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「できました!」

 文化祭前日。さっき時計を見たときは夜11時だった。もちろんこの部屋以外明かりがついておらず、シン、と静まっている。宿直室で寝ているであろう放任主義の坂田先生様々だった。

 文化祭のオープニングセレモニーで使う大凧は、近くで見たら白鷺しらさぎと言われる姫路城は色がくすんでいるし、校章の線もよれよれだけれど、大空にたなびけばきっと見栄えのするものになるだろう。

 ケイコの隣で、アイカはぐぐぅっと背伸びをして筆を水バケツに放り投げた。すぐ立とうとするも足が痺れているらしくモゴモゴとかわいくうごめくだけだった。

「ふう、あとは乾かすだけね。明日のオープニングセレモニーの進行は生徒会に任せてあるから」

「エヘヘッ、よかったです。わたし、あんまり人前で話すの得意じゃないんですよね」

 アイカはモジモジと手をこねた・・・

 このかわいさを他のひとに見られなくて済むというのは安心だ。その丸っこくて温かい手を握ってみたい。

 するとアイカの方から手が伸びてきた。

「エヘヘッ、先輩の手、冷たくて気持ちいいです」

「あなたが熱いだけよ。ほら、ここ、絵の具がついてる」

 アイカの頬と鼻先に青色の塗料がついている。アクリル塗料なので乾く前にぬぐ ってあげないと。

 アイカもわかっているらしく、目を閉じて顔を突き出してきた。

 なんだこのかわいい生き物は。だいたいの塗料は拭えたが、ぴた、とモチモチの頬の横で手が止まった。

 ────────────────。

「とれた」

 ケイコははじけるように両手をアイカから離した。

 まったく、何をやっているんだ私は。空中分解した文化祭実行委員の色ボケ連中と同じじゃないかまるで。

 私なんかが人を好きになって良い訳がないのに。しかも女同士だ。

「あの、ケイコ先輩。わたし、見せたいものがあるんです」ドキリ。読心術?「ちょっと一緒に校庭まで行きませんか」

 青春ぽい期待とは裏腹にアイカの思惑がわからない。

 車椅子に乗るのは、アイカが手伝ってくれたおかげですんなりとできた。普段なら時間もかかるし、全身の筋肉がギシギシと軋むくらい疲れる。

 真っ暗な廊下。アイカが車椅子を押してくれた。彼女の足音と車椅子のタイヤが廊下の床を斬りつける音ががらんどう・・・・・な校舎に響く。

「なんだかお化け屋敷みたいですね、エヘヘッ、でも最近ずっと夜まで学校にいるのでなんだかお化け屋敷に住んでるみたいですね」

 取りとめもない言葉たち。アイカらしくない。

 エレベーターで1階に降りる間も終始無言だった。

 夜の外の空気は、冷たいのにジメッとして前髪がおでこに張り付いてしまう。そういえば雨の日のアイカの髪はいつも以上にくるくるになっていてかわいい。いまもきっとくるくるしているが、車椅子に座ったままだと見ることができない。

「先輩、ちょっと待っててくださいね」

 アイカは慣れた手付きで車椅子のブレーキを押し込んだ。レバーが動いてテコの原理でタイヤが固定された。

 一体何が始まるというのだろうか。色ボケた頭もだいぶ収まってきた。

 アイカはスマホを左手で持つと、その画面の前で手の指をひらひらさせた。ああ、たぶん彼女の視点からだと立体映像が見えているはずだ。ネット動画の広告で見たことがある最新式のモデルだ。

 ブーーーーーーーーン

 低い羽音が夜空に響いた。開けたままだった文化祭準備室の窓から一斉にドローンが飛び立った。赤と緑のLEDが安定翼の両端で点滅している。

「アイカ、これ!」

「はい。ドローン50機による曲芸飛行です。実は、明日の本番とは別に先輩に見てもらいたくて自律飛行プログラムを作っていたんです」

 そういうことか。彼女の寝不足の黒いクマはそういうわけだったのか。

「まずはメビウスの輪、です」

 50機のドローンは自律飛行のまま、帯状に展開すると無限を意味する光の流れを空中に作っていせた。LEDの光は白に変わり、まるで天空の星座が目の高さまで降りてきたようだった。

「展開! 続いてインメンルマンターン!」

 すぐ耳元でアイカが技名を囁いてくれた。密集したドローンはぶつかること無く互いに距離を取りつつひとつの生き物のように宙を舞う。

「空中で花の形とか幾何学模様はありきたりかな、と思ったのでドローンちゃんたちにはマスゲームをしてもらいます」

 正方形に並んだ49機のドローンが光の色と点滅周期を変え波のような演出をする。まるで指揮をするように1機だけ別で飛行するドローンが右へ左へと舞う。

「これは、何の模様?」

「黄金比です! 世界でいちばん美しい比率なんです」

 なるほど。やっぱりアイカは賢い。賢いゆえに着眼点がユニークだ。

 次の演目は何だろうか。

 夜空の星のようにきらめくドローンは一斉にピンク色の輝きに変わり、一斉に動くとハートの形を作った。

「ありきたりな形は作らないんじゃなかったの?」

 49機のドローンがハート型を作り、そして別行動していた1機が蓄光塗料の入ったスモークを撒きながら、ハートの中へ飛び込んでいった。

 ヒュッ、とケイコの口から息が漏れた。

 嘘、まさか。これって、まさか、アレですか。

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