笑顔で戦うこと

 この国に来てから笑うことが多くなった。

 アメリカ人はよく笑う。多民族国家だからなのだろう。生まれた国が違えば常識も異なる。言葉の使い方も変わってくる。だから表情が重要となる。言葉が伝わらなくても表情なら見るだけでわかる。相手に笑顔で気持ちを伝えるのだ。

 俺もこの国では意識的に笑顔を作るように心がけるようになった。俺は英語が苦手だ。せめて表情だけでも相手に伝わるようにする。勘違いかもしれないが、笑顔を意識するようになってから、相手に意思が通じやすくなった気がする。


 ポーカーにおいても笑顔は重要だ。俺が考えるに理由は二つある。

 一つ目は油断を誘うため。専業プロと呼ばれるプレイヤー達はポーカー中、あまり笑うことがない。ポーカーを楽しむというよりは金を稼ぐことを重視しているのだ。逆にレクリエーショナル一般のプレイヤー達はよく笑う(そして、よく怒る)。彼らはポーカーを心の底から楽しんでいる。カジノへ遊びに来ているのだ。このように、常にニコニコと笑っているプレイヤーはレクリエーショナルプレイヤーに見えやすい。周りのプレイヤーや専業プロたちにも警戒されづらい。

 テーブルの雰囲気も変わってくる。笑い声の上がるテーブルは周りからも楽しそうに見える。するとレクリエーショナル弱いプレイヤー達もテーブルへ移動してくるようになってくるのだ。逆にじっと黙ってプレイしているテーブルは雰囲気が悪い。するとプレイヤーは移動をためらうようになる。楽しむためにポーカーしているプレイヤー達もテーブルから移動するようになる。

 ポーカーテーブルにおいて、笑顔は利益的な行為なのだ。


 ニコニコと笑いながらプレイしていると、周りのプレイヤーからよく話しかけられることが多い。何処から来たのか、仕事は何をやっているのか、ポーカー歴はどの程度なのか、明日も来るのか、など。

 こういう時に「旅行で来ている」というとおすすめの観光スポットや街を教えてもらうことが出来る。ロサンゼルスでおすすめの料理だったり、観光地の紹介だったり、過ごしやすい街の紹介だとか。そんな情報を地元の人間から教えてもらえれば旅の楽しみが増えるのだ。


 そして、笑顔にはもう一つの意味がある。それは「自分を励ますため」だ。辛いときに辛い顔をしていてはプレイも悪くなってしまう。辛いときほど笑顔でプレイするのだ。



 この日も笑顔がとなる日だった。

 最初の1時間で300ドルを失った。ルースな緩いプレイヤーが後ろに2人もいて、ブラフが打てない。ハンドもヒットしない。大きなポットを5連続で落とした。その後もポットを落とし続ける。それから3時間で500ドル、400ドル、600ドルと負け続け、気が付けば負けの総額は2,000近くになっていた。


 このゲームは理不尽だ。これまでのプレイは悪いものもなかった。しかし、ひどく負けてしまった。こんな時こそだ。

 辛いことが増えると表情が強張ってくる。すると、プレイも悪くなってくる。イライラするとテーブルの雰囲気が悪くなってしまう。すると、プレイヤーが減ってしまいテーブルが解散することになる。そして何より楽しくない。俺は金のためだけではなく、楽しさのためにプレイしているのだPlay for fun



 テーブルには弱いプレイヤーが2人、レギュラーは2人であとは知らないプレイヤーだ。俺の右にいるプレイヤーはいつも一緒にプレイするレギュラーだ。此奴はそこそこ上手いプレイヤーでいつも安定して勝っている。しかし、この日は少し様子が違った。俗にいうという状態である。

 ポーカーでは、冷静ではない状態、特に怒りに身を任せた状態や落ち込んでプレイが乱れた状態をティルトと呼ぶ。この状態のプレイヤーは最適なプレイが出来ない。通常強いプレイヤーでも弱体化してしまうのだ。

 この日のティルト傾向としては、フォールドするべきハンドが降りられなくなっているように見えた。


 そんなときに、BTNで来たハンドは8♣6♣。

 レギュラーがレイズしてきたのでコール。あまり強くないハンドで、通常ならこのプレイヤーに対してコールするのは難しいのだが、今は相手がティルトしている。これで強いハンドが出来れば大きく儲けることも可能だろう。

 後ろからフィッシュも1人コールして、3人でフロップへ進む。


フロップ:A♣9♡7♣

 オープンエンド両面ドローとフラッシュドローが出来た。Tか5でストレートの完成だ。♣が落ちればフラッシュになる。かなり強いハンドだ。

 自分までチェックで回ってきた。ここはベットするのが通常のプレイだ。しかし、相手は2人ともルースに緩く弱いハンドでもコールをしてくる。ドローを完成させてから打ってもかなりの利益が得られるだろう。

 ここはローリスク・ハイリターンのためにチェックを選択した。


ターン:3♦

 ブランク関係のないカードが落ちた。俺のドローは完成していない。

 レギュラーが60ドルのポットに対して60ドルのベットをしてきた。これをコールしてレギュラーとヘッズアップ一対一


リバー:T♡

 ストレートが完成した。大当たりだ。さてあとは、どうやってバリュー利益を取るかである。

 相手から120ドルのベットが来た。ここは勿論レイズを返すのだが、問題はいくらのレイズをするかである。通常なら2.5倍から3倍のレイズを返す場面だろう。しかし、相手はティルトしている。少し大きくレイズしてもコールしてくれるだろう。ここは400ドルのレイズを選択する。相手は特に迷うこともなくコール。本来ならば迷って考える場面なのだが、やはりティルトしているようだ。冷静な判断が出来ていないのである。

 こうして600ドルの利益を得ることが出来た。



 約1時間後。BBビッグブラインドで4♦3♦が来た。

 EP最初のポジションからタイトなプレイヤーがレイズ。弱いプレイヤーが2人コールして4人でフロップを見る。


フロップ:J♡5♦2♡

 フロップには赤いカードだけが並んだ。70ドルのポットに対してタイトなレイザーが50ドルのベット。コールをしてヘッズアップ。


ターン:8♦

 これは良いカードだ。俺のストレートは完成していないが、フラッシュドローが追加された。相手は125ドルのベットをしてきた。これもコールする。

 相手のハンドにはブラフはないだろう。オーバーペアなどの強いハンドだけで構成されているはずだ。ヒットすればオールインまで行けそうである。


リバー:6♣

 ヒット!

 ストレートが完成した。ドンク先打ちベットを打つか迷うが、ここはチェックする。相手はオーバーペアの可能性が高い。ならばもう一発打ってくれるだろう。

 予想通り相手から210ドルのベット。これを800ドルへレイズして、相手へオールインを要求する。

 相手はかなり考えてからコール。1200ドルほどの利益を得た。かなり大きな勝ちだ。



 今日の勝ちで、今までの負けを取り戻し、更には収支をプラスまでもっていくことができた。

 やはり笑顔は大事だ。どんなに辛くても楽しく、かつ冷静にプレイする。ポーカーにおいては、折れない心が最も重要だ。

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