第4話  10の68

  




その星には生命体は一つしかない。

人々が行きかうための小さな宇宙港はあるが定住している生き物はいない。

ある意味この星自身が一つの生命体とも言える。


だが先日その星に思いも寄らぬ事態が起きた。


星が真っ二つになるように全体に筋が入ったのだ。

その筋は星の南北をぐるりと一周していた。

この星には東西南北の概念は無いが、

今は分かりやすくするためにそう表現する。


それは音も振動もなく突然だった。

一つしかない宇宙港のすぐ脇をその筋が通っている。

当然その星にいた生命体は全て即時そこを離れた。

宇宙港も閉鎖されている。


私を含めての調査団がその星に入ったのは、異変が起きてから三日後だった。


「どう思うね、イゴル君。」


調査団長がその溝を見て私に聞いた。


「ぴったりと半球の物質がくっついている感じですね、

溝と言うか境目ですね。」


私はそれを見た。

白っぽい真っ平らな大地が地平線まで続いている。

起伏も何もない。

ただただ平面、真球の星だ。

溝に見える境目は星の表面に薄く張っている

透明な膜に遮られて直接は触れない。


「三日前、音も振動なくこの筋は入ったらしい。

地上の者はほとんど気が付かなかったそうだ。

着陸前の宇宙船からの映像があるが見るかね。」

「はい、ぜひとも。」

 

やや粗い画像が星を映す。

白っぽい星が宇宙に浮いている。

そして瞬時に筋が出来た。


「肉眼では分からない速度だ。詳細分析にかけてやっとその速度が追える。」

「星が分離するのでしょうか。」

「うむ、この星は惑星と言うか内部まで均一な物質で出来ている。

だから極めて安定していて、今まで何の動きもなかった。

それが突然のこの変化だ。

何が起きているか調べなきゃならんな。」


団長の口調は深刻だったが口元にうっすらと笑みがある。

我々のような人種は災害であってもどこかで分析をしてしまう。

それが人から非難されるとしても謎をそのままで捨てておけないのだ。

ある意味持って生まれたごうかもしれない。

多分自分が命を落とす時もどこかで分析や考察をしているのだろう。


その時だ。


「団長、また筋が現れました。」

「今か?」

「二分程前です。今度は今ある筋の垂直方向に現れました。」


私達はすぐに宇宙船に戻り宇宙空間に設置した定点カメラの映像を見た。

筋は再び瞬時に現れた。


四分割された星。


団長が腕組みをした。


「イゴル君、私はこのような物を見た事がある気がする。」


私もあるものを思い出した。


「これは生殖細胞でしょうか。」

「巨大な、な。細胞分裂に似ている。卵割ではないか。」


ざわりと皆の気配が動く。


「この星は一つの生命体であると言う説がありましたね。」

「ああ、以前からこの星は存在し、あまりにも巨大なので認識できなかったがな。」

「ですが、この星の成分はタンパク質ではありませんね。」


誰かが意見を言う。


「生き物の体はタンパク質から出来ている事が多いが、

それを元にしていない生命体があっても不思議ではない。」


団長が答えた。


我々はこの星から離れて近くの宇宙空間から観察する事となった。

筋は二、三日に一度ぐらい瞬時に発生した。

そして分割が進み、細胞が細かくなってくると

ただの球にしか見えなくなった。


「私も初めて見る現象だからな、これからどうなるか、楽しみだな。」


団長はあれからほとんど眠っていないようだった。


「少しお休みになった方が良いのでは?」

「いや構わんよ、一年ぐらいなら私は大丈夫だ。

むしろヒトの君の方がずっと私より体力がない。」


彼の体は岩石から出来ている。

頑強で疲れを知らない。

彼が眠る時は精神的に疲れた時だ。


「今は気を張っているからな。絶対に肝心な時を見逃したくない。

大体ふと気を許した時に物事が起きるのだ。」

「そうですね。」

「かつて極めて粘度の高い液体の雫を落とす実験がなされたが、

落ちた瞬間を生で見た者はいるか?

私は不可思議な出来事は録画などではなくこの目で見たい。ぜひな。」


団長が悪戯っぽく笑った。


「君は休みたまえ。何かあれば起してやる。」

「ありがとうございます。では遠慮なく。」


観察はその後二ヶ月ほど続き、ある時白っぽい星が縁からはがれるように

細かい粒が流出し始めた。

それはあまりにも小さすぎて宇宙からは星が崩れていくようにしか見えなかった。


「いわゆる産卵になるのか?」


団長ははらはらと崩れていく星を見ながら呟いた。

そして我々はその粒を採取した。

二、三ミリの固い砂粒のようなものだった。


「これは卵か幼生か、とりあえず宇宙空間にばらまかれて

どこかで大きくなるのかもしれん。」


砂粒はかなりの量を採取され、そして我々の観察はいったん終わる事となった。


「砂粒は宇宙空間でないと育たないかな、地上ではだめか、

重力があってはだめかもしれん。どうやって育つのか、恒星の光は必要なのか。」


ぶつぶつと呟きながら団長はうろうろと歩き回っていた。


「船長、ラボまで帰るのに何日かかるか。」

「二日です、団長。」

「よろしい、私はそれまで眠りにつく。みなよろしくな。」


団長は身を翻して颯爽と艦橋を出て行った。

任務を終えた凱旋だ。

安らかな眠りが彼に訪れるだろう。


母星ははぼしはもう既に影も形もない。

宇宙港も空間に浮いたままだ。


私は想像する。

宇宙に放たれた砂粒のような卵を。


正確な数は分からない。

無量大数という言葉が頭に浮かぶ。


あの中のいくつかがたどり着いた先で

遙か遠い未来に母星としてまたその身を砕くのだろう。

命の循環だ。


その時には私はいないだろうが、

同じような業を持つ者がそれを目撃するだろう。


抗いがたい探求心を持って。





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