第6話  ヴァンパイア




地球には吸血鬼、ヴァンパイアと言う架空の存在がいる。


と言われていたが、

実はこれは病気のせいで吸血を行う事が今は分かっている。

地球と言う星での風土病の一つだ。


恒星光に弱く、当たるだけで体が灰へと変わる。

ただ、極めて長寿を得ることが出来、

また老化も遅いので老醜を恐れる人がヴァンパイアになりたがる。


だが、


「たいてい死んでしまうよ。」


目の前のヴァンパイアは少し笑いながら私に言った。


「今まで何人ほど吸血されたのですか?」

「五百人ぐらいかな、あまり覚えていないよ。

そのうち残ったのは二人かな。」


長椅子にゆったりと座る彼は実に優美だ。

その部屋も彼の好みなのか貴族的で洗練されていた。


「そのお二人も少し前に収監されましたね。」

「そうだね、話は聞いたよ。」


ここは小惑星帯にある刑務所だ。

終身刑の罪人が収監される。

雅やかな風体の彼は大量殺人者なのだ。


「仕方ないよ、お腹が空くんだし。」

「今は何を召し上がっているのですか?」

「寄付されたパックの血を飲んでいるよ。味気ないね。

でもありがたい事に全て処女の血だ。

私の好みをご存知の様だ。

この部屋も好きにさせてもらっているし居心地は良いよ。」


彼はにやりと笑った。


「ここに収監されて何年になるか覚えていらっしゃいますか?」


彼は手を振った。


「百年は過ぎているのかな、もう数えていないよ。

だって僕はここから出られないんだろ?

飢えても死にはしないし、数えるだけ無駄だよ。」

「そうですね。

あなたを終わりにするのは日光と銀だけですから。」

「十字架は怖いだけだからね。

君たちが虫を嫌うのと同じように。

ニンニクもあの臭いがねぇ、キライなんだよ。」


世間話をするように気安くしゃべる。

思わず気を許してしまいそうになるが、

彼はヒューマンを狩る上位捕食者なのだ。


「ところで、君、イゴル・クユールエ君、

君は僕の事を調べに来たんだよね。

僕がこうなったのは病気のせいと聞いたけど治せるのかな?」


子どもが聞くような素直な疑問だ。


「そうですね、極めて感染力が弱い病気であることははっきりしています。

ただ、まだ治療方法は分かっていません。

何しろその病気に罹っている人があなたを含めて今は三人しかいませんから、

治療法を探すのにも対象者が少な過ぎる。」

「他にはいないの?

僕がまだ外にいた時は結構いたけど。」

「言いにくい事ですがみな殺されました。」


彼はため息をついた。


「ひどいよネ、僕達は生きるために血を吸っていただけなのにさ。」

「私達も死にたくないので仕方ありません。」


彼は立ち上がり私の前に来た。


「ここで君の血を吸ってもいいかな。」

「だめです。」

「色々な人がここに来たけど、

君が一番はっきりものを言うから気に入ったよ。」

「ありがとうございます。

でも私は吸血鬼になる気はありません。」


私は手元のスイッチを見せた。


「あなたの態度次第でこのスイッチを入れても良いと言われています。

でも私は絶滅危惧種のあなたを死なせたくはない。」


それは人工光を日光に変えるスイッチだ。

彼は肩をすくめた。


「珍獣扱いか、怖いねえ。

まだ消滅したくないから止めとこう。」

「ところで、」


私は彼を見た。


「あなたはなぜ逃げないのですか。」


彼は一瞬はっとした顔をして私を見て笑い出した。


「君は本当にはっきりしているね。」

「あなたは何ものにも姿が変えられる。

場合によっては煙のようなものにも変わる事が出来る。

ここを出るのは簡単だ。」


彼は笑いながら長椅子に座った。


「出られるよ、宇宙空間だから地球に戻るのは少し難儀だろうけど。

でもね、」


彼は顔をあげた。


「僕はね、この宇宙が尽きるのを見たいんだよ。」


彼の顔は輝いていた。


「君達はすぐに死んでしまうけど、

僕はもしかしたら時間の果てまで生きられるかもしれない。

君達がここに来なくなっても僕は一人でここにいるんだよ。

どう思う?」


彼は立ち上がり優雅に踊り出した。


「この宇宙での最後の一人は僕なんだ。

素晴らしい景色だろうな、宇宙の終焉は。」


私はしばらく踊る彼を見てそっと高雅な牢獄を出た。


「博士、いかがでしたか。」


白衣を着た研究員が私に聞く。

彼はこの刑務所に勤めている彼専任の研究者だ。


「彼は狂ってはいないよ。

荒唐無稽な話だが、彼が言っていることは不可能じゃない。

我々にとっては妄想にしか思えないが。

彼が何かしらの目的を見つけてそれを達成したいと言うなら、

そのままにしておくのが良いと思う。」


白衣の彼はため息をついた。


「そうですね……、そうなんでしょうが。」


端切れが悪い。


「何だか果てしなくて、こちらが参りそうですよ。」


私は彼の肩を叩いた。


「君は少し休んだ方が良い。

別の研究員を呼び寄せよう。しばらく自分の星で休養したまえ。」


ヴァンパイアの彼と我々の時間の感覚は当然違う。

漠々たる時間の荒野に立っている吸血鬼の様子を常に見続けていては、

こちらの気持ちもおかしくなっても仕方ない。


様々な手続きを終えて私は帰路につくために刑務所を出た。


その時だ。


「また来てくれたまえ、イゴル・クユールエ君。」


耳元でそっと囁き声がする。


そうなのだ、やはり彼はどこにでも行けるのだ。

そしてここにいるのは我々が捕まえたからではなく、

本気で時間の果てまで行くつもりなのだと私は悟った。


我々がどんなに留めても無駄だろう。

光り輝く時の彼方で、麗しく踊る彼の姿が目に浮かんだ。


それは私が見たくても見られない未来の姿だ。


だがそれより

私は他の場所で彼と二度と会う事が無いよう祈った。






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