18

 どんよりとした空は今にも雨が降り出しそうだった。もう台風の季節だ。酸性雨を避けるために屋内に行かないと、と思いながらも足がしびれて動かない。

 うずくまったままだったので腰が痛い。お尻もしびれてきたし、コンクリートの床の冷気が内蔵にまで伝わってる気がする。

 アイカは膝を立てて腕を回し、その中に顔を埋めた。

 泣くべきなんだろう。大切な友人を2人も亡くしたのに。でもどうしてだろう、涙が出ない。

 昔、葬式を見たことがある。いまよりずっと子供だった頃だ。たしか近所の親類か両親の友人かの葬式だ。古い日本式の葬式で、皆が寺に集まって同じように黒い服を着てうつむき涙ぐんでいた。

 何につけても気丈にふるまう大人たちがグズグズしている光景は、子供心には奇妙に写った。奇妙、というよりは子供心にとって大人たちは理解できない行動を取っていた。

 生と死は、成長しながら意味だけは理解していた。今は、それを身をもって痛感した。

 大切な人にもう二度と出会えない。大切な人ともう二度と思い出を作ることができない。

 死とは思いの断絶で、別れとは絶望の気持ちなんだと理解した。

「あなた、こんなところで何をしているの?」

 顔を上げなくても分かる。優しい声。ケイコだ。

「ケイコさん。来たんですね」

「来たって、当たり前でしょう。ここはわたしのうちなのよ」

「エヘヘッ、そうでした」

 作り笑いだが、気丈に振る舞ってみた。見透かされるとわかっている。

 しかしケイコは、とがめたり不満を口にしたりしなかった。それどころか肩を寄せて隣に座ってくれた。

「司令部のお偉方に褒めれれたわよ。勇敢な行動だった、って。おかげで核砲弾の驚異はとりあえず遠のいたの」

「本当に?」

「ええ」

「嘘じゃなくて本当ですか」

「……ええ、そうよ。私たちは部隊の再編成まで、しばらくは休暇よ。休めるうちに休んでおきましょう」

 嘘だ。

「じゃあ、どうして義体のままなんですか。休暇なら、その足をメンテナンスに預けるんじゃないんですか」

「ああ、もう。あなたって人は」

「わたしは大丈夫です。だから、本当のことを教えてください!」

「ふぅ、まったく、私よりも頑固なのね、あなたって。今確認できている奇械マシンの攻勢部隊はとりあえず排除できた。本当よ。だけど須磨防衛線は破られたの」

「破られた!」

「あくまで兵士たちの噂、なのだけれど、少数のコマンドー部隊に侵入されて弾薬庫を破壊されたらしいの。でもまだ大丈夫。梅園寺基地から機械化部隊の即応隊が出ている。虎の子の戦車部隊よ。それに唯一都市ザ・シティに至る経路には幾重にも防衛線が敷かれているの。核砲弾さえ排除できれば大丈夫。防げるわ」

「ふたりの命と引き換えに得たのは、しばらくの平穏、なんですね」

「そんな事言わないで。私たちの命も、よ。希望は繋いでいくものなの。一人ひとりのつなぎ目は小さくてもね、それがいつか大きな希望につながるの。ほら、そんなに泣かないの」

 ケイコはアイカの涙を拭おうと手を伸ばしてくれたが、アイカは払い除けてしまった。

「わたし、嫌ですそんなの。だれもシホちゃんとアップルさんのことをおぼえてないんですよ。ふたりが命をかけてくれたのに戦火は消えないんですよ。そんなのあんまりです」

 わがままだろうか。あまえすぎだろうか。

 わかってる。でも誰かに包んでもらいたい。そうでないとこの曇天の空に自分が溶け出してしまいそうだ。

 来た。

 ケイコがそっと肩を回して抱いてくれた。ケイコの香りがする。ケイコの息遣いが聞こえる。

「こんな世界。まちがっています」

「世界を否定するんじゃなくて、私たちは適応して変わるしかないのよ」

「平和な世界がきっとあるはずなんです。ケイコさんといっしょにいられる平和な世界が」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る