第18話 そんな普通は変化を続けていた(1)
「うーむ、なぜ俺は横浜に来ている……?」
「あたしの欲しい物が全部見れるし、近いからちょーどいいんだよ〜☆」
「確かに近いし嫌いじゃないんすけど、パートナーがいる女性と来るのはハードル高いっす」
「だいじょーぶ☆ ほら、ちゃ〜んと指輪も外してるから♪」
「それを大丈夫と言っちゃう辺り、もうヤバい匂いしかしない……」
「も〜、置いてくよー?」
電車一本でたどり着けるちょっとした都会。みなとみらいに比べれば、デートスポットとしての印象は薄い。どちらかと言えばショッピングやビジネス寄りの街。それでも各所には有名レストランがあったり、遊べるスポットも多い。人妻と二人だと罪悪感しか湧かないんですが。
更に言えば、愛華さんの美貌は俺の想像を超えていた。駅でも電車の中でも人々の注目浴び、堂々とできない俺は非常に気まずい。りっちゃんとでも似たようなことはあったけど、あの子の場合は学園のマドンナ的な可愛さだし、彼氏としての優越感が勝った。けれどバッチリメイクして服装を整えた愛華さんは、最早ドラマ撮影中の人気女優レベル。溢れ出す麗人オーラと煌びやかな魅力が、老若男女問わずに惹き付けてしまうのだ。彼女が普段ラフな格好ばかり選ぶのも、今なら心底頷ける。
俺の負い目を知ってか知らずか、てってと先を行く美人さん。多少離れてた方が気が休まるものの、別の心配も少なからずあった。
「おねーさん超キレーっすね〜。暇なら俺達とお茶しません?」
「あははー、あたし相手いるんで〜」
「ん〜? どこにいるんすかぁ?」
「え? あっ、も〜蒼葉くんっ! なんでそんな後ろにいんのさー?」
「さーせん。この人俺の連れなんで、ナンパは勘弁してもらえますか?」
ブツクサ言いながらも、引き下がってくれる人達でよかった。彼女にとって結婚指輪は、周りへの抑止力として最大の効果を発揮するのだろう。
何事も無かったかのように歩き出す姿を見ると、こうした事態に慣れてるのも察する。結婚前はどうしてたのかなんて、考えたくもないけど。
並んだ時の目線の差はそれなりにあった。低めのヒールも一因だし、彼女は元々160センチもない。だからか人混みにいると
「おー、これも可愛い♪ 蒼葉くんはどっちがいいと思う?」
「うーん、左のベージュっぽい服のが似合いそうかな」
「大人っぽい雰囲気が好み?」
「好みってより愛華さんの印象です。天真爛漫な明るさじゃなくて、深みのある眩しさって感じなので」
「……ふ〜ん。キミはあたしをそーゆーふうに見てるんだ〜?♪」
「なぜここでイタズラモード!?」
「子供みたいな無邪気さとは違って、裏表あるヤラシイ女に見えるんだよねぇ〜?」
「や、やっぱ青の方でいいっす! そっちのが夏っぽいし、愛華さんなら必ず着こなせます!」
「ううん、ベージュにする。あたしも色や形で気に入ってたんだぁ♡」
「なんだよもう……」
アパレルだらけのビルに入り、女性服の店を順々に見ていくと、唐突にイジりが入る。どうやら機嫌の上がる瞬間がポイントみたいだけど、今回のは思い返しても理解不能。
他の店でも品定めして、計4着購入したところで、前触れもなく腕を引っ張られた。
「ちょっ、どしたんすか!?」
「見てーあのジャケット! あたしビビっときたよー☆」
「いや男もんっすよ!?」
「だって蒼葉くんに似合うと思ったんだもん♪」
「かなり淡い水色っすね。俺、暗めの色ばっか着てるのに」
「だからだよー♪ 形が結構カジュアルだし、パンツやインナーが濃い系統でも合わせられるって♪」
「んー、ちょっと羽織ってみます」
マネキンを飾る服の中でも、一際目立つ爽やかなライトアウター。夏の終わりや秋口でも使えそうな色味に、薄手で涼しげな素材感。自分ではまず手に取らないタイプの品物だが、輝く瞳に後押しされて、一応袖を通してみた。
鏡に映る男の姿に、そこはかとなく違和感を覚える。自分には不釣り合いに思えるのと、服に着られてるような感覚。しかし全方位から観察した愛華さんは、俺の胸にそっと両手をかざして、より一層目をキラキラさせた。
「ちょー似合ってる! すごくカッコいいよ!☆ 少し胸を張れば大人感も増して、どこに出しても恥ずかしくない好青年だねー♪♪」
「俺はこれ着てどこに出荷されるんすか?」
「んー、やっぱ誰にもあげたくないから、あたしのものにしよっかな♡」
「えっ……それって——」
「じょーだんだよ♪ その服あたしが買ったげるね☆」
「いやいいっすよ、自分で買うんで」
「ふっふーん。何を隠そう、あたしは昨日が給料日だったのだよ☆」
「よく存じてます。俺も同じ職場っすから」
「あのコンビニでの初任給は、キミへの恩返しに使うって決めてたの。あと今日のお礼も兼ねて♪」
「もう恩なんて全部返されましたよ! 12月の一件くらいで、もらい過ぎてますって!」
「あの出来事はそんなに軽くないよ。その後もずっと、キミはあたしを支えてくれてる」
興奮から一転してしんみり語られると、こちらも譲るしかない。いつも嬉しそうに言ってるから気付かなかったけど、恩返しが一種の義務感や強迫観念に近く思えて、素直に喜べなかった。
三つの紙袋を手に提げ、ビルを出た時刻は12時半。次の目的地である本屋は駅の反対側らしく、向かう前に愛華さんがとある提案を出す。
「そろそろお昼にしよっか。混んじゃう時間だけど、今食べないと15時に横浜出れないもんね」
「おー、言われてみれば腹が減ってる気がします。こんな真昼間に珍しい」
「あのー、蒼葉くん? いつもは何時頃にご飯食べてるの?」
「夜の11時前後が基本で、たまに朝飯も軽く食べますね。今日は朝ご飯たくさんいただいたんで、夜まで余裕で持つと思ってました」
「一日一食か二食だけで過ごしてたの!?」
「そうっすね。小腹が空いたら休憩中にチョコとか食ってるんで」
「キミってホント食に無頓着だよね。そのうち残りの筋肉も
「それは困るなぁ。またプロテイン飲むしかないかぁ」
「そーじゃなくって……作るのが大変だったらあたしに言って。独りで食べても美味しくないなら、できる限り一緒に食べるから。だから………もっと自分の健康を考えてよ!!」
「えっ? 愛華……さん?」
力強く訴えてきた彼女の瞳は、光が滲んで揺れていた。これも恩に着せたせいなのだろうか。
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