第4話 本当の理由

「デ、デカっ!」

 カノの家に着いて初めて出た言葉はそれだった。ただひたすらにそれは大きかった。

 あそこからここにくるまでの間沢山の家を見てきたが、ここまで大きな建物は俺がみた限り一軒たりともなかった。

 汚れが一つも付いていないような純白の外壁。その建物を囲む翠緑の庭。これだけでカノの家の位の高さが手に取るようにわかった気がする。

「?どうしたの?早く入りなさいよ。」

「いや、感動したというかなんというか、この気持ちを表せない自分の語彙の低さを恨むよ。」

というと、カノは不思議そうにこちらをみてきた。

「…どうかしたか?」

「あ、いえ、なんでもないわ。とりあえず中に入りなさい。服とか諸々やらなくちゃいけないことがあるんだから。」

と言われ目線を自分の体に向ける。

 確かに俺は今薄茶色の半袖と膝下くらいのズボンを履いていて、いかにもみずぼらしい服装をしていた。

 あそこでは、特に恥ずかしいとは思わなかったが、外に出てみるとこのような服を着ているものは誰一人おらず次第に恥ずかしくなってきた。

 俺はそそくさと家の中に入っていった。


 「とりあえずお湯を浴びてきなさい。」

と言われ、お風呂の方に向かった。おそこではお湯ではなく水を浴びるだけだったが、ゆぶねと言われる方にも入っていい、というより入りなさいと言われた。

 入ってみると、全身がぽかぽかとして気持ちよかった。一日中入っていたいとも思った。

 ゆぶねからでると、先ほどまで着ていた服と同じ色の長袖が置いてあった。ヨレヨレではなく一本筋が通っているかのように糊が利いていた。

 着てみると、動きにくさはなく、着心地が良かった。黒いズボンの方も汚れなどなく、色落ちもしていなかった。


 着替えが終わり広い居間の方へ行くと、二人は長椅子に腰をかけていた。

 レインの格好は特に変わっていなかったが、カノの方は先ほどとは違って動きやすい俺のような格好をしている。

 それでも凛とした横顔とキリッとした目のおかげか、まったくみずぼらしさを感じず、逆に高貴な印象を与えていた。

「あら、早かったわね。もうちょっとゆっくり湯船に浸かっていてもよかったのに。」

「いや、湯船に浸かるのは初めてだったからな。適当な時間がわからなかった。次はもっとゆっくりとつからせてもらうよ。」

「そう。じゃああとは髪ね。その少し長い髪邪魔じゃない?編むか切るかどちらかした方がいいと思うのだけれど。」

 と言われ、そういえばずっと髪を切っていなかったのを思い出した。もう肩らへんまで伸びている。

 あそこでは一年に一回くらいジョキジョキと適当に切られるくらいだったからなぁ。

「切ることにするよ。かなり短くしてくれて構わない。頻繁に切るのは少し手間だからな。」

「わかったわ。あとそういう身の回りのこととか、家事は基本レインがやってくれるから。困ったら、とりあえず彼に頼りなさい。」

カノはレインの二の腕あたりを叩きながらそう言った。レインの方は

「何かありましたらすぐに私をたずねてください。」

と特に嫌がっているわけでも無さそうだった。

「わかった。よろしく頼むよレイン。」

俺は笑顔でそういうと

「はい。」

と笑い返してくれた。

そのあとすぐに髪を切ってくれてかなりサッパリした。


 髪を切ったあと、飯が出てきた。見たこともない料理が運ばれてきてどれもこれも美味しかった。

 ほとんどの料理を平らげたあと、気になっていたことをきいてみた。

「…一つ聞いてもいい?」

「別に一つじゃなくてもわからないことがあったらすぐ聞きなさい。特にあなたは、常識とはかけ離れた場所にいたから知らないことがあって当然よ。大抵のことはレインが教えてくれるし、私もわかる範囲だったら答えるわ。」

「ありがと。じゃあさっそくだけど…」

俺は一呼吸置いて聞いてみた。

「なんで奴隷の身分の俺をここまで丁重にもてなしてくれてるんだ?」

「…どうしてそう思ったの?」

「俺が聞いてた話だと、男の場合基本的には服も与えられず、こき使われ続け使えなくなったら買った場所に戻す、もしくはそこらへんの森とかに捨てる。まるでぼろ雑巾のように扱われるって聞いてたからな。だからこの待遇の厚さに少し驚いたんだよ。」

 少し矢継ぎ早に話してしまったが、まぁ伝えたいことは伝えられただろう。

「少し長くなるけど、、いい?」

「全然構わん。」

すると彼女は真剣な表情で語り始めた。

「……私ね、兄弟が欲しかったの。」

「…ほう。」

「お母様もお父様も一生懸命働いてて、私のために働いてる、頑張ってるという気持ちはわかったけど……二人とも基本的に家に居ることは少なくて、ずっと寂しかった。レインが来てからは寂しさは少し薄れたけど、、、兄弟の代わりにはならなかったわ。そんなある日、お母様が倒れてしまって……もう治らない病気ってお医者様に言われて、数ヶ月後息を引き取った。お父様は再婚はしようとはしないみたいだったから。……もう兄弟はできることはないと思っていたわ。」

「そこからどうやって奴隷に行き着くんだ?」

「あなたがいた場所の説明を少しすると、あそこは奴隷市場どれいいちばとよばれていて、その中でもあなたがいた区分は出生が不明だったり戸籍がなかったりっていう少し訳ありな奴隷たちを格納している場所だったの。私の家の権力を使えばそれくらい、いくらでも改竄できるから、そこに目をつけたわ。」

「……それなら俺じゃなくても良くないか?なんでわざわざ俺を選んだんだ?」

「…あなたが王技を持っているからよ。王技ってさっきも言ったけど、持っているだけで国からかなり優遇される立場にあるの。それほど貴重なのよ。だから、あなたの戸籍の改竄を見逃す、いやその改竄自体を手伝ってくれる可能性もあるのよ。」

「…それほどなのか。……でも俺の王技はハズレ、対して使えない可能性もあるぞ。」

「何回もいうけど、王技は持ってるだけで貴重だし、今までに発見されてきた王技の中で弱いといわれているものはなかったと思うわ。…まぁ使いずらい王技もあるにはあるけど……そんなに悲観的にならなくても大丈夫よ。」

「じゃあ戸籍の改竄とか何やらは任せるけど、、、お嬢様は俺に兄弟の代わりをやって欲しいってことか?」

「別に今はそれほど兄弟に執着があるわけじゃないわ。ただ、対等に話す相手が欲しかっただけだと気づいたから。」

「ふーん。…対等ならもう敬語は使わなくていいか?」

「…まだ正式に家族になったわけじゃないから、敬語は使うように心がけなさい。敬語を使えて損することはないから。」

「……わかりました。」

「…とりあえずこの話はここでおしまいかしら。

ふっ、んーーーー。」

とカノは軽く伸びをした。

「私も一ついいかしら。」

「どうぞ。」

「自然すぎて気づかなかったけど、どうしてあなたはそんなに流暢に話せるの?」

「…それは、、、なんでだろうな?俺自身も知らないうちに話せるようになってたから、よくわからん。」

「売り子や看守の話を聞いて、言語能力が育ったんじゃないでしょうか?」

「うーん。まぁそんなもんだろ。あんまり深く考えても当の本人が良くわかってねぇから、仕方がないだろ。」

「言語能力があるのは嬉しい限りなんだけどね。

あなたを選んで正解だったとしみじみ思うわ。」

そこで話は終わり、飯も食べ終わったのでこの後何しようかなと考えてところ、

「ノアさんはこれからすること、したいことってありますか?」

とレインが話しかけてきた。

「…特にすることもしたいこともない。」

と答えると

「そうですか。では体を鍛えてみては如何ですか?」

「……鍛える、かぁ。別に今筋肉とか必要ないしなぁ。」

「今は必要なくともいずれ必要になる時がくるでしょう。それでなくとも筋肉はないよりもあった方がいいですよ。」

と言われ、まぁ体を動かすのは嫌いではないので首を縦に振った。

「でしたら、この後庭に来てください。格好はそのままで大丈夫ですよ。」

といい、すぐに庭に行ってしまった。

俺もこの後特にすることがないので、庭に向かうことにし、立ち上がるとちょうどお嬢様と目があった。

「…お嬢様も一緒にやりますか?」

「わ、私はほらその、ご、ご飯食べすぎちゃったから、今日は遠慮しとこうかなぁ、、」

 とよそよそしくそう答えた。

 そんなに食べてないはずなのだが…まぁでも本人が嫌がってるのなら、無理にやる必要はない。と思い、庭に向かった。

 お嬢様の内に秘めた本当の意味は、明日になってから、知ることとなった。

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