閑話 タコスを巡る旅

 ここ数日で酷く負けた。それでも所詮は分散の問題だ、と開き直ってプレイを続けるのが理想だが、流石に参った。俺はまだ心が弱い。こんな精神状態で続けても、良いプレイは出来ないだろう。少し休みを取ることにした。

 そもそも、俺はポーカーだけではなく、旅がしたいのだ。それならば、観光しなければ本末転倒である。



 とりあえず、ロサンゼルスのダウンタウンに宿を取った。


 まずは宿へ行く前に、ダウンタウンの教会「天使のマリア大聖堂」へ寄る。英語名はCathedral of Our Lady of the Angels で、ロサンゼルスの女神Ladyという名前が洒落ている。

 大きな教会だ。日本の神社仏閣でもここまでは大きな建物は少ないだろう。中心の礼拝堂の収容人数は6,000人以上。とんでもない大きさだ。

 雰囲気にも圧倒される。宗教施設特有の厳かな雰囲気が、この大きな礼拝堂に満ちている。正面中央には磔にされたキリスト像、横にはパイプオルガン。側面の壁には、多種多様な人種が祈りを捧げる絵が飾られている。白人、黒人だけではなく、アジア系の顔もある。こんなにも人種があるのは、他民族国家であるアメリカならではなのだろう。そんな大きな絵が最後列まで飾られているのだ。この雰囲気に圧倒される。

 礼拝堂の外にはキリスト教関連の展示が多数置かれている。なんとなく来たとしても楽しめる場所だ。



 その後は2時間程歩いて宿へ向かう。途中の公園で配給の様子を見たり、メキシコ人の露店を歩き回りながら、コリアンタウンへ着いた。今日の宿はドミトリーである。

 海外でドミトリーに泊まるのは初だ。着いたのは夕方。少し道に迷ってからチェックインし、宿を案内してもらう。大きめな一軒家を改装した宿で、シャワールームは4つ、トイレは併設の他に1つだった。

 驚いたのは、トイレにウォシュレットが付いていたこと。しかし、トイレットペーパーは便器に流してはいけないようで、ゴミ箱が設置されている。海外だから仕方がない。


 俺が宿泊したのは宿の中でも最奥の8人部屋。汗臭い部屋だ。薄暗く、昼間からゴロゴロしている人々が並んでいる。このような部屋が他に4つある。キッチンも付いているので自炊も可能だ。しかし、宿泊者の人数に対して冷蔵庫が小さいため、それほど多くの食料は貯蔵できない。

 一人につき一つロッカーを使用することが出来るが、これには自前の南京錠が必要だ。俺の場合はそこそこの現金を所持している。近くの酒屋で南京錠を購入した。Liquor と書いてある店なのだが、日本のコンビニのように日用品も売っている。



 翌日はハリウッドを観光。ただ、ハリウッドだけではつまらないので、ファーマーズマーケットに寄り道する。

 地球の歩き方には、フォーマーズマーケット農家の市場はかつて小さな市場だったと書いてあった。俺は勝手に、商店街のような場所だと思っていたが、実際はどちらかと言えばフードコートに近い。

 中心部に様々な飲食店が軒を連ね、これを囲むようにマーケットが並んでいる。テーブルと椅子がいくつも置いてあり、好きな食事を買って、適当に食べることができるのだ。正にフードコートだ。

 日本と違うのは、店の種類だ。一通り見た限りチェーン店は存在しない。個人店舗だけで構成されている。アメリカらしいダイナー、ケイジャン料理店、パスタ専門店、中華料理店など種類も多様だ。


 俺はケイジャン料理店でガンボという料理を食べた。

 ケイジャン料理とは、アメリカ南部の郷土料理である。ガンボは一般的にはシチューのたぐいだそうで、俺の頼んだ物はチキン、海老とオクラなどの野菜類が入ったオーソドックスなものである。これにコーンブレットとポテトサラダが付いて12ドル。

 日本円に換算すると少し高い昼食だが、アメリカでこれは安い部類だ。ガンボはスパイスが効いているが、庶民向けの料理だからか馴染み易い味わいで人を選ばない美味しさがある。ボリュームもあって大満足だ。


 その後はハリウッドまでバスに乗り、ウォークオブフェイムThe Walk of Fameを歩いた。その名の通り、映画関連の有名人物の名前が星形の敷石に刻まれている通りで、映画ファンにはたまらない場所だろう。

 チャイニーズシアターの前にはフットプリントFootprintがある。映画スターの足跡と手形、サインが刻まれた石板だ。チャイニーズシアター前の地面に所狭しと並べられており、ここに名前があればハリウッドスターとして認められた証になるそうだ。

 アベンジャーズシリーズ、スターウォーズ、ジャッキーチェン、トム・クルーズなど名だたるハリウッドスターたちが並んでいる。観光客もお目当てのスターを探して、全員下を見ながら歩く様子は一見くらいは価値があるだろう。

 しかし、俺は映画を愛しているような人間ではない。残念ながら、ハリウッドスターにも特別興味がないので、そこまで心惹かれるような場所ではなかった。ハリウッドに行ったことがあるという土産話にはちょうど良いだろう。



 翌日からは、サンディエゴに行くことにした。

 サンディエゴへ行く手段は3つある。車、電車、バスだ。今回はバスを選択した。魅力はなんと言ってもその安さだ。

 車ならレンタカーが必要だ。1日で大体60ドル。電車なら30ドル。バスなら15ドル。この値段ならバスを選ぶ。やはり安さは正義だ。


 今回選んだのはFlix bus という格安長距離バス。予約は簡単で、ネットで名前とメールアドレスが有れば十分だ。クレジットカードで支払うと、アドレスにチケットが送られてくるので、そのQRコードを運転手に見せれば良い。

 出発地はユニオンステーションとハリウッドがある。宿からはハリウッドの方が近いので、そっちを選ぶ。出発時刻は11時25分。ほぼ3時間毎に走っているので、時間も自由に選べる。

 出発の当日、出発の15分前には集合しろと書いてあったので、30分前には集合場所に着いた。集合場所は少し分かりづらく、住所をGoogleマップに入れても正確な場所まで案内はされない。チケットに詳しい場所が書いてあるので、そこまで歩く。

 集合場所に着くと、俺と同じような移動者がちらほらと集まっている。俺もそこで皆と一緒に待つ。しかし、バスが来ない。出発5分になっても来ないと、集まった人達も皆んなソワソワし出した。チケットには15分前には集合しろと書いてあるのに、バスが遅れるとは困ったことだ。しかし、アメリカはこんなもんだと慣れてしまえば、そこまで苦痛でもない。

 結局、バスは5分遅れの11時30分に到着した。


 それからは何も問題は起こらず、15時に到着した。バスの乗車時間は4時間程度。バスにはトイレも付いているので、意外と快適だ。

 到着地はバルボアパーク。アメリカ西海岸で最大規模の動物園がある公園だ。この動物園はとてつもなく大きく、園内でバスツアーを使わなければ回りきれないと聞けば、その大きさも想像出来るだろう。そんな大きさの動物園が占める面積は、公園の約四分の一なのだから、とてつもなく大きな公園なのである。バルボアパークにはサンディエゴ現代美術館をはじめとした多数の博物館が内蔵されている。また、野外劇場等もあり、散歩するには最適な場所だ。博物館はヨーロッパ風の建築で、まるで宮殿のようだ。

 同時に美しい公園でもある。南国らしくヤシ科の木が多く植えられ、自然に溢れている。野生のリスが歩いていて、つい写真を撮ろうとするがすぐにいなってしまう。そういえばアメリカに来てから、野良猫を見ていない。なので最初に見たのは、野良リスである。

 バルボアパークから30分程歩き、ダウンタウンへ行く。今日の宿はダウンタウンの中心地、ガスランプクォーターと呼ばれる通りのすぐそこである。


 さて、今回の目的はタコスとビールである。

 サンディエゴはメキシコ国境の街だ。メキシコの文化が混じった地域で、昔からタコスが美味いらしい。最近の産業としては、クラフトビールが有名だ。今回はその二つを楽しみにやってきた。


 宿に荷物を置き、散歩に出かける。ここサンディエゴは映画「トップガン」の舞台である。劇中に出てきたダイナーや内湾の港を眺めながらのんびり歩く。

 やがて夕方になり、腹が空いてくる。そうしたら、ダウンタウンのメキシコ料理屋へ行く。タコスを食べる。

 Googleマップで評判の良い店を探し、タコスを注文する。タコスは小ぶりなサイズで一つ4ドルくらい。2つは食べないと満腹にならないので少し高くつくが、値段に文句が出ないほど美味しい。初日はフィッシュタコスとのタコスを食べた。

 フィッシュタコスは揚げた切り身の上に薄くスライスした玉ねぎとトマトが乗っている。そこに特製のタルタルソース。タコの方は、タコとパプリカの炒め物が乗っている。味付けは少し濃いめで、そこに取り放題のライムをかけて食べる。

 他にもビーフやチキンといった定番もあり、これらはアボカドソースがたっぷりかけられている。

 小ぶりなので色々な種類を楽しめるし、一つ一つの完成度も高い。このタコスを食べられただけでもサンディエゴに来る価値があるだろう。


 腹ごしらえが終わったら、クラフトビールを飲みに行く。Stone brewing とBallast point という醸造所直営店へ行った。

 俺はクラフトビールには詳しくない。日本の詳しい友人へ連絡を取る。日本はちょうど昼前。友人はテレワークで暇だそうで、通話しながらビールを楽しむ。メニューの写真を送って、おすすめを聞くことも忘れない。

 サンディエゴのビールでは、ホップを多く使用したIPAが有名なようだ。おすすめされるがままにIPAをいくつも飲む。爽やかだが深みのある味わい。1杯8ドル前後で、値段は日本と大差ない。しかし、日本の店にはない種類が多数あるので、毎日通っても飽きが来ることはないだろう。


 3杯か4杯ほど飲むとちょうど時刻は9時頃になる。サンディエゴの夜はこれからが本番だ。ガスランプクォーター通りと呼ばれる、その名の通り無数のガスランプが街頭に飾られている通りが、夜中から朝までずっと騒がしいのだ。

 宿はここのすぐそこにある。この喧騒につられる様に宿も夜中まで騒がしい。ビリヤードをやったり、映画を見たりして夜を過ごす。

 宿泊者は俺のような貧乏旅行者ばかりなので話も弾む。どこの街が良かっただとか、ここの料理は一回食べるべきだとか。そんな話をするうちに、一人また一人と寝床へ帰っていき、夜は更けていく。

 これがサンディエゴの日常だ。

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