『死に職』陰陽師はお荷物だと勇者パーティを追い出されたので、世界を敵に回そうと思う

尾石井肉じゃが

第1話 いわゆる『追放』ってやつ

「お前はもう、このパーティから抜けてくれ。──はっきり言って、お荷物なんだよ」


 その、絞り出すように放たれたトリーの言葉は、きっと今までこのパーティの誰もが感じていた、いわば総意のようなものだろう。


 わたしが元の世界でよく読んだ、追放モノのお手本のようなその言葉。その追放モノであれば憤慨したり、逆に解放されたと喜ぶのがテンプレ。ただ、わたしの場合──そうだろうな、という納得と、苦い感情だけが胸の内を占めていた。


「──ッそうそう! アンタがいるせいで、アタシたちメチャクチャ迷惑してたし! ……アユム様のそばにいられるのも目障りだったし……」


 艷やかな銀髪と同じ色の猫耳をゆらし、リシェットが弾かれたようにトリーの言葉に賛同する。呟かれた言葉にトリーは気づかないのだろうが、女性陣は耳ざとくその言葉を拾い、同感を示しているのをわたしは肌で感じていた。


「……っ」


 ──いつかはこうなるだろうと、分かっていたつもりだった。


 わたしがパーティのみんなから疎まれているのは何となく肌で感じていたし、役に立てていないどころか、お荷物になっていることも、──多分、世界の誰よりも、よく分かっていた。


 それでも、例え無能と罵られても、お荷物だと舌打ちされて、軽蔑されて、わたしの全てを世界の誰もが否定したとしても。


 どうしても、譲れないものがあるのだ。


 だからこそ、わたしは叫ぶ。目の前の大切な友だちを救うために。


 ──あの夕暮れに輝く一等星に、胸を張れるわたしであるために。


「──わたしがお荷物だってみんなが思うのは分かるし、実際そうだよ! それは本当に申し訳ないって思ってる! で、でも……っ、このままだと本当にトリーは──!」


「──貴女の仰ることを、私たちが信用するとでも? 魔法も魔術、剣術はおろか、戦場に立つだけで震え上がって、蹲っているのをルピスに守られるだけのあなたの言葉を? はっきり言って、貴女に諜報の能力があるとも思えませんし、信用に足る要素がないんです」


「──っ」


 なんとかしてみんなに伝えるために言葉を続けようとするわたしを遮るように、凛とした声がその場に響く。


 聞くだけで思わず背筋が伸びるようなその声の主は、フィロネアさんのものだ。わたしたち勇者パーティーの中でもっとも魔術の知識に長け、その美貌と聡明さ、意志の強さでクセのあるこのパーティーの女性陣を取りまとめている。

 実際にたった今発された言葉も、全て事実と根拠に基づいたものだ。だからこそ、わたしは反論できない。


 そんな彼女の言葉とそれを受けたわたしの様子に、戸惑いの強かった勇者パーティー内の空気が一変するのがわかった。わたしから提示された情報を信じるべきか、信じないべきなのか。そんな迷いのある空気を、リーダー格であるフィロネアさんの言葉が打ち破ったのだ。


(……これは、厳しいだろうな)


 長年のクラスメイトたちとのやりとりの経験から、わたしの中で「無理だ」と判断が下される。たぶん、誰もが学校や職場で一度は感じたことがあるであろう、「これ以上話を続けても結論は変わらないんだろうな」という確信。それだけがわたしの中にこびりついていた。


 ──いや、それはわたしだけではない。ライリアは緊張が解けたかのようにホッとため息をつき、夕食の支度に戻っていく。獣人族であるリシェットは大猫の姿に戻り、毛づくろいを始めていた。このふたりはもう、結論は出たと思っているのだろう。


 勇者であり、パーティリーダーであるトリーと、フィロネアさんは未だ席に残ったままだが、このふたりももはやわたしに言うべきことはないと言うかのように、黙ったまま、トリーは気まずそうにこちらを見つめていた。


(もう、流石に潮時かな)


 トリーの言う通り、わたしはこれ以上このパーティに居続けるべきではないのだろう。ただただお荷物になるだけのわたしが、世界中の人族の希望である彼らのそばにずっといるわけにもいかない。これ以上彼らの輝かしい道筋を遮らないためにも、このパーティから出ていく他に、道はないのだ。


 そう考えると、途端にわたしの中で何かがすとんと落ち着いた。話し合いで解決できないのならば、やることとしては、プランB──自分でなんとかする──しかない。


 手早く自分の荷物をまとめ、背負う。元からわたしの持ち物はそう多くない。最悪、家の鍵と、それについているキーホルダーだけ持っていれば、わたしは大丈夫なのだから。


「今まで本当にありがとうございました。みなさんのおかげでわたしはここまで来れました。いっぱい迷惑かけてごめんなさい」


 そうして、深く一礼する。誰もわたしの方を見ようとはしなかったけど、それでもいいのだ。わたしがこの人達に助けられていたのは事実なのだから、感謝も謝罪も、一方通行でいい。


 最後にトリーの方へ向き直る。正直言いたいことはまだ山ほどあるけど、わたしが言ってもきっと今のトリーには届かないこともわかっている。だから、


「トリー」


「……なんだ」


 トリーがわたしに視線を向ける。表情に罪悪感が見え隠れするあたりが、なんだかんだで甘さの捨てきれないトリーらしい。


「わたしが絶対に、トリーのこと助けてみせるから、」


 この優しい友だちが消費されて、いいように使われる未来など、あっていいはずがないのだから。


 ──たとえ、この世界の誰もが、トリーを英雄だと持ち上げて、使い潰すのだとしても。わたしだけは、トリーの味方で、一番の友だちでいたいのだ。


「バイバイ、──またね」


 かつて、トリーにわたしがそうしてもらったように。


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