第13話 形を変えて色付いていく


 貴船さんに呼ばれてキッチンに向かうと、彼女はオーブンレンジを覗き込んでいた。中で加熱されてるのは、ホールケーキが丸ごと入りそうな型に、分厚いピザに似た生地。上には葉物野菜やベーコン、チーズなんかが乗っており、少しずつ焼き目が付いていく。時間が経つにつれて外周からどんどん膨らんでいくと、本当にピザの耳みたいである。

 感心しつつも首を傾げていたら、一緒に眺めてる貴船さんが正体を明かしてくれた。


 

「これはキッシュだよ。石切くんは食べたことない?」


「キッシュ………あっ、カフェで手のひらサイズで売ってる、丸とか四角い形のやつ! あれですね!」


「当ったり〜♪ 前にカフェでバイトしててさ、どうしても自分で作ってみたくなって、レシピ覚えたんだー♪」


「家でも作れるもんなんすね〜」


「パイシートがあれば結構簡単だよ☆ これが焼けたらご飯にするからねー!」


「おぉ、やった!」


 

 それから数分間、胸躍る気持ちで待ってると、香ばしい匂いが室内に立ち込める。

 食卓を彩っていくのは、夏野菜と鶏肉のトマト煮込み、サーモンのマリネ、汁物にポトフと、メインディッシュのこんがり焼けたキッシュ。どう見ても2、3人で食べ切る量ではないが、飛びつきたくなるほど豪華なものだった。

 更に彼女は冷蔵庫で何かを確認している。

 


「石切くーん、ビールとレモンサワーとハイボールならどれがいい?」


「えっと、じゃあハイボールで」


「オッケー♪ あたしも今日はハイボールにしよ〜っと♪」


 

 いや待て、なんかおかしいぞ。夕飯をご馳走になるのはまだ許されるとして、二人で酒まで飲んでたらさすがにマズイのでは?

 下手したら訴えられる。人生が終わってしまう。

 冷静さを取り戻した俺は、料理から彼女の顔に目線を移すものの、満面の笑みで断るのが心苦しい。

 


「あ、あの、貴船さん……」


「ん〜? どーしたの?」


「やっぱ飲むのは控えた方がいいですよ。いくら友人同士でも、男女二人きりじゃないですか」


「そーだね、二人っきりだ♡ 罪になるなら手遅れだから、パーっと飲んで忘れちゃおーっ!」


「えぇーっ!? すでに有罪っすか!?」


「う・そ♡ 絶対に迷惑かけないから、今夜は恩返しさせて」


「ん? 恩返し?」


「こっから先は飲んでからー! カンパーイ♪」


「もうどうにでもなれ!」

 


 缶をぶつけて一口飲むと、ウイスキーのまったりした風味と共に罪悪感が染み渡る。しかし取り分けてくれた手料理を食べ始めただけで、何もかもが吹っ飛んだ。どう形容すればいいのか分からないくらい美味い。

 どの料理も腹を満たす為ではなく、食べた人を喜ばせるような味。濃過ぎず薄過ぎず、食感にも拘っていて、こんなに丁寧に作られた食事は生まれて初めてかもしれない。本気でそう思った。

 箸が止まらない俺とは正反対に、彼女は酒を片手にこちらを見つめている。

 


「ど、どうしたんですか?」


「んー? いっぱい食べれそ?」


「そりゃあもう! 美味し過ぎて感極まるって感じです!」


「よかった。キミの為に頑張ったの♡」


「お、俺の為……」


 

 嘘ではないと確信できるくらい穏やかな微笑みで、対応に困ってしまいハイボールを一気飲みした。アルコールに強くないのは重々承知だが、これ以上シラフで真に受けていたら、本気で歯止めが利かなくなる。酔った俺はうじうじモードに入るから、その方がいくらかマシだろう。貴船さんも安心したように料理を摘み、俺は黙々と食べ進めた。

 二缶目も飲み干し、腹が苦しくなってきた時点で、食卓から削られたのは半分ほどの量。休憩を入れたくなりソファに座り込むと、若干頬を赤くした彼女も隣に腰を下ろした。


 

「お腹いっぱいになった?」


「めっちゃ幸せっすよ〜。でも時間を置けばもうちょいイケます!」


「無理しなくていいからね」


「えぇ。それより貴船さん、もしかしてお酒弱いんすかぁ?」


「すぐ顔に出ちゃうんだよね〜。石切くんだって酔ってるでしょ?」


「こんなんまだまだっすよ〜。よゆーよゆー」


「ふ〜ん。じゃあ反撃も来るのかな?」


「反撃? なんのっすか?」


「こーゆーことされたら、反撃しちゃうんでしょ?♡」


「ひいゃあっ!??」


 

 またも右耳にくっつきそうな位置で囁かれ、気持ち悪い裏声が漏れてしまう。同時に背筋がゾクッとするも、満腹で逃げられない。首を回すと目と鼻の先に超絶美人がいるし、不敵にニヤついてるのがなんか色っぽくて、目が回るか心臓が爆発するかでぶっ倒れそう。

 肘置きの方に限界まで体を反らしながら、軽い威嚇を交えての忠告を促した。

 


「ホ、ホントに獣になっちゃいますよ!? 取り返しがつかなくなりますよ!?」


「ダ〜メ。キミはキミのままでいなくちゃー」


「でも、理性を残しとくなんてムリですって!」


「そんなにえっちぃお仕置きがしたいの〜?♡」


「し、したいに決まってるじゃないっすか! 俺だって健全な男子なんすよっ!?」


「ほら、こっちおいで。休ませてあげる♡」

 


 自分の太ももを両手で叩き、俺に呼びかける貴船さん。恐る恐る近付いてみると、後頭部からグイッと引き寄せられ、膝枕の姿勢になった。その状態で優しく頭を撫でられたら、抵抗なんてできるはずがない。

 薄いワンピースから直に伝わってくる感触は、ふかふかと言うよりもちもちで、程よい弾力が極上の癒しになる。てかこのペラペラな布地の下、本当に下着しかないじゃないか。ちょっと手を伸ばせば、膝からまくれてしまう。

 いかんいかん。ほのかにひんやりしてるのも含めて、ほぼ生脚に触れてるなんて考えると、興奮してしまう。

 煩悩を打ち払おうと努力していたのに、彼女が下を向いた瞬間、全て無駄であると悟った。

 


「ふふ、挟まっちゃったね♡」


「む、胸と太ももで……サンドイッチ……」


「キミはどっちが好きなの〜?」


「ふぇ? どっち?」


「太もも? それともおっぱい?♡」


「お、俺は………貴船さんのなら両方とも好きっすよぉっ!!」


「え……? あたしのなら……なの?」


「そうっすよ! 貴船さんはからかってくるけど、とっても優しいし笑顔が素敵だし家庭的だし、全部全部好きなんです! 俺ァあなたが大好きなんですよぉおっ!!」


「ずいぶん悪酔いしちゃってるね。明日休みでしょ? このまま寝ちゃってもいいよ♪」


「イヤだぁー! 貴船さんが大好きだぁっ!」

 

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