第15話 求愛の憂鬱

休日の午後、

挽き立ての珈琲豆へ熱湯をまわすようにそそぎ、

珈琲豆が蒸らされるのをじっと待っている。


行きつけのお店で買ってくる珈琲豆は、自分好みにブレンドされている。

珈琲を飲む。

ノンビリした時間が気持ちを落ち着かせることもあるし、

この珈琲の香りが、忘れかけていた過去の記憶を思い出させることもある。


イワヒバリが尾っぽを振りまわすーーー


 ◇  ◇  ◇


ベッドを共にしたい。

そんなときは男性からのアプローチの方が多いと思う。

反面、女性は受け身になりがちだと思う。


自分の場合は、まわりくどくせず「一緒に寝よう」と誘う。

うまくいけば、それでいい。

脈がなければ、キッパリと断られる。


でも、男と女は、そんなに割り切れるものじゃなくて、

どちらでもない、というか、どちらにも揺れ動く気持ちのときもある。


その揺れ動いている気持ちには、ストレートな誘い文句の方が、女性を「ドキッ」とした気持ちにさせることができる。

最初のアプローチではダメでも、この気持ちの揺れへのドキドキが、恋愛感情に発展するときもある。

恋愛術というほど大げさなものではないが、自分なりのちょっとした策略だった。


 ◇  ◇  ◇


では、

まったく女性からのアプローチはないのか。そんなことはない。

若い頃、男達の恋愛バイブル雑誌【ホットドッグプレス】に「女性からのエッチOKの合図一覧」が載っていた。


でも、困った。

どれも、遠回しな合図ばかり。

残念ながら、男は鈍い生き物なんだよね。

そして、自分はその代表格のように、ものすごく鈍感なんだ。


 ◇  ◇  ◇


いつも二人きりで飲みに行く飲み友がいたが、「女性だって性欲あるんです、やりたいときがあるんです」と、急に怒られてしまった事がある。

その後日、めずらしく、その彼女から誘われて飲みに行くと、いつもと態度が違う。優しい。甘えてくる。帰らせてくれない。

鈍感な自分は、振り切って帰ってしまったけど。

あとで思い返すと、求められてたんだな。と気づいた。【ホットドッグプレス】の「女性からのエッチOKの合図一覧」に載っていたから、きっと間違いない。


 ◇  ◇  ◇


鈍感な自分に嫌気がさしていたが、なぜだか、若い頃のほろ苦い思い出を思い返していた。

合コンで出会った女性。仲良くなり、楽しい話で盛り上がり、真剣な悩みには真摯に応えていた。そのまま自然な流れでキスをした。

自分は、段階的に関係が深まっていくのだろうと思っていて、そのときはキス以上の関係にはならなかった。

後日、合コンした友達の間で、自分のことがうわさになっていた。

「キスしたのに、手を出してこなかった。紳士だった。」と彼女は周りに言っていたのだ。

彼女にとっては、キスしたら、その先も当たり前だったらしい。まったく女心はわからない。

いつまでたっても、自分は恋愛初心者だ。


 ◇  ◇  ◇


動物の世界でも、求愛行動はオスがメスにするのが普通である。


しかし、稀に特殊な動物もいて、フラミンゴやサイカチマメゾウムシという甲虫の一種には、オス側もメス側もどちらも積極的な求愛活動を行うそうだ。


さらに特殊な動物で、イワヒバリという、日本の高山帯に住む鳥の仲間は、尾っぽを振りまわしメス側だけが求愛する事で知られている。


 ◇  ◇  ◇


ほろ苦い思い出が心を切なくさせたとき、もし生まれ変わることができるなら、自分は「イワヒバリ」になりたいと考えていた

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