〜♪ じゃあその幸せ分けて♡」
そう言うと、無防備に口を開ける愛華さん。
彼女の唇が俺の使った食器を挟み、パスタとソースを丁寧に絡め取っていく。公衆の面前だからか、いかがわしいことをしてる気分。
よく噛んで味わった彼女はクリっとした瞳になり、料理から俺へと目線を移動させた。
「充分美味しいじゃん!」
「それはそうなんですが……」
「あたしじゃないと満足できないの?♡」
「含みのある言い方でも、あながち間違ってないっす」
「……素直にきたかぁ。ほい、グラタンも美味しいから食べてみー?♪」
「じゃ、じゃあ失礼します」
「やっぱ照れくさいから目は閉じてて。あとそんな大きい口じゃなくて平気だし、もう少し前に来れる?」
指示が多い上になんか細かい。しかし行為自体は好きな人にやってほしいことの上位なので、断りたくはない。軽く身を乗り出し、スプーンがギリギリ入るかどうかのおちょぼ口をすると、真っ暗な視界でその時を待った。
目と鼻の先に気配が迫り、ホワイトソースや焦げたチーズの香りがする。もう来る頃かと顎を上げた瞬間、ふにゃっとした柔らかな感触が唇を包み込んだ。
「んんっ!??」
慌てて瞼を大きく開き、鼻から声が漏れる。近過ぎるが故にぼやけて映った肌色と黒、そして明るめの茶色が、愛華さんの顔と髪の毛であることは即座に理解した。分からないのはこの状況。優しく触れ合う唇がとろけるほどに甘く、そこを伝ってくるのは純粋な想いだけ。
スっと離れた彼女は姿勢を戻すと、ほのかに紅潮した笑顔で再びスプーンを向けてくる。
「はい、あ〜ん♡」
「あの………愛華さん?」
「キスフレになっちゃったね♡」
「お、おう。ソフレでメシフレでキスフレって、もうほとんどやることやってるカップルなんすけど」
「じゃあ今日だけは、カップル気分のデートを続けちゃう?♡」
「そしたら俺、期待しちゃいますよ?」
「んー? キス以上もできるのかなぁって?♡」
「あなたと本当の恋人同士になれるかもって、期待しちゃいますよ!?」
一瞬固まったかと思えば、彼女はたちまち表情を曇らせて目を逸らす。俺達の関係は友達という前提でのみ成り立ち、踏み越えようとすれば崩れる。恐らくそう伝えたいのだろう。
いっそ壊してしまえば楽になるかもしれない。投げやりな感情に狂いかけた俺は、添い寝中に誓った自身の決意に正気を取り戻した。
「冗談です。俺は愛華さんが幸せになるなら、どんな関係でも構いません。キスフレでも擬似カップルでも付き合いますよ」
「………それはズルいよ」
「え? 今何か言いましたか?」
「ううん。早く食べて次行こっか♪」
か細い声で呟いた彼女だが、すぐに晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。例え本心を上塗りする芝居だとしても、今は喜んで共演できる。俺との時間を、この人が望んでくれるのなら。
食事を終えた後、表に繰り出して初めに直面したのは、うだるような暑さ。雲が流されて照りつける日差しが、ビル街の真ん中を蒸し風呂状態にしている。行き交う人波も騒がしいエンジン音も、許容できない熱気に拍車をかけた。
そんな中でも肩を寄せ合い、しっかりと手を繋ぐ熱々のカップルには感心してしまう。羨ましいような尊いような。
そして俺の左腕にも、何やらモチっとした気持ちよさが感じられる。見ると愛華さんが密着し、色白の細腕を組まれていた。
「……そう来ましたか」
「来ない方がよかった?」
「いやいや、むしろ大歓迎っすよ。だけど暑かったら無理しないでくださいね?」
「あたし低体温だからか、結構暑いの平気なんだよねー☆」
「確かに外気より腕のがひんやりしてる」
「それは冷房で冷えただけだよー」
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