第6話 お買い物

 特訓に対人戦闘を取り入れてから、早一週間が過ぎた。だが、全く勝てる気がしない。

 あの人のパンチの前に俺の防御などないに等しい。少し成長したところは一発目は避けれるようになったこと。

 だけど、二発目はまだ避けられん。この一週間で俺の体はもうボロボロだった。

「…これ多分一生かけても、三発受けきれないと思うんだけど。」

とおれの横にいる澄まし顔のレインに愚痴をこぼす。

「でも、一発目は避けれるようになったじゃないですか。大きな進歩ですよ。」

「……なんかコツとかないの?俺もう殴られるのコリゴリなんだけど。」

「…そうですね。…ノアさんはその場その場で対処しがちです。だからいつも後手に回っている。相手と対峙するときは、常に相手よりも一手先、二手先を読むことがコツですかね。」

「…相手の動きを読むって難易度高くない?初心者にやらせることじゃないと思うんだけど。」

とまた、俺は愚痴をこぼした。

「一つ補足すると、もし相手が自分だったら次にどう動くかを考えたり、相手が次にこうしてきたら、どう動けば次に繋がるかを常日頃想像するんです。割とこの作業は私は好きなんですよ。」

「……参考にしてみるよ。」

俺は立ちながらそういい、自分の部屋に向かった。



 俺は寝台に腰掛け、レインの言っていたことを実践してみる。

 目を瞑って想像してみる。まずレインの能力についておさらいしよう。

 一つ目はあの圧倒的な腕力から繰り出されるパンチ。

 二つ目は圧倒的な脚力からくる足運びと速度。

 たった二つだけ、それでいて単純なものだけど、恐ろしく強い。

 補足として、レインは殴るだけで蹴ってはこない。

 レインは、最初の一発目は必ず右手で打ってくるようにしてくれている。だから、四日目あたりからは避けれるようになったんだけど、問題は二発目以降だ。色んなパターンをかんがえてみるか。

 まず後ろに下がった場合、すぐさま追いつかれ殴られてしまう。

 次に右によけた場合、これはもっと単純。右に避けた俺をそのまま空いている左手で殴ればいいだけ。

 次に左によけた場合、空いた左手で殴るには、殴ろうとした右手が邪魔なので、一回右手を戻す必要がある。そこで少し間が生まれる……はず。

 あの人ならそれも素早くやりそうでならない。あまり、自信はないが、左に避けるのが最適解になりそうだ。

じゃあ次に三発目は……

「…ぇ、ねぇ、ねぇってば!!」

「っっ!!。びっくりしました。いるならいると言ってくださいよ。」

「何度も声かけたわよ。」

少々熱中しすぎて周りが見えなくなっていた。…確かにこれは面白いな。とレインに勝手に共感した。

「…それでどうかされました?」

「午後なんだけど…予定空いてる?」

「はい、特訓が終わったので特に午後は用事はないです。」

「じゃあ、買い物に行きましょう。」

「…買い物ですか?もう食材切らしてましたっけ?」

「食材も切れそうだし、何よりノアの気分転換になるかなって。」

「気分転換ですか?別にそんなに落ち込んだりは…」

「ごちゃごちゃ言わないで、さっさと着替えて、ほらっ!」

と言われ、このままでいいと思っていたが、ところどころ擦り切れていたり、汚れていたりしたので着替えることにした。


 

 着替え終わったので、玄関に向かうと、もうすでにお嬢は支度を終え待っていた。

「申し訳ありません。遅くなりました。」

「?別に待ってないわ。ちょうど今来たところよ。」

「そうですか。では行きましょうか。」

と扉に手をかけた。

 

 市場に行くまでの間、お嬢と俺は他愛もない話をした。

「ノアの敬語もすっかり板についたわね。」

「そうですかね。まぁ八ヶ月もしゃべれば自然と、できるようになりますよ。」

 俺が敬語を使うのは、今のところお嬢だけだ。

 レインに対しても使おうとしたが、自然体でいいとのことだったので、敬語は使っていない。

 そんなことを考えながら喋っていたらすぐに市場についた。いつもは人でごった返しているが、昼の後ということもあってか、人が少ない。

「じゃあ、私は食料を見てくるけど…ノアはどうする?」

「適当にその辺をブラブラしてます。」

「そう、わかったわ。じゃあ、三時頃になったら、あの時計台の下に集合ね。」

 とお嬢が指を指した先には、蔓が巻き付いて、少し茶色がかっていて、歴史を感じさせる時計台があった。

 今が二時前だから大体一時間くらいか。

「了解です。」

そして俺とお嬢は別々の方向に歩みを進めた。



 

 俺は骨董品を扱っている店に足を運んだ。

 買い物の時、自由に行動していいと言われるといつもここにくる。

 ここはなぜか居心地が良かった。毎回のように行っていると、店の人と仲良くなっていた。店に足を踏み入れると、

「いらっしゃいま…ってお前さんかい。」

と、受付台から顔を覗かせている。

「どうもどうも。また来ちゃいました。」

「はぁ、、、。まぁ、ゆっくりしていきな。」

「ありがとうございます。」

ここは六畳半くらいの小さな店なのにワクワクする

ようなものがたくさん置いてあるのだ。

 中にはもう使えないようなガラクタを置いてあることもあるが…。

「こういうのってどこから仕入れてくるんですか?」

「旦那がよく旅をしていてな。帰ってくるたびに、ここに何かしら置いていくんだ。邪魔だから、ここで売ってるんだよ。」

「へぇ。なんか少しひどい気もしますが…じゃあ何か掘り出し物があるかもしれないですね。」

「そうかもな。ま、じっくりと見てってくれや。お得意さん。」

そして、色んなものが入っている箱に目をつけ、漁っていると、何やら白い立方体を見つけた。それをつまみ上げて

「ジンさん。これ何?」

「ん?」

と受付台から身を乗り出した。

「あー、確かそれは『サイコロ』って呼ばれるものだな。ほら、一面ずつに一から六のうちのどれかの数が打たれてんだろ。その出た目の数字で何か物事を決めたり、賭け事をしているらしいぞ。」

「へー、そんなものがあるんだ。」

と俺は興味本位でサイコロを振ってみた。

出た目は2。

少し運が悪いなと思った矢先、頭に何かキーンっとした痛みが走り、そして文字がぼんやりと浮かんできた。

「……何だこれ?」

「?どうかしたか?」

「あ、いえ、なんでもないです。」

 実際はなんでもあった。 

 浮かんできた文字はまだ靄がかかっていて、はっきりと何が書かれているか分からなかった。

 気持ち悪い感覚だった。一つだけ予想できるとすると、サイコロが俺の中のなんかしらの引き金となっていること。

 なんの関係もないかもしれんが、ひとまず買っておくことにしよう。

「すみません。これ買います。いくらですか?」

とサイコロをつまみ上げ、受付台に置いた。

「珍しいなぁ。お前が物を買うなんて。それ箱に入ってたやつだろう?銅貨一枚だ。」

思ったよりも安かった。何かあった時のためと、レインがいつもズボンのポケットに銀貨を数枚忍ばせてくれている。

「じゃあ、銀貨一枚からお願いします。」

「はいよ、銅貨九枚のお釣りだ。」

 


 お釣りを受け取って店の外に出て、時計台を目指す。確か、時計台の下に座る場所があったはず。

 そこでお嬢を待つついでに一休みしよう。

 歩き始めるとすぐに今にも消え入りそうな泣き叫ぶ声が聞こえてきた。骨董品の店と隣の店の間には人一人分通れるくらいの路地がある。そこから聞こえてきた。

 ただ人影などは見えないので、少し奥まで入ったところか、曲がったところにいるんだろうと推測できた。

 助けに行こうか一瞬迷った。今俺は万全な状態じゃない。

 今すぐ家に帰ってフカフカの寝台に突っ伏したいくらい気分が悪い。

 ただ、困っている人は見過ごすなと、お嬢は口うるさく俺に言っている。お嬢は俺に美味い飯を食わせてくれるうちの一人だ。その人の教えを守らないわけにはいかない。

 そう思い、俺は細い路地に足を踏み入れた。


















 

 

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