第14話 テキーラは口説き文句を教えてくれない
テキーラが浸かりきった脳に、大音量の音楽が、直接流れ込んでくる。
何杯飲んでも酔いつぶれることはないが、いつもと同じ高揚感を感じている。
ワンナイトの相手を探す視線がフロア中をうろちょろしていた。
どれだけのテキーラを飲んだのかは覚えていなかったが、
その日は、その日限りをすごす相手が見つからなかった。
テキーラの力を借りても、見つからないときは見つからない。
今日は、相方がいたのか、一人で来ていたのか、そんなことは思い出せず、ただ一人で店を出た。
どこかに行くでもなく、家に帰るでもなく、あてもなく歩いていると、
視線の先にひっそりと灯っているバーの看板が見えてきた。
入ったことはなかったが、前から気になっていたそのバーで飲みなおすことにした。
初めて入ったそのお店のバーテンダーが女性であることに少し驚いた。
残念ながら女性のバーテンダーさんは珍しいのだ。
そのバーテンダー越しに、バックバーを眺めると、見たことのないウィスキーがならんでいる。
ちょっと場違いな感じを受けつつ、カウンターに座る。
気持ちが少し落ち着いてきたのか、スタンダードナンバーが流れているのに気が付いた。
曲名を思いだそうとしながら、店内の雰囲気を確かめるように見回すと、お客は自分以外にはカウンターに女性客が一人だけだった。
「友達のドタキャンで、急に一人で来ることになって、広いホテルで寂しかった」とバーテンダーに話しかけているのが聞こえてきた。
「ガイドブックに、[女性バーテンダーのバー]と紹介されていたので、安心して来てみた」と続いていたので、どうやら彼女は旅行で来ているらしい
バーテンダーと彼女の会話は続いていて、
「明日は市内のお城を見学して帰る予定です」
そんな話も漏れ聞こえてきた。
「お城」という言葉が聞こえた瞬間、彼女を誘い出そう。と思い立った。
実はガイドブックには載っていないが、お城のライトアップが綺麗な事は、地元民には有名だった。
そして、そのライトアップされたお城を、彼女に見せてあげたかった。
誘い文句は、覚えていない。
地元の名物料理を食べに行こう。とかそんな言葉だった。と思う。
警戒心が薄いな。と感じたことだけは覚えている。
彼女は名前も教えてくれたが「珍しい名前ですよね」と軽く笑っていた。
そして、自分はその彼女の珍しい名前を覚えられなかった。
まずは、ライトアップが消える前にお城を見に行った。
その後、地元の居酒屋で名物料理を食べつつ、少しお酒も飲んだ。
さほど空腹でなかった二人は、すぐに居酒屋も出てきた。
彼女のホテルまで送る途中、広いホテルで寂しいなら一緒に飲みなおそう。
そんな風に、口説いた。と思う。
「実は、広くて寂しかったのは、昨日のリゾートホテルで、今日は狭いビジネスホテルなので寂しくないんですよ」
自分はあ然とした。
そしてその直後には、なんとも間抜けな断られ方で、自分は苦笑いをするしかなかった。
「お店を一緒に出たら、ワンナイトをすごす」
それが、テキーラの決まりごとみたいなものだ。
初めて入ったバーには、そんなルールなんてない。
ベッドをともにしたかったら、彼女を酔わせるような甘い言葉が必要だった。
でも、甘い口説き文句なんて、誰も教えてくれなかった。
と人生の憂鬱を感じていた。
そんな一人の帰り道、急に雨が降り出した。
家までは歩くには少し遠かったが、雨に濡れながら歩いて帰ることにした。
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