第11話 当たり前のようで歪に絡まる結び目は(1)
チラホラと客が
そんな俺と貴船さんに対し、
「和栗とリンゴ味のチョコがあってね、どうしても気になってこのお店に来たの。でもお菓子コーナーをいくら探しても見付からなくて、たまたま声をかけた店員さんが石切くんだったんだよー♪」
「品薄だったし入荷も少なかったから、
「あー、なんかそのチョコ覚えてる。すぐに消えちゃったやつだー! 石切さんが覚えてたってことは、さては美人さんに声かけられて舞い上がってたなぁ〜?」
「まぁ浅間さんの指摘は否定しないけど、その後も同じ物を3回買いに来たから印象深いんだよ」
お目当てが決まってる客は、スタッフ間で商品名があだ名になるほど覚えられやすい。貴船さんの場合は店が暇な時間を狙い、静かにそれだけをレジまで持ってくる人だったので、外見と行動からすぐに特定できた。感想なんかを訊けば愛想良く返事をくれて、つい左手の薬指をチラ見したのもいい思い出。
照れくさそうにする彼女は、浅間さんから続けられる質問に、パチリと瞳を大きくした。
「あれ? 貴船さんが行くコンビニ変えたのって、もしかして石切さんがいたから?」
「浅間さん、今の流れ聞いてた? 貴船さんが買いに来る時間に偶然——」
「でもあのチョコ、11月には無くなってたよね? 私が見かけるようになったのはそれより後だし、大抵石切さんもいた気がするんだけど」
「ん? 言われてみれば、今年入ってからのが頻繁に来てたか」
「あはは……。実はあの頃落ち込むことがあって、人が少ない時間に出歩いてたの。だけど2回目の時に『どっちの味が美味しかったですか?』って自然に訊かれたのが心地好くて、穏やかな店員さんだなぁ〜って……」
「それが石切さんだったと……。やったね! 新規顧客+新スタッフゲットの功績だ☆」
「俺も浅間さんの
特別なことをしたつもりはなかったが、貴船さんの表情を見てると、心に残る出来事だったらしい。接客した側としても嬉しい限りだ。
13時になり遅番の寒川さんが出勤して、浅間さんは退勤となる。彼女は帰る間際、窓拭きをする俺にコソッと耳打ちした。
「なーんか面白いことになりそうだね♪」
「面白いこと? んな前兆あったっけ?」
「ま、困ったら私も相談乗るから、いつでも連絡してよ!」
「すでに割かし頼らせてもらってるんだけど」
「これからもーっと色々あるんだから、気合い入れてけよぉ蒼葉!」
「痛っ! う、うん。よく分かんないけどありがとう」
「いい子いい子〜♪ そんじゃおつかれー☆」
背中を平手で叩かれた後、頭をわしゃわしゃ撫でられたのは、なんの励ましだったんだろう?
それからの業務も滞りなく終わり、俺達と入れ替わりで入るバイト学生もやって来た。朝は眠気に押されたけど、夕方からの時間を有意義に使えるってのも悪くない。
先を歩く貴船さんを追うように出口へ向かった頃、彼女に挨拶した寒川さんが首を傾げて俺を睨む。
「お先に失礼しまーす♪」
「はーい、おつかれさまです貴船さ——ん?」
「どしたんすか寒川さん?」
「あぁ、石切くんも上がりか。貴船さんがずいぶん上機嫌だからさ、何かあったのかなーって」
「さ、さぁ? いいことでもあったんすかね?」
「……僕にはこれから良いことがあるように見えるんだけど?」
「じゃあそうなんじゃないっすか? では俺もお先です!」
「ふーん? おつかれさまー」
あのアラサーお兄さん、なんであんなに勘が鋭いんだよ。めっちゃ疑いの目を浴びせてきたから、逃げるように退散してしまったぞ。
チャリを転がして店の横にある路地に入ると、確かに貴船さんの機嫌が良さそう。彼女はスっとそばに寄って、微笑みながら話しかけてくる。
「自転車停めたらスーパー行こ? 食材買い足さなきゃ♪」
「わっ、分かりました」
「石切くん? なんか緊張してる?」
「そりゃしますよ、色んな意味で……」
「色んな意味ねぇ〜。例えばどんなー?♪」
「うっ……その、変な噂にならないかとか、そんなんです」
「それだと一つだけだね〜?♪」
「も、もう! 誘導尋問やめてください!」
「じゃあ勝手に想像するとぉ〜、獣になっちゃわないか——とか、えっちなことされないかなぁ——ってとこかな?♡」
「直接的なのもアウトぉ!! てかそれ以前に、綺麗な女性と二人きりって緊張するんですよ男は!」
一瞬キョトンとした彼女だが、すぐに目を細めつつ不敵な笑みを浮かべ、脇腹を指先でつっついてくる。反射的にタメ口が零れた。
「やっ、やめろっ! くすぐってーしチャリ倒れっから!」
「お返しだこんにゃろっ☆」
「なっ、なんのお返しだよっ!? ちょっ、ホントやめてっ!!」
「あはははっ♪ 石切くん敏感だぁ〜♡ なんか楽しいねっ♪」
体を
しかしこういうやり取りもいい。普通の日常でも無邪気に笑ってくれる人が隣にいれば、特別な瞬間として記憶に残る。なんでもない風景が彩られて、幸福感をもたらしてくれる。もしもこの人が俺の恋人だったら、一緒に過ごすひと時も忘れなくて済むのに。
焦がれる思いに寄り添うかのように、彼女は淡い声色で呟いた。
「こんな時間がずっと続いたらなぁ……」
「貴船さん? それって……?」
「ごめん、ただの独り言。それより駐輪場あそこだから、早く停めておいでっ♪」
「あっ、はい!」
やっぱり深い悩みでも抱えてるんだろうか。急に切なげな表情まで見せられたら、気になって落ち着かなくなる。
気を取り直して近所のスーパーに出向き、さっきの物憂げさが嘘みたいに食材をドカドカ放り込む貴船さん。カゴを運ぶ係の俺は四苦八苦である。
「あの……まだ買うんですか?」
「あたし一人じゃ持ち帰れないけど、今日は頼もしい荷物持ちがいるもんね〜♪」
「それ雑用って言うのでは……?」
「あとでご褒美あげるからさ♡」
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