　アメリカに着いてもタバコを吸っている。辞めるつもりだったのだが、海外生活やポーカーのストレスから気が付けば吸ってしまう。

　代わりに、喫煙所では様々な人々と交流する機会に恵まれる。

　モーテルの喫煙所。俺の宿泊しているモーテルNisei innは他の宿に比べて料金が安いせいか、長期の滞在者が多くいる。ただ、完全に個室なので、廊下で顔を合わせても特に会話することもない。野外の喫煙所で毎回顔を合わせる人間とは自然と会話になることがある。

　最初に話したのは日系4世の男性だ。背の高さ以外は日本人そっくりで多少顔の彫（ほ）りが深い程度である。日中は仕事をしているのか、会うのは夕方から深夜だけである。

　彼には会うたびにコーヒーでも飲まないかと誘われる。非常にフレンドリーなのだ。そのほかにも親切で、俺の食事を買うために車を出してくれたこともある。

　彼には日本へ行った子供がいるらしい。（おそらく）娘は、コスプレが趣味で日本へ行ったらしいのだ。初対面で俺のＴシャツをみて、子供の話を聞かされた。どうやら俺のＴシャツにプリントされていた絵がアニメだと思ったようだ。（実際はキース・へリングというアメリカの画家の絵だ。）

　もう一人特徴的な人物がいる。彼は台湾出身で、1日中どこかしらの時間に喫煙所に出没する。そして、いつもYouTubeでビリヤードの試合を見ている。

　彼とも自然と話すようになった。初めはビリヤードの話題から。俺もかじったことはあるので、彼とは話が弾んだ。特にエフレン・レイズが好きなようで、ずっと彼の試合ばかり見ている。過去の試合を一日中見ている変わったおっさんだ。

　彼は毎回タバコだけではなく、大麻も吸っている。俺も彼から大麻を勧められたことがある。

　いつものように夕方に起き、近くの店でタコスを食べてから喫煙所に行ったときの話だ。ガラス製のパイプを見せられ「吸うか」と聞かれた。タバコ屋によく置いてあったパイプと同じもので、その模様が美しいことから気になっていたのだが、大麻用のパイプだったようだ。パイプのほうが紙に巻いて吸うよりも節約できるらしい。

　カルフォルニア州では大麻は合法になっている。

　彼に勧められるまま、俺も一度試してみた。甘い匂いがのどを焼く。肺も焼けたようになって、思わずむせ込んだ。10分も経つと段々と全身に大麻が回ってくる。最悪の気分だ。思考が定まらず、体の力が抜けてぼんやりとする。酒と一緒にすると、ひどい吐き気がやってくる。

　もう二度とやりたくないと思った。ポーカープレイヤーとして、思考を鈍らせる可能性のあるものはできるだけ排除したいのだ。とはいっても、酒とタバコを止められていないので、説得力はないのだが。

　特徴的なのは、カジノの喫煙所。ここには本当に様々な人が訪れる。

　例えば、ポーカーテーブルで顔見知りになった相手とは、お互いの調子を言い合う。知らない人にタバコを一本売ってくれと言われることもある。おそらくカジノで負けたのだろう。

　怪しい奴もやってくる。Wheedはいらないか？と聞いてきた風体の怪しい男がいた。夜なのにパーカーのフードを被った怪しい人物だったため、Wheedが何かは知らないが断った。後日調べてみると、大麻のことだったようだ。

　吸殻を集めに来るホームレスもいる。他人の吸い残したタバコを回収して、吸っているようだ。見た目からしてホームレスなので、見つけたらすぐに警備員が追い返す。問題は起こっていないのだが、大金を持っているので少し不安である。

　ちなみに、タバコはコンビニやタバコ専門店で買うことが出来る。タバコ専門店はSMOKEと大きく書かれているので、すぐに見つけられる。少し大きなショッピングセンターや街の片隅には必ずタバコ屋があるのだ。

　しかし、ロサンゼルスのタバコは高い。マルボロが1箱で7ドルもする。日本円にするとおおよそ1000円。日本の1.5倍から2倍の値段である。

　しかし、安いタバコも存在する。例えば葉巻。これは1本あたり最低2ドルで買える。葉巻は1本吸うのが1時間程度かかるので、貧乏な人は少し吸ったら火を消して取っておくようだ。また、フレーバー付きのタバコも安い。1箱3.5ドルで買える。バニラやチョコレートのフレーバーが付いていて、非常に安価なので重宝している。しかし、フレーバーの分ニコチンが少ないのか、満足感はあまりない。

　俺はアメリカに来てからというものの、この国のタバコ事情に困っていた。値段が高い。しかし、ある日とてつもなく安いタバコを見つけた。売っていたのはメキシコ人の露店が並ぶ通り。そこでは1箱3ドル、2箱で5ドルという安価でタバコが販売されていた。見たこともない銘柄だ。おそらくメキシコのタバコだろう。怪しさ満点だ。しかし、安さには代えられない。吸ってみても変な味はしないし、普通のタバコである。あきらかに勝手に商売している露店ではあったが、それもまた一興だろう。