最悪の初日

 5月20日が出発日。翌日に俺は28歳になる。旅人として最初の一歩を踏み出すにはちょうど良い日だ。



 成田空港に9時到着。飛行機は14:45発だが、PCR検査もあるため早めの到着だ。10時にPCR検査を受け、チェックインカウンターへ行く。今回は格安航空のZipAirでアメリカへ飛ぶ。

 しかし、ZipAirのカウンターが見当たらない。ロビーを一周して探してみるが、ほとんどのカウンターが閉まっている。アメリカ入国に必要な書類について質問したかったのだが、困った。

 インフォメーションに聞いてみると、カウンターは出発の3時間前からオープンするらしい。うっかりしていた。海外への一人旅で緊張していたようだ。


 空港のロビーは閑散としている。ほとんどの店も閉まっている。マックとスタバと無印良品だけが辛うじて開店しており、他はシャッターが閉まっている。閉店や休業の看板が目に付く。

 他に行き場のない人々がマックとスタバに群がっている。大学生が多いように見える。土日を使って近場に観光だろうか。グループ旅行も楽しそうだ。



 空港に着いてからずっと気持ちが悪い。風邪などではなく、極度に緊張している。心臓の鼓動が早い。海外へ長期間、それも一人で行くのは初めてなので、とても怖い。

 とりあえず、一服して落ち着く。今のところ、アメリカでもタバコを吸う予定はないが、今だけはタバコが必要だ。



 昼食を食べ、12:30頃にPCR検査の結果を受け取る。結果は陰性。これで渡航できる。

 さて、問題はZipAirである。ネットで評判を調べると悪評が目に付く。曰く、手荷物の制限が厳しい、機内食は事前予約のみ、飲食物の持ち込み禁止等。安かろう悪かろうの飛行機らしい。

 手荷物は7kgまで。俺の荷物はギリギリの6.8kg。ネットで調べると、機内食はやはり予約が必要であったが、飲食物の持ち込みは制限がなくなったようだ。コンビニでパンを買う。

 アメリカ入国には、帰りのチケットを予約していなければならないことをカウンターで指摘された。面倒だが仕方ない。その場で格安チケットを探すのも面倒なので、仕事でよく使っていたANAでチケットを予約した。8/1の深夜便。アメリカの滞在可能日数よりも少しだけ早い航空券にした。これで、ようやく準備は万端だ。



 その後は、9時間のフライト。道中は何も問題はなく、ロサンゼルス国際空港に到着。格安航空らしい席の狭さだったが、隣には誰もいない。おかげで体を横にして眠ることが出来た。

 到着時間は朝の8時。時差は16時間だ。よく眠れたので、特に時差ボケもない。むしろ寝て起きたら朝になっていたので、普段の生活よりも正常になったくらいだ。



 問題が起こったのは入国審査。入国のカウンターへ着くまで1時間ほど待たされた。どうやら朝早くて審査官の数が十分ではないらしい。


 そして、入国審査。指紋とパスポートの確認の後、英語で質問をされた。しかし、最初何を聞かれているのか分からず、と聞き返したら、「お前、英語しゃべれないのか?」と言われ、そこから猜疑的な目で見られるようになってしまった。

 そして、いくつかの質問の後、別室に連れていかれる。別室はまるで警察の取り調べ室のような空間だ。何人もの人々が粗末なベンチに座っている。電子機器は触れることさえ禁止だ。一人ずつ呼ばれて、審査官に尋問される。


 2時間程待たされ、ようやく俺の番が来た。朝早すぎたために、通訳の都合がつかなかったようだ。

 今後の予定と所持金を聞かれる。どうやら、無職であること、無計画旅であることが問題のようだ。アメリカ国内で勝手に就職しようとしているように思われたらしい。アメリカは無計画の旅などできないようだ。移民の国だから仕方がないのだが、旅の初っ端から挫折したような気分だ。

 日本語の通訳を交えて説明し、どうにか入国できたのは昼頃。飛行機を降りてから4時間後である。最後には「次は定職に就いてから来い」と言われた。

 無職で何が悪い。せっかく仕事を辞めたのに、アメリカで働くなど考えられない。審査官は見る目がないようだ。



 さて、気を取り直して旅の始まりだ。


 まずは空港から宿へ向かう。バスやタクシー、uberといった選択肢があるのだが、せっかくなので街の様子を見ながら行きたい。チェックインの16時まではかなりの時間がある。せっかくなので、宿までの20km程度は歩いて行くことにした。歩けば土地の理解が深まる。俺の持論だ。

 徒歩で空港を出るルートが見つからない。とんでもなく大きな空港だ。ターミナルが9つもある。こんなにあって飛行機は足りるのだろうか。

 車の発着場も2階に分かれており、どちらの階が街へ繋がっているか見当もつかない。それでもどうにか道を見つけ、空港を出る。どうやら皆車で移動するようで、歩いている人は一人もいない。

 空港から出て驚いた。道路が広い。ただの道路なのに4車線もある。ビルが群れを成している。それでも、透き通るほどの青空が見える。東京都は違って、閉鎖感がない。アメリカに来た、と実感した。これから俺の旅が始まるのだ。


 街を歩いていても皆、車移動である。歩いているのは、治安の悪そうな地域にいるホームレスばかり。

 治安の悪い地域は一目でわかる。道路にゴミが散乱しており、ガラスの破片なんかも散らばっている。白人がほとんどいないことも特徴だ。黒人ばかりである。家のドアには鉄製の檻があり、庭もほとんどない。

 対照的に治安のよさそうな地域は、庭が広く、手入れがされている。白人が多く、車も比較的綺麗である。

 経済格差が地域に現れている。日本ではあまり見かけない風景だ。



 4時間ほど歩き、Gardenaガーデナへ到着。ここが今日からの宿である。ロサンゼルスの中心街からは遠く離れた地域。車でも1時間程度離れている。しかし、目星をつけたカジノが徒歩圏内にあり、比較的治安が良いことからガーデナを選んだ。


 宿泊地はNisei innというモーテル。MotelモーテルとはMotor Hotelのことで、駐車スペースのある安宿である。1泊1万円弱。アメリカでこの価格はかなり安い部類である。

 だたし、安かろう悪かろうなホテルで、部屋の中に落書きがあるような場所だ。トイレもよく詰まるし、シャワーの温度も安定しないし、電球も一部切れている。それでも寝るだけならば十分だ。バイク旅をしていた俺にとって、問題は何もない。



 流石に疲れたので、3時間ほど仮眠してからカジノへ行く。カジノへは徒歩で30分。メンバーカードを作り、30分ほど待ってからプレイを始めた。


 ブラインド場代は5/5で、1000ドル持ってバイイン入った

 今日は金曜日の夜。弱いプレイヤーが多い。恐ろしく弱いハンドで参加するプレイヤーが多く、プロも少ないように見える。しかし、ハンドが入らず、スタック持ち点を700ドルまで減らしてしまう。



 2時間ほど経ち、ハンドはA♣J♣で20にレイズ。強いハンドなので素直に参加。二人がコールしした。


フロップ:K♡T♣8♡

 ストレートドローで30ドルのベットを打ち、一人がコール。このプレイヤー相手はかなり弱いハンドでも参加するので、もう一発打てば降ろせるかもしれない。


ターン:9♡

 このカードで更にストレートドローQと7が1枚増えた。手札のJ♣とボードのT♣9♡8♡である。相手のハンドは弱そうで、もしコールされてもストレートができる可能性があるのでベット。フラッシュの可能性もあるが、相手のハンドレンジ持ちうるハンドが広いので、あまり気にしないでいいだろう。

 相手は迷ってからコール。コールするか迷っているように見えたので、予想通り弱めなハンドだと思う。


リバー:7♠

 相手が大き目なドンク先打ちベット。こういうベットをドンクバカなベットという。前のストリートカードまでコールして弱さを見せていたのに、次のカードで突然ベットする行為をいう。通常、弱いプレイヤーに特有なプレイであり、ここはストレートを恐れてツーペアなんかが打ってきている場合が多い。強いハンドの可能性もあるのだが、今回、ストレートを持っているのでコール。

 相手のハンドは5♡3♡のフラッシュ。あまりないと考えていたカードで、予想を外されてしまった。弱めなフラッシュならばターン4枚目ドンク先打ちベットしそうなものだが、不可解である。

 このハンドで300ドル以上無くなってしまった。



 それからもと減り続け、プレイ開始から4時間後にはスタック持ち点が300ドルだけになってしまった。

 良いハンドで参加してもフロップに絡まず、ブラフを打ってもレイズされる。ドローができても完成しない。テーブルは甘いのだが、ツキがない。こういう日は仕方ないが、辛いことに変わりはない。

 最終的にはA♦K♡でオールイン全額賭けたしたが、負け。4時間半で1000ドルのマイナスである。



 初日から挫折ばかりだ。出国でも入国でもトラブルがあり、ポーカーもうまくいかない。

 敗因は緊張しすぎていたことだろう。緊張して頭が回らない、言葉が咄嗟に出てこない。ストレスばかりが溜まり、アメリカ初日を楽しむことが出来なかった。


 カジノからの帰り道、機内でパンを食べてから何も食べていないことに気が付いた。どうやら、緊張で腹の具合も忘れていたようだ。けれど、どうでもよくなって眠った。

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