第6話 同じ場所、同じキス、同じ言葉・・・

「あれ持ってる?」

彼女からのその質問への答えは用意してあったし、ちゃんと、あれも用意してあった。

彼女は、自分からの返答に、ちょっとだけ驚いた素振りをした。

そして、少しだけ照れ笑いをしたようだったが、嫌がるそぶりもなく、自分を受けいれてくれた。


 ◇  ◇  ◇


二人の出会いはーーー

自分が社外研修の講師として短期出張でその街にやってきていた。彼女はその研修先の会社に勤めていたのだった。


二人が惹かれあうのに、さほど時間はかからなかった。

お互いのコンプレックスが、そのままお互いのタイプだったのだ。

自分は、子供の頃、ずっとちびだった。成長期に一気に身長が伸びて、反動で低身長な女性に魅力を感じてしまうようになってしまった。

彼女は、いつまでも身長が伸びないことを悩んでいた。逆に背の高い男性に惹かれるそうだ。


ふとした会話で、お互いがお互い同士、好みのタイプであることを知った。


研修も最終日に近づいてきたころ、二人で食事でも行こう。という話になった。

連絡先を交換しようとしたタイミングで、彼女が急な業務で上司から呼び出されてしまった。

結局、食事には行けなかったし、連絡先も交換できなかった。

そのまま、残り僅かな日々も過ぎていき、最終日を迎えた。


あとで聞いた話によると、上司に邪魔されたことと、連絡先の交換すらできない日が続いたことで、逆に彼女の中で自分への気持ちが盛り上がったらしい。

あのとき、ちょっとムカついた上司は、実は恋のキューピッドだそうだ。


最終日は研修先の会社が、打ち上げを開いてくれた。

彼女とは、たまたま背中合わせの席になった。

そして、背中越しに渡してくれた連絡先。

そのまま、こっそりと二人きりの話を続けた。


気持ちを確かめ合う必要もなかったし、最終日なので時間をかける余裕もなかった。


打ち上げがはねたら、二人きりになれた。

自分の宿泊してるホテルのベッドに座り、長い時間、キスをしていた。

彼女は「あれ持ってる?」と聞いてきた。

自分は、持っていなかった。

出張、仕事で来てるんだから、そんな準備などしていなかった。


 ◇  ◇  ◇


出張から戻り数日が経ちーーー

彼女を忘れられなかった自分は、彼女の元を訪ねることにした。


あのときと同じホテルで、あのときと同じようにキスをした。


そして、彼女は、あのときと同じ質問をしてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る