4話 薔薇の門番

イシュタルは上質なソファに腰を下ろした。


そこはウッドデッキになっており、広い緑があ見える。それはスポーツ用の芝生で、イシュタルは招待客として招かれた。先ほどまでここのスポーツチーム“薔薇の門番”の偉いさん方との交渉が行われた。ホラーティウス社が薔薇の門番のスポンサーになるか否か。



 あまり気乗りはしなかった。薔薇の門番は皇室と深いつながりがあるため、避けたいと思っていたところだが向こうはかなり真剣に考えているらしい。


皇室主催の行事には必ず参加しているような連中だ。庶民には圧倒的な人気を誇っていてもきな臭い連中であることには変わりない、イシュタルにとっては。


「ホラーティウス様、試合はもうすぐ始まります。私は下がりますのでなにかございましたらこの呼び鈴を鳴らしてお知らせくださいませ。」


先ほどまで酒やら菓子やらせわしなく用意していたメイドが頭を下げたので、軽く微笑み返しておいた。彼女は相当な切れ者と見た。


 この部屋にはイシュタル一人だけになった。侍女と用心棒は別室で待機しており、こちらも呼び鈴を鳴らせば来る。


そうしている間に試合が始まった。広い敷地を使用するこの団体競技はナナ・ゲートといって、楕円状のボールを奪い合い相手のゲートの奥に落とせば点が入る競技だ。国民に圧倒的な人気を誇り、チケットは連日完売。選手への感染がこちらにも聞こえてくる。


特に一番人気のエミル・ミュラーは帝国の星と呼ばれており、大きな影響力をもつ。彼に姿に国民は魅了され将来は彼のようになる、という子供が多いらしい。まさに、帝国の希望。


あまりのまぶしさにめまいを感じて果実酒をあおると、喉が熱くなった。


カンカンカンと前半終了のホイッスルがなった。イシュタルはいままで活躍した選手の名前をメモに書いていた。エミル・ミュラーに注目していたが彼は何らかの理由で抜けてしまった。


司令塔のような役割をしていた男は狡猾そうに見えたので部下にほしいと思った。ああいった判断力はめったに身に付くものではない。


そのとき「はいってもよろしいでしょうか。」と若い男の声が聞こえた。イシュタルがどうぞ、という前にドアを開けて入ってきた。なるほど、失礼な奴だと思ったがその人物を見て言葉を失った。


先ほどまでそこでプレーしていたエミル・ミュラーが立っていたのだ。シャワーを浴びたのか石鹸のにおいをさせて、きれいなシャツを着ている。近くで見るとかなり体が大きい。


「横に座っていいですか?」またしてもこの男は私の許可を取る前に座った。


「初めまして、薔薇の門番のエミル・ミュラーといいます。実は、この部屋の奥にも部屋があるのですが一緒に行きませんか?」なんともわざとらしい口ぶりだ。まさか、この私を馬鹿にしているとでも。


「それは、どんな部屋なのですか?」イシュタルは横に座る男に腕を絡めた。こういう輩は利用をすればいい。


エミル・ミュラーが案内した部屋には大きなベッドが一つ、そして酒と果物が用意されていた。華美な装飾はないが良い壁紙が貼られている。隣にいる落ち着きのない男は、こんな部屋があったなんて知らなかったよと感心している。大丈夫だろうか。逆に心配になりそうなやつだ。


「お前は“この部屋の奥にも部屋があるのですが一緒に行きませんか?”と言えと言われてやってきたな。」


「えっ、なんでわかったの。」驚いた顔をしているが最初からバレバレだった。


「お前に色仕掛けを指示したやつは誰だ。」


簡単に答えるわけはないだろうが、こちらがなめられているとわかれば相応の対応をしなければならない。薔薇の門番も所詮はこんな組織ということだ。


しかし、エミル・ミュラーは意外な反応を示した。


「色仕掛け…?そんなことを言われた覚えはないぞ。確かバトラーさんが、イシュタル様を奥の部屋にお連れしてうまくやれよ、と…」


バトラーとやらが期待した男は相当な阿呆だったようだ。


「そうか、お前は与えられた仕事を完璧にこなしたようだな。」


「はい!」


エミルは満足げだ。イシュタルが今まで出会った人間の中では珍しいタイプの人間だと思った。


「しかしこのような役目は、司令塔のような動きをしていたあの黒髪のような男が適任ではないだろうか。」


「アンギオのことか?」


「アンギオというのか。とっても賢そうなやつだったな。お前も賢そうに見えるが…」


「アンギオはとってもいいやつだぞ!かっこいい強いし!」エミルはアンギオと相当仲がいいようだ。アンギオについて語る目はキラキラしている。薔薇の門番に所属する選手は気持ちのいいや綱にかもしれない。すこし頭の悪そうなところもあるが。


色仕掛けなどという余計なことをしなければ、と思った。しかし、この部屋にいることは例の件に関することを聞き出すチャンスだ。イシュタルはエミルに身を寄せて囁いた。


「本当は、ナナ・ゲートの試合を見たかった。お前も試合を途中でやめたくなかっただろう。」


「いや、俺はお前が試合に興味を持ってくれるなら、俺が試合を横で解説することも喜んでやるぜ。だけどお前は他のことに興味が有るようだな。お見通しだぜ。」


エミルの目つきががらりと変わる。緑色の瞳が真剣にイシュタルをとらえる。いや、これはまるで追い込まれた獣ようだ。


鈍いふりをしているだけで感は鋭いのだろうか、エミルは声を小さくして話す。おそらくここは横の部屋から聞き耳をたてられているだろう。


「皇室について調べたいことがある。伝手はあるか、もし…」


「十分すぎるくらいあるぜ。なんならアンギオや他のやつらも手を貸してくれる。俺たちはもう皇室の世話になるのはごめんなんだ。」


エミルに肩を強くつかまれる。スポーツ選手だからなのか、つかまれたところが痛い。こいつの目は真剣だ。


「焦るな、まずは皇室について何か知っていることが有れば教えてくれないか。口外しないと約束しよう。」


「イシュタル・アイーダ・ホラーティウス。無礼を誤る。イシュタルと呼んでいいか?」


「もちろんだ。」




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