第8話 少女の正体。
時計台に向かうと、カノが足をトントンとしながらイライラと待っていた。
すると、俺に気づいたようで
「遅いじゃない!もうかれこれ十五分も待ってるのよ!」
それに関しては本当に申し訳なく思っているので、下手に言い訳などせず、素直に謝った。
「…全く、気をつけてよね。…ん?その後ろに背負っている子はどちら様?」
どうやら少女の存在に気づいたようだ。
「えーと。話せば長くなりますので、歩きながら話します。ひとまずこの子を家に連れてってよろしいですか?」
「…いいけど、家に連れてってその子どうするの?」
「…そこに関してもこれから話しますよ。」
お嬢は少し頭をかかえ、ため息をついていたが、
「…まぁいいわ。家に帰りましょうか。」
そして、僕たちは歩き出してこれまでのことを話した。
一通り今までのことを話すことができた。
「…そんなことが起きてたの。ごめんなさい。何も知らないのに、先走って怒鳴ってしまって。」
「大丈夫ですよ。時間を確認していなかった僕の方にも非はあります。」
お嬢は少し落ち込んでいるように見えた。勘違いは誰にでもあることだから、そんなに気にしなくていいのに。
その後は特にしゃべることもなかったので、静かに屋敷に向かった。
屋敷に着くと、レインは木の葉を箒で片していた。
「おかえりなさいませ。お嬢様、ノアさん……それとその背負っている子はどちら様でしょうか?」
「えっとですね…」
かくかくしかじかとお嬢にもした説明と同じことを話した。
「なるほど。大体、事情はわかりましたが…結局、ノアさんはこの子をどうしたいんですか?」
「…本当にこの子が奴隷なら、親の元に帰してあげたいですが…」
俺は口をつぐんだ。この先の言葉は冗談でも口に出したくはなかった。
「…親に捨てられていたり、売られていたら…ってこと?」
代わりにお嬢が口に出してくれた。
「そうですね。…ですが、そもそもこの少女が奴隷という可能性自体かなり低いと思いますよ。」
「…どうしてそう思ったの?」
「そう思う根拠は二つあります。一つはこの子が着ている服です。今の季節って少し肌寒いじゃないですか。だから僕もお嬢も少し厚めの服を着ていますよね。この子もまさにそうです。」
「それがどうしたの?」
「奴隷って基本的に服は変わらないですよ。一年間ずっと半袖に膝下のズボンを履いています。あともう一つの方は、追手の男達が鎧を身につけていたことですね。軽装備だとはいえ、鎧を身につけていた看守や売り子なんて僕が覚えて限りでは、いませんでした。まぁ一つ目の方はこの子が奴隷市場で特別な扱いを受けている可能性や、二つ目の方も俺が知らないだけで看守と追手は別々にいる可能性も捨てきれませんが、その可能性を差し引いても奴隷じゃない可能性の方が高いと思います。」
「ふーん。貴方ならではの知見ね。…いつ役に立つかわからないけど、勉強になるわ。」
「恐れ入ります。」
「奴隷ではないなら、この子の正体はなんなんでしょうね。」
とレインもお嬢も首を傾げる。だが、俺は大体の見当はついていた。
「…確か、香水は嗜好品だから、貴族しか使えないはずでしたよね。」
「…唐突ね。そうよ。香水をつけるのは貴族だけね。…それがこの子に関係してるの?」
「はい、この子から少し香水のような甘い匂いがするもので。多分どっかの貴族の娘とかだろうと見当はつけています。」
「貴族の娘ですか。…少しその少女の服を見せてもらっても?」
「ん。わかりました。」
俺は少女をおろす。
「服から何かわかんのか?」
「はい、高位の貴族ですと、こういった服なんかには家紋が刺繍されていることが多いんです。」
「家紋?なんだそれ?」
「簡単にいえば、自分はこういう身分ですよと誰から見てもわかるように作られたものです。それがあれば、奴隷商人もさらうことはしませんよ。流石に貴族を敵には回したくないですからね。」
「そんなもんがあるのか。俺たちにもあんの?家紋。」
「私たちにはないわ。レインも言ったけど、家紋を持つのは高位の貴族だけなの。私たちは高く見積もっても、貴族の枠組みの中では真ん中らへんだから、家紋は持っていないわ。」
「俺たちも頑張れば高位になれんのか?」
「いいえ、どう頑張っても高位の貴族にはなれないわ。」
「どうして?」
「高位の貴族は何千年も昔からこの国を、王の次に支えてきた家系なの。私たちがいくら頑張ろうとその厚みには絶対に勝てないのよ。」
「そうなんですね。」
こちらの話も一通り、終わったところで丁度レインも調べ終わったようだ。
「…どう?それらしいもの見つけた?」
「いえ、特に見つからなかったです。」
「そうか。家紋があれば、その家に送り届けるだけで少し楽だったんだが、そう上手くいかないな。」
とは、言ってみたものの俺はこの子の身分がわかっても、簡単に送り届ける気はなかった。
少女が鉄の手すりを必死に握っている姿を見れば何かあるのは明白だ。
そう易々と彼女を送り届けるわけにはいかない。
「ですが、近日中に捜索願が出されるはずです。もしかしたらもう出されているかもしれません。とりあえず、この子の身分がわかるまで家で預かっていましょう。」
「じゃあ、その子が起きるまでの間は捜索願を探すってことね。」
「そうなりますね。」
大体の方針は決まった。
少女が目覚めるまで待つ間に、どこかの貴族が捜索願を出していないかを調べた。
調べ物をしていたら、すっかり日が暮れてしまった。何百件という捜索願に目を通したが、それらしきものは未だ見つかっていない。
その少女は俺の部屋の寝台でぐっすりと眠っている。少女はまだ目覚めない。
「ねぇ、あの子もう死んでるんじゃない?」
「…縁起でもないことを、あまり言わないでくださいよ。」
そうは言ったが、俺も概ね同じことを思っていた。
ただ息をしていたので、死んではないと思うが。生きていることを切に願っていた。
「なぁ、あの子はこの部屋でずっと寝るのか?」
「そうよ。当たり前でしょ、あなたが助けたんだから。あの子が夜中に目を覚まして隣にいるのが、私やレインだったら、困惑するでしょ。それに…起きた時、一人だと寂しいじゃない。」
「それはそうなんですが」
確かにその部分に関しては理解していた。理解していたが、
「あの子、お風呂にいれていいですか?」
「…やっぱり少し臭うの?」
コクリと静かに頷く。香水でいくらかマシになっているが、生ゴミのような臭いが鼻をツンと突き刺す。
「まぁ、臭う臭わないは別としても、体は洗っておいた方がいいわね。」
お嬢の許可が降りたので俺は少女をおんぶしながら、お風呂に向かう。
脱衣所に着いて服を脱がしていると、背中に大きな紋様が刻まれていた。
…なんだこれ?とよーく見ていると、ぼんやりと形が明らかになってきた。
……犬の横顔?かな。すると、横から足音が聞こえた。レインなら何か知ってるかもしれない。と思い扉を開けて、呼び止める。
と、そこにいたのはレインではなく、お嬢だった。レインの方が嬉しかったが、それでもお嬢でも知っていることかもしれない。
「どうしたの?」
「少し見てもらいたいものがあるんですが。今、大丈夫ですか。」
「問題ないわ。」
特に予定はないみたいだったので、脱衣所に入ってきてもらう。
「それで見てもらいたいものって?」
「こちらです。」
と少女の背中を見せる。
お嬢は目を凝らしてよーく観察していた。
何か心当たりがあったのか顎に手を当てて、考えていた。そして何か思い出したのか目を見開いて
、もう一度背中の紋様を見る。すると次第に顔が青ざめていき、
「少し待ってて」
そういい、脱衣所を出てすぐに
「レイン!レイン!どこにいるの!?」
と、レインを探し始めた。
数分後、お嬢はレインを見つけたのか、こちらに向かってくる足跡は二重に聞こえた。
「これを見てほしいんだけど。」
お嬢は少女の背中を指差した。
レインはどれどれといった感じで腰を低くし、まじまじと見つめた。
先のお嬢同様、次第に顔が青ざめていった。
「ねぇ!そうよね。これってあれよね!」
「はい、この猟犬の紋様は、プロキオン家の家紋に間違いありません。」
お嬢は指示語しか喋っていないし、レインの方も知ってて当然と言わんばかりの口調で未出の単語を、出してくる。
俺は毎度のことながら、説明を仰ぐ。
「で、そのプロキオン家って何?」
「あ、あぁ。すみません。こっちで勝手に盛り上がってしまって。…プロキオン家というのは、この国の王家の家名です。そして、この猟犬の紋様がプロキオン家の家紋なんですよ。」
そう淡々と説明されたもんで、そんな大したもんじゃなかったなと一瞬錯覚してしまった。徐々に俺はことの重大さに気づき始めた。
「え、えーと……つまり彼女は王家の一人ってことであってるんだよね?」
「そういうことです。しかも、この少女…いや彼女は国王の娘である可能性が高いです。」
……俺は高位の貴族の娘よりも大変なものを拾ってきてしまいました。…それは国王の娘です。
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