第20話 バーの扉が閉まるとき
早い時間にその店に着くと、お気に入りの席はあいていた。
行きつけのバー、左端のカウンター、妙に落ち着く席だった。
そして、今日は友人との待ち合わせでもなかったので、気持ちも楽だった。
もしかしたら、友人とは、今後そのバーで会う事もないかもしれない。
マスターに一杯おごり、乾杯をする。
挨拶や世間話もせずに、友人のダブル不倫とその顛末の相談を、早々に話しはじめる。
マスターからは、
「男はSEXが恋愛のゴールで、女はSEXから恋愛がスタートする。」
そんな誰かの格言のような返事がかえってきた。
マスターから目をそらし、バックバーのボトルを眺めながら考えていた。
男なら誰だってわかっていたはずだ。
相手が人妻なら、泥沼にはまることを。
少しマスターは考えているような沈黙の後、話を続けてくれた。
「好きな人としか一線を越えてはいけないというモラルがあって、
逆に、一線を越えてしまうと、女性はたいして好きでもなかった相手を好きだと思い込んでしまう心理があるそうです。」
◇ ◇ ◇
なぜ、友人と、このバーで会えないのか?
たいした理由ではない。
友人は、セクハラ問題で左遷になってしまったのだ。
しかも不倫相手とは、別の女性がセクハラの相手だった。
先日うけた友人からの不倫の相談にも、アドバイスできなかった。
その上、会社でのセクハラによる不祥事。
自分は、もっと何かできたのではないか。という後悔や、後味の悪い何かを感じていた。
マスターから、同情でもない、慰めでもない言葉が返ってきた。
「わたしにはわかりませんが、
もしかしたら、わざと会社で問題を起こしたんじゃないでしょうか。
やり方はよくなかったかもしれないですけど、彼は不倫を終わらせたかったのかもしれないですね。」
そのマスターからの一言に、なんか救われた。
苦かったお酒の味も変わった気がしてきた。
入ってきたときとは違う気持ちで、そのバーを出た。
見送りに出てきたマスターが、その扉をそっと閉めてくれる。
自分はその様子を見ることもなく、歩きはじめていた。
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