25
ケイコはひとり、文化祭準備室に残されたまま、床に座ってぼんやりと曇天の空を見上げた。日が短くなったせいで6時半でもう真っ暗だ。膝の上にレモン柄の古びたブランケットを掛けているが床から伝わる冷気が体の奥を冷やしてしまう。
まだ6時半。さっき時計を見てからまだ15分しか経っていない。
古くなった絵の具が使えなくなったので、足りなくなった分も合わせてアイカが買いに走ってくれた。明かりはそのときアイカが付けてくれたので、動かない足を支えにして壁をよじ登らなくてもいい。
先輩は黒の絵の具で線を全部塗っちゃってください。
アイカの言葉が脳裏にリフレインする。
ついでになにか食べるものも買ってきましょうか。わたしのおごりです。
アイカの笑顔とともに声が耳に残って離れない。
大凧も完成間近だ。いやもう明日が文化祭当日だ。今日中に終わらせないといけない。
校内を見渡しても、装飾はどこのクラスも完了し今は準備が終わった後の余韻を生徒各々が楽しんでいる。
「ちゃんと領収証をもらってくるかしら、あの子」
いや、大丈夫だ。あの子はしっかりしている。自分と違って。
私と違って周りには流されない。素直だけれどあくまで人のためになりたいという彼女自身の意志だ。私とは違う。私はいつも頑固で意固地で、人に弱みを見せたら食われてしまう、そう馬鹿みたいに
そんな私を、アイカは私を信じてくれた。
ギュッ、と自分を抱きしめた。不安になったらいつもやってる癖。
小学生の時の事故の後、夜の病室で1人で寝られないときもこうしてベッドの上でうずくまって自分を抱きしめていた。
リハビリがうまく行かなくて悩んで嫌になって、自室に籠もっていた中学生の時も自分で自分を抱きしめていた。
誰もいなくなるのに耐えられなくて、誰かの存在を感じていたくて。
この
この癖は久しぶりだった。そう、アイカに出会ってから自分で自分を抱きしめる、なんてしてこなかった。あの子の笑顔は私を包んでくれる。
先入観なく、障碍者への優しさという偽善でもない。1人の友人として接してくれる。あまつさえ私を「先輩」だなんて呼んでくれる。私にはもったいなさすぎる言葉だ。
大好きだ。
大好きだけれど私の存在は彼女の重しになる。優秀なアイカのことだ。将来は広い世界へ羽ばたいていくだろう。そんな彼女の重しになってはいけない。
特に目立った特技もない車椅子の自分。何かできることをすればいい、と進路相談の先生たちは口をそろえて言うけれど、それは足が動く人間だからこそ言えることだ。
私は、しようとする前にすでに半分のことができないのだ。
いったい自分に何ができるというのだろうか。空っぽの自分が嫌になる。
空っぽで分解してしまいそうなこの細い体をもう一度ぎゅっと抱きしめた。
6時40分。アイカはまだ帰ってこない。
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