第9話 遠い約束
「私が見たのは今から三十年前です。」
ガイド代わりにここを案内してくれている学者が
遺跡の中にある一つの像を指した。
質素な服を身に付けた彼は素朴で控えめな男性だ。
優し気な顔立ちで感じが良かった。
そこは洞窟内に作られたかつての斎場と思われる場所だ。
その奥に像があった。
外は真昼で恒星が天頂から照り付けかなり暑かったが、
洞窟内はひんやりとして心地良かった。
「もう既に無くなってしまった宗教の像です。」
三メートルほどの石像だ。
細身の優美な立像で、正面を向き下ろした両手に丸い鏡のようなものを持っている。
顔の表情は半目で少しばかり憂いている感じだ。
そして頭部には巨大な宝石が埋め込まれている。
直径四十センチほどで球形のものだ。
透明なものだが光を通してもその光はどこにも排出せず、
吸い込まれるように消えていく。
素材も分からず光が出て来ない仕組みも良く分かっていない。
「この宗教は音を主体としていたようで、
回りの像もそれぞれ楽器を持っています。」
三メートルの像の周りには一メートルほどの像が六体置いてあった。
大きな立像を真ん中にして三体ずつ横に配置され、
それぞれが独特の楽器を持っている。
「打楽器、弦楽器、木管楽器、まあ形から音は想像出来るものばかりだな。」
「そうです。それを復刻して演奏されたりしているので、
ご興味があれば後でご紹介します。」
「それで、」
私は彼を見た。
「私を呼んだ理由は。」
「これですよ。」
彼は中心の立像が持っている鏡を指した。
「これが三十年ぶりに鳴ったのです。」
「鏡のように見えるがこれも楽器なのかね。」
「楽器ではないのですが、呼び水になると言うか。」
不確かな返事だ。
「曖昧だな、分からないのかね。」
「すみません、録画して送ろうと思ったのですが機器に異常が出ます。
なので来ていただいた次第です。」
「再現性はあるのか。」
「はい。一度それが始まったら二週間は続きます。
そろそろだと思います。」
私と彼はしばらく待つ。
遠い入り口からぼんやりと光が届く。
音は無い。
そして、一音。
しゃんと鏡が揺れた。
微かな音だ。
それが徐々に大きくなる。
すると周りの小さな像からも音が聞こえて来る。
小さく、大きく、リズムはばらばらだが遙か彼方から聞こえるような、
耳元で聞こえるような、
耳障りではなく空間に響き洞窟内に広がった。
「嫌な音ではないな。非常に心地良い音だ。」
「そうです。宗教儀式の一環ではないかと考えられています。
そして、これです、見て下さい。」
微かな光の粒のようなものがそれぞれの像から浮き出した。
粒は中央の像に集まると鏡に光は吸い込まれ、
宝石の頭部が光り出した。
その光が強くなると上部に向かって
強く細い光が何度にも分けて飛んで行く。
それが十秒ほど続くと停止し、音は一瞬消える。
「この後四回繰り返します。
三十年前もそのような記録があります。」
「昔からそうなのかね。」
「そうです。かなり古い記録にもあります。」
「君は見た事があると言ったが。」
「はい、私は子どもの頃にそれを見てここの研究者となりました。
私の父がここの管理をしていたので。」
彼はにっこりと笑う。
子ども心に強烈な印象だったのだろう。
その気持ちは私にも分かる気がした。
非常に繊細で美しい景色だ。
そして目の前の現象が終わりかけた頃だ。
「先生、正面の鏡と頭の宝石を見て下さい。」
音楽は全部で五回奏でられた。
そして、像の頭部が赤く染まる。
洞窟の壁に反射して恐ろしい赤い色が広がった。
今までの現象に比べてどことなく禍々しい色だ。
鏡も赤く染まる。
強い赤は思わず目をそらしたくなった。
そしてそれは一瞬にして消え、洞窟の中が静まり返った。
私は思わずため息をついた。
隣の彼も息をつく。
「あの宝石は光を吸収すると言っていたね。」
「はい、レーザーなども当ててみましたが光は吸収されるだけです。
透明なので像の石が面している部分が見えると思うのですが全く見えません。
そしてこの演奏の後に必ず赤く光ります。
鏡も光は反射しません。」
私は天井を見上げた。
音を奏でた時の光の粒は上空に昇って行った。
あれはどこに行くのだろうと。
「録画機器で記録しようとしても演奏が始まるとエラーが出ます。
光の粒でもそうです。だから直接見ていただこうと。」
私は彼と外に出た。
日差しは強く影が濃い。影は自分の真下だ。
この星の地軸は少し傾いている。
だからこのように天頂に恒星が来る時期はきっと今だけなのだろう。
現象が起きている間はここでキャンプをすることになる。
回りには人家など全くない。
ガイド役の彼が住んでいるだろう小屋へと誘う。
日影が心地良かった。
夜になると満天の星が空に現れた。
「見事なものだね、美しい空だ。」
私は食後のコーヒーを飲みながら言った。
目の前の焚火が音を立てる。
昼は暑いが夜はさすがに冷えた。
「人っ子一人来ない古びた遺跡ですから。」
「観光地化はしないのかね、ロマンチックな遺跡だと思うが。」
彼は首を振った。
「とんでもないですよ、ここが壊されてはたまりません。」
ここは彼が大事にしている世界なのだろう。
ほとんど外部に知られていない。
私もたまたま知り合いから依頼がありやって来たのだ。
そうでなければこの遺跡を知る機会はなかった。
「先生、」
彼が空を見ながら言った。
「この星の私達は別の星から来たという言い伝えがあるんですよ。」
「ふむ。」
「この遺跡の石碑なども解読を進めているのですが、
そこにも他の星から来たと書いてありました。」
「言い伝えは民間伝承かね。」
「そうです、各地の伝承に共通してあります。
そしてここにもあります。
ここはこの星でもかなり古い遺跡ですから、
案外と本当かも知れません。」
彼は笑った。
生命の起源はどこが始まりかは調べるのが難しい。
それともどこかから来たのか。
どの星から?
いつ?
「君、この星の公転周期は何年かね。」
「約三十年です。」
「像が演奏するのも大体三十年だな。」
「そうです。関連があるかと思ったのですが、
特に意味はありませんでした。」
私は昼の様子を思い出した。
演奏が始まると光の粒が集まり上空へと消える。
そして赤く光る宝石と鏡。
光の粒はどこに行く?
洞窟を突き抜けて。
「あの光の粒はどこに行くのだろうね、
空へと昇って行ったが。」
「光の粒ですか……。」
彼は腕組みをして考え始めた。
「今日は真昼に現象が起きたがいつもそうかね。」
「そうです、いつも昼で、恒星が真上にある時で……。」
彼は深い思考に入るように呟くように言った。
その日の話はそのまま終わってしまったが、
翌日起きると彼は手持ちのコンピューターで計算をしていた。
「君、徹夜したのかね。」
「そうです、が先生、仮説、仮説を立ててみました。」
かなり興奮した様子で彼はコンピューターの画面を見せた。
「先生が光の粒の行く先とおっしゃったので調べてみました。
あの時間は恒星が天頂にあります。
そしてそのはるか先には二十万年ほど前に、
超新星爆発を起こした星系があります。」
彼はコンピューターの画面を見せた。
銀河があったと思われる場所に凄まじい雲の塊があった。
多分現在でも激しい嵐が渦巻いているはずだ。
「ここに生きていたものがこの星に来たという仮説はおかしいでしょうか。」
「ならこの洞窟の施設は何かね。」
「その母星との通信装置ではないでしょうか。」
「ふむ。」
「現象が起きる時間はここの恒星と星系が重なります。
調べてみると三十年に一度起きるのです。」
血走った眼で彼が言う。
かなり飛躍した仮説かも知れないが調べる必要はあるだろう。
「分かった。今日調べてみよう。だが、君は仮眠をとりたまえ。
すっきりとした頭で確かめたいだろう?」
彼は頷いた。
昼前に私は彼を起こし洞窟へと向かった。
電気機器は使えないので外部にセットしておく。
計算ではやはり恒星と星系は正午にぴったりと重なっていた。
現象は昨日と同じように始まった。
鏡の音、光の粒、鏡に集まり頭頂部の宝石から上部に光が飛ぶ。
そしてそれを五度繰り返し、
赤い光が頭部と鏡から発される。
「これが通信方法ならば正直私では理解が出来ない。
だが、仮説としてここに移住してきた生命体が
我々より高度な科学力を持っていたなら、
恒星を通して超々遠距離での通信を可能にしたかもしれんな。」
私は腕組みをして考えた。
「あり得ますよね!」
彼は興奮した様子で答えた。
「それでだ、私から提案がある。」
「はい。」
「他の科学者や専門家を呼び寄せてチームを作って調査した方が良い。
それだけの価値は十分ある。」
彼の表情が一瞬固まる。
「君がこの世界を大事にしているのは分かる。
お父様から受け継いだものだろうからな。
だが謎が解けそうな今、どうしたらいいと思う?」
「……。」
「この現象は二週間ほどで終わってしまう。
急がなくてはいけない。」
彼はしばし考え込んでいた。
この遺跡は彼にとっては聖域なのだ。
自分一人だけの隠されたこの場所を
彼は踏み荒らされたくない気持ちがあるのだろう。
「……分かりました。私も科学者のはしくれだ。」
「理解してくれたな。すぐに手配しよう。」
私の連絡ですぐに近辺の科学者や専門家がその日の内に集められ、
翌朝には全員揃っていた。
始めは気後れがちに話していたここの研究者の彼も、
みなの熱意に感化されて論議するようになった。
そして、
「先生、あの後このような遺跡は
この近辺の星にもある事が分かりました。」
半年ほど経った頃、
研究発表のために大学に来た彼と私は再会した。
「他の星にもかね。」
「はい、公転周期が違うので時期は違いますが、
そこでも同じように光が発されていました。
そこの恒星とあの星系が重なる時にです。
なのであの星系由来の生き物が
この辺りの星々に移住したのではないかと推測されます。」
「恒星はある意味電波の塊だが、
そこを利用して超々遠距離との通信を可能に出来るのは凄いな。」
「それに関しては通信関係の方が研究するそうです。」
彼は別の書類を出した。
「あの遺跡がある星の知的生命体のDNAを調べてみました。
全て一緒でした。
今では文明など違っていますが、
それぞれの星の我々は起源が一緒の兄弟姉妹でした。」
はるか昔、まだ宇宙がそれほど開けていない時代に、
星を渡り歩く生命体がいたのだ。
「それと通信が終わった後に赤く染まっていたが、
あれは何だろうね。」
私は聞いた。
「あの現象は推測ですが、」
彼は断りを入れながら言った。
「母星と通信出来ないエラーコードではないかと。」
「ふむ。」
「母星は既に消滅しています。」
彼は続ける。
「ここからは私の仮説です。妄想かも知れないが、
元々の星に住んでいた人々はそこの恒星の終焉を予知し、
住めそうな星に移住したのではないかと考えています。」
「今遺跡が残っている星にだな。」
「そうです。一つの星では何かあっては絶滅する可能性がある。
いくつかに分けて移住しましたが、
母星には移住できない、しない人が残っていたでしょう。
その人達とも連絡は取りたいのであの通信施設を作ったのではないかと。
またこちらの生存確認でもあったかと思われます。」
遺跡のある星がかつてはどのようだったかは分からないが、
元々いた星とは違う景色だったはずだ。
石像から推測するなら彼らは音楽を愛す人々だっただろう。
母星より遠く離れた場所で、
そこに移住した人達は彼らの技術で故郷へつながる物を作った。
美しい音を奏でるその装置で故郷を思い出したのだろう。
「戻れない故郷を忘れないための物を作ったのだな。」
「でも世代が変わり母星も無くなって、
宗教として存在するだけになったのでしょうね。
多分その頃には我々の起源はただのお伽話でしょう。」
私は彼を見た。
初めて会った時と違い自信にあふれている。
沢山の研究者達と出会った時の気遅れた感じは無かった。
「君は研究者達が来た時は少しばかり躊躇していたが、
今は全然違うようだな。」
彼は少し恥ずかし気に頭を掻いた。
「私は田舎者ですから少し怖かったですよ。
でもやはり論議などは必要だと実感しました。
狭い世界にいてはだめですね。
先程の仮説も皆と話し合って組み立てたものです。」
私は笑った。
「私の提案が良い方向に向かったようで嬉しいよ。
これからも研究を続けたまえ。」
彼も笑う。
そして一つの封筒を差し出した。
「あのう、先生、これをお受け取り下さい。」
私はそれを受け取り、中を見た。
「なんだ、君、結婚するのか。」
それは結婚式の招待状だった。
「はい、おかげさまであの時に来た技術者の女性と
結婚することになりました。」
「なんと驚きだ、私が橋渡しだな。」
「はい、その通りです、大先生。」
彼はおどけた。
「彼女は通信関係の技術者で研究者でもあります。
あの遺跡の通信設備を研究したいと言われて、
あの後ずっと星に残っていました。それで、はは……。」
私は胸の中が熱くなった。
「良い話じゃないか、喜んで出席させてもらうよ。」
私は彼に握手を求めた。
「彼女の星にもあの遺跡のようなものがあって、
昔から気になっていたそうです。
でも彼女の星の遺跡はほぼ壊れていて、
私の星の遺跡は完璧に残っているので大喜びでしたよ。」
「そうか、ならば、」
私は彼の手を強く握った。
「元々同じ星にいた者が、
時を経てまた出会えたのだな。」
今は無い星の上で約束した何かが、
ここで結ばれたのかもしれないと私は思った。
「式では石像が持っている楽器での演奏会もします。
ぜひ来てください。」
「それは楽しみだな。
君たちの将来は明るい。きっと全てが実を結ぶよ。」
私はその言葉で彼を送り出した。
帰途に就く彼の背中の向こうに、
遠い彼方の終わりを迎えつつある恒星の下から
旅立つ沢山の宇宙船が私には見える気がした。
そこには数えきれないほどの人々の思いがあり、
その中には必ずまた会おうと言う言葉もあったはずだ。
二十万年前に滅びてしまった星にいた人達は、
この話を聞くとどう思うだろうか。
あなた達の生は違う星でも脈々と受け継がれて、
全ては忘れ去られてもその名残は存在し、
その謎が別の星にいた子孫が出会うきっかけとなった。
そして昔奏でられた楽器で音楽が流れる。
その中で二人は結ばれるのだ。
きっと彼らは微笑みながら見守るだろう。
これが運命だよと。
そして私は思う。
その滅びてしまった星の人達はどこから来たのかと。
そこにももっと遠い約束があったのかもしれない。
それが伺い知れぬ事が残念だ。
遠い約束
花が咲く木の下で子どもが二人座っている。
見た事が無い花、異星の子どもたち。
どこかから聞こえる弦の音。
「ねえ、いつロケットに乗るの?」
「うん、ボクは明日。」
「そうか、あたしはあさって。」
「どうしてボク達は同じロケットじゃないんだろうね。」
「……、そうだね。」
「ボク達また会えるかな。」
「……わかんない。」
「泣かないで、ボクも泣いちゃう……。」
「……あたし、明日そっちのロケットにこっそり乗る。」
「そうする?」
「うん、絶対にそっちに乗る。」
「約束だね。」
「うん、約束。」
「あ、お母さんが呼んでる。ボク行くよ。
約束、約束、忘れないでね。」
「うん、約束ね。絶対に行く。また明日ね。」
花が散る。
静かに。
その小さな約束は花しか知らない。
だがその全ては今では消え去って何処にもない。
遠い彼方の約束だ。
2022年8月21日 近況ノートより転載
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます