第19話 重たい扉は開けてしまうと閉めるのが難しい

その扉はとても重厚で、向こう側とこちら側を完全に遮断するかのように閉まっている。

常連になっていた自分はその扉を、いつものように右手ですっと開けて、お店の中へ一歩入る。


カウンターの中にいる馴染みのマスターと目が合う。

いつも座るカウンターの席へと促される。

そこは自分が行きつけにしているバーで、カウンターとテーブル席が2つだけの小さなお店だ。


カウンター席までの数歩の間に、自分は考え事をしていた。

ほんの一瞬でいろいろなことが、頭の中を駆け抜けていく。

入ったことのないバーって、中が見えないから、入りにくいよな・・・


[最初に連れてきてくれたのは友人だった]と思いだしたころで、ちょうど席に座り、マスターの「いつものですか?」という声が聞こえてきた。


いつも頼んでいる少し度数の高いお酒を一口飲んだところで、マスターから「仕事帰りですか?」と挨拶がわりの一言があった。


じつは、今日は待ち合わせなんだ。

この居心地のいいバーを紹介してくれた友人と会うことになっていた。

友人はまだ到着しておらず、マスターが自分の席の隣に、そっと予約席の札を置いてくれた。


ちょうど一杯飲み終えたころに友人は到着した。

友人の注文と一緒に、自分も二杯目をお願いする。


今日は、酒を楽しく飲む日じゃない気がしている。

友人から「相談がある」と言われていたからだ。

そう言われて、いい予感などするわけがない。


相談とやらを聴いてみると、同僚とダブル不倫の関係になり、泥沼にはまりそう。という話だった。

「お互い既婚者だし、割り切った関係だと思っていた」と少し憔悴気味につぶやいていた。


友人は、中途入社で採用された女性の教育担当であり直属の上司だった。

一緒に仕事をすすめていくうちに、次第に仲が良くなっていった。

そして、ついには、体の関係をもってしまった。

その彼女も、既婚者だった。という話だ。

よくある話だ。


先が見えない二人の関係。

だが彼女は「好き、別れられない」と関係を終わらせてはくれない。

それが友人の悩み。

割り切った関係を期待していたのだから、続ける気はないのだろう。


自分も酒がまわりつつある頭で、友人に何を言えばよいか考えていた。

言うべきか、言わないべきか、様々な答えが頭の中に浮かんでくる。

[上司に頼ることが疑似恋愛状態になった]

[お前は、男としての性欲にあらがえなかった]


彼女の気持ちは幻想であり好きと勘違いしているだけ、二人の関係に未来なんてないことを伝えたかった。

だが、考えはまとまらず、なんと言えばよいかわからなかった。

結局、答えがみつからないまま、時間は深夜になっていた。


もう、お店から出ようとして、あの重厚な扉を押し開けた。


そのとき、かけるべき言葉が見つかったような気がした。

その言葉で解決できるとは思えなかったが・・・、


重たい扉は開けてしまうと閉めるのが難しい

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