エピローグ

「やった、うまくできました」

 アイカは最後のイチゴをタルト生地に載せた。

 同心円状にブルーベリーと4等分のイチゴを並べた。黄金比に則った世界でもっとも美しい形だ。

「あらあら。前よりずいぶんと上手になったわね」ライケが手を叩いて褒めた。「きれいなまんまるに果物が並んでいるわ」

 まんまる。そうか普通の人にはそう見えてしまうのか。

「ケーキ作りは楽しいので」

gutいいわね 生地と果物をなじませたら完成よ。今、デトマールに電話してくるからちょっとまってね。ほんと、電話って便利ね」

 ぺたぺたとライケさんがスリッパを鳴らして隣室へ消えた。戦前と同じように各家庭に電話線が張り巡らされた。もちろん、奇械マシンの脅威が去った今窮屈なスラムは取り払われ唯一都市ザ・シティの外へ街の領域が広がっている。

「お茶にしましょう。デトマールは来るのに少し時間がかかるみたい。昨日作ったクッキーでもかじりながら待ちましょう」

「デトマールさんと親しい友人関係だったらしいですね。熱々だったとか」

「あら、デトマールが私に惚れたのよ。唯一都市ザ・シティに来たばかりの少年だったデトマールにいろいろと教えてあげたの。だから向こうが私に惚れたの」

 以前デトマールさんから聞いた話とは真逆だったがおもしろくてクスクス笑ってしまった。破局してもなお友人同士というのは、大人の関係ということか。

「平和になったんだし、また一緒に暮らしてもいいんじゃないですか」

「あら、私はいつでもいいのよ。でもいい女たるもの、簡単に折れちゃ駄目なの。デトマールが謝ってるび・・を戻そう、っていうなら許してあげるつもり。今日もその機会を与えてあげたのよ」

「エヘヘッ、いい女、ですね」

「そうよ。いい女ってのは強くなくっちゃ」

 すごく聞き覚えのある言葉につい吹き出してしまった。

 アイカは窓際の椅子に座った。春の風でカーテンが膨らんで頬をなでた。

 木のテーブルの向かい側に座っているべきの姿が見えない。ぼんやりと面影を目で追ってしまう。

 ライケが皿に乗ったクッキーとハーブティーを持ってきた。気を利かせてアイカの左隣に椅子を持ってきて座った。

「春の風は大好きよ、私。デトマールは花粉症だから嫌いみたいだけれど。で、アイカちゃん、学校の方はどう? 楽しい?」

「はい。毎日新しいことが勉強できるし、友達もいて楽しいです。この前はコンピュータを使ったゲーム機も作ってみたんです! みんなにすごい好評で」

「あらあら、もうおばあちゃんにはわからない世界ね」

 そんな歳には見えないけれど、ライケはおどけてみせた。

「ライケさんは国に帰るんですか。通信衛星が使えるようになって外国と情報のやり取りができるようになったって───」

 奇械マシンを止めて唯一都市ザ・シティに帰って真っ先にアイカに任されたのが古い衛星通信機器の整備だった。結局軍規違反で不名誉除隊となったが、奇械マシンが妨害していた通信を聞けたのが幸いだった。

「───大陸、ヨーロッパの方では内戦が終わって、環境の汚染も落ち着いているとか」

「ふふふ。私は日本で生まれたし、唯一都市ザ・シティの暮らしの方が長いの。日本人の友達だってたくさんいるわ。いまさら知らない故郷に帰ることなんてできないわ」

「すみません、余計なことを言っちゃって」

「ううん、そんなことないのよ。それに私は若いあなた達が新しい時代を作るのをとっても楽しみにしているの」

「はい、任せてください。平和な世界を作ってみせますから」

 見ててください、ケイコさん。誰も死ななくていい、ご飯をいっぱい食べられる平和な世界を作ってみせますから。

 耳を澄ませば風にのってケイコの声が聞こえてきた、そんな気がした。どこか遠い世界であなたにもう一度会えたら。

 ばかばかしい夢想むそうかもしれない。けど、本当に出来ちゃう気が、ほんのちょっぴりだけしている。


 「あなたの世界でもう一度」 完

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