第8話 ときには言えない気持ちもある

遠距離恋愛は初めてではなかったが、平気なわけではなかった。

会える日は、会えなかった時間を取り戻すかのように彼女を求めてしまう。


はじめのうちは、観光案内をしてもらったり、食事をしたりしていたが、そのうち、駅から直接ホテルへ向かうようになっていった。


そんなつもりはなかったけど、彼女が性欲とストレス発散のはけ口になってしまっていた。


彼女とは体だけの関係が続いていた。

あるとき、彼女から「たまには映画でも観よう」と普通のデートの誘いを受けた。


コメディ映画を観た。一緒に笑った。

映画のあとは、久しぶりに食事をして、お酒を飲んだ。


それから、二人きりの時間になった。

でも、なぜか、彼女の体を求めることはなかった。

なぜだかわからない。

久しぶりのデートが新鮮だったのか?

それとも、彼女に冷めてしまっていたのか?


翌朝、駅まで彼女は見送りにきてくれた。

お互い、何も言わなかった。


そして、そのまま、二人は自然消滅、会うことはなくなった。


 ◇  ◇  ◇


あの夜、彼女の体を求めなかった理由はわからないままだ。


時間がたって、なんとなく思う。

映画が楽しかった。食事が楽しかった。お酒を飲んだのも楽しかった。

ただ一緒にいるだけで嬉しかった。


「好き」ってことだったと思う。


そのことに気づいていなかったのかもしれないし、気づいていても多分照れくさくて言えなかっただろう。

そして、「好き」だから、体だけの関係を終わらせたかったのだと思う。


彼女のことを思い返すだけで、胸が締め付けられる。


「好き」の一言が言えない「好き」もあるんだ

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