第2話 いわゆる『婚約破棄』ってやつ
……という風に、パーティをやめて──というか、追い出されて──出てきたはいいものの。
「行く宛が……ッ! ない……ッ!」
そう、なにせわたしは一文無し。パーティの財政管理はメンバーの一人であるライリアたそがまるっとやってくれていたから、わたしが自由に使えるお金なんぞない。
さらに言えばわたしは戦力にならず、お荷物扱いされていたほどだ。
町の外を闊歩する魔物たちに対抗する手段だってあるはずもない。
お金もなく、力もなく、この世界に対する知識もさほどないので常識もない。
啖呵を切ってでてきて、とりあえず街の近くの森へ入ってみたははいいものの、これから何をしたらいいのか、どこへ行けばいいのかもわからない。
ないないづくしも極まれば一周回って笑えてくるものだ。わたしは大きく後ろに伸びながら、喉から乾いた笑いを吐き出した。
「……これ、いわゆる『詰み』ってヤツなのでは……?」
というか、そもそもなんでわたしがこんな目に合わなきゃならんのだ?普通異世界召喚とかってもっとすごいパワーとか、元の世界の知識で無双とか、そういうのがあってしかるべきなのでは?
手持ち無沙汰なので、唯一元の世界から持ってこられたリュックサックをごそごそと漁ってみる。
持っていたお菓子は初日に食べきっちゃったので、現在手持ちの食料はゼロ。ちなみにお腹の虫は食い物をよこせと騒ぎ立てているナウ。
教科書とか、本の一冊でも持っていれば、なんとかそれを燃料にして火でもおこせたのかもしれないけど、おあいにくさま、教科書類は全部置き勉しているのでリュックサックはほぼすっからかんだ。
ひとまず目下の課題としては、この大きく鳴り響くお腹の虫を鎮める方法を考えなければいけない。
「はぁ〜、これからどーすれば……」
そんな風にお腹の音に気を取られていたからか、わたしは背後から忍び寄る足音に気づかなかった。
……いや、足音がそもそもないんだけど、そこは言葉のあやということでひとつ。
「カーノンッ!」
「ギャーッ!」
唐突に後ろから声をかけられて、驚きのあまり座っていた切り株から転げ落ちたわたしの目に写ったのは、金髪蒼眼の天使様……ではなく。
「おぅふ、マイエンジェル……」
「ふふふっ! そうよ、カノンの愛しの婚約者、ルピスでーすっ! どうだった? びっくりした?」
「あはは、びっくりして心臓喉から飛び出るかと思ったよ……」
「ならよかった! 実はどうやってカノンを驚かせようか考えてたのよ? ばっちり成功してよかったぁ」
「いやマジでビビった……。次からは足音出して近づいてきてね……」
「はーいっ! えへへっ!」
そう、たった今、某暗殺一家じみた芸当で足音を消し、わたしを驚かせた幼女は他でもない。わたしのこの世界での婚約者、ルピス・シャルフォルムだ。
……いや、今自分の目を疑った人とか、「まあ多様性の時代だしな……」、とか思った人とか色々いるとは思うんだけど、この説明はちょっとあとにさせてもらいたい。
これには海より深く、山より高い理由があるので……。
「……それで、ね?わたし、パーティのみんなから、カノンが出て行っちゃったって聞いたんだけど……」
「──あー、その話かー……」
いやまあそうですよね!?今する話となったらそれしかないよね!むしろ他の話持ち出されたら「あっ、気ぃ遣われてんな……。齢16のわたしが……。8つくらい年下の激マブロリっ娘に……」って申し訳無さと不甲斐なさで死にたくなるっていうか、この状況がすでにもう気遣い度MAXだからもう手遅れなんだけどね!?
あるじゃん、年上のメンツってやつが!
わたしってばいちおう年上だし!?
ルピスからみたらお姉さんだし!?
諸々の事情込みではあるけど婚約者だし!?
「むむむ……。なーんかカノン、心の中が騒がしそうな顔してる……」
「えー、そ、そうかなぁ〜?」
「そうなの! ──って! そうじゃなくて! カノン、パーティを出ていくって、本当なの?」
ルピスの大きくて美しい瞳が、不安げに揺れる。
できることなら、この美しく、優しい女の子を、これ以上苦しめたくはなかったんだけど。
──いや、だからこそ、だ。
だからこそ、わたしはこれ以上、ルピスの負担になってはいけないんだ。
これまで掛けてきた迷惑のことを思えば、わたしの存在が、ルピスの重荷になってしまっていることは明白だったのだから。
わたしは自嘲しながら答える。
「……うん、本当だよ。ごめんね、急な話になっちゃって」
「ううん、いいの。カノンが決めたことなら私はそれで……」
「あはは、ありがとう。……それで、ルピスにひとつ、大切なお願いがあるんだ。……聞いてくれる、かな」
「うん、聞くよ。前に、カノンが言ってくれたでしょ?『何があっても、わたしは絶対に、あなたの味方でいるよ』って。あのとき、私すっごく嬉しかったの! ああ、こんな私でも、そばにいて、微笑んでくれる人がいるんだって思えたの! ──だから、今度は私の番」
ルピスがわたしの手を取り、わたしたちの視線が交差する。
わたしの右手を包んだルピスの両手はとても小さくて、剣だこだらけのはずなのに雲を握っているかのように柔らかくて、温かかった。
──改めて思う。
わたしは、この子のそばにいられて、笑顔を間近で見ることができて。身の丈に合わないほどに、幸せだった。
だからこそ──
「──じゃあ、お願い。わたしとルピスの婚約を、取りやめにしてほしいんだ」
この女の子にはもう、わたしは必要ない。
「俗に言う、『婚約破棄』ってヤツ」
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