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「うまいだろう」

 難民の店主が言った。

 グーテンベルグ銃砲店・・・の店の裏にある室内射撃場。

 教練で使った射撃レンジとは違って室内の壁を何枚かぶち抜いて増設したスペースだった。距離が短いがその分、射撃の的はかなり小さいものを使っていた。

 アイカとシホ、それに店先で会ったアップルとで木箱を改造したローテーブルを囲む。店内は制式銃のMk.IVライフルの機関部や銃身、銃床などの部品が天井から吊り下げられ、ラックには見たこのもないライフルや拳銃が並んでいる。たぶん戦前の武器たちだ。

 タン、タン、タン、タン。

 乾いた発砲音が響く。もうもうと立ち上る硝煙は天井の換気扇が吸い出してくれているがまだ空気は白くかすんでいる。硝煙しょうえんの香りで反射的に背筋がまっすぐになる。

 ケイコは車椅子で座位のまま、しかし眼鏡とひざ掛けを店主のデトマールさんに預けてトリガーを引いた。

 さっきまでのぼんやりしたケイコではなかった。いつもどおり、りん として冷静さと熱意を兼ね備えたかっこいい隊長だった。

「ええ、とっても上手です」

「アハハ、確かにケーコは射撃が上手い。が、そのコーヒーはうまいかい?」

 この店の店主、デトマールさんの低い声がいんいんと響く。軍の合唱団にいそうないい声の人だった。

「はい、おいしいです。ちょっと苦いですが」

「来客用に取っておいた、天然物のコーヒーさ。合成モノとは違う味、わかるかい」

「天然物!」思わず叫んでしまった。「天然物の嗜好品なんて財閥さんしか入手できないんですよ」

荘園しょうえんで働いている難民の同志がいてね。少々、融通してもらうんだ」

 天然物の食品は、配給権の抽選を待つか誕生日の特別配給以外、ありつけなかった。軍隊に入って知らないことばかりでびっくりしていたが、唯一都市ザ・シティの郊外の暮らしにもびっくりすることばかりだ。

「あんた、いちいち声がデカイって」シホが隣から小突いた。「言ったでしょ。コネと金さえあれば手に入らないものはないって。食べ物も薬も」

「そして鋼鉄や薬品もだ」デトマールさんが付け加えた。「わしの仕事は部品の製造や戦前の銃の部品のオーダーメイドだ。君たち軍人ならわかると思うが、戦前の精度のいい武器は人気だろう。だがバレルや撃針などはそこらの工務店ガンスミスじゃ作れない。わしならできる。だが、一番はアレだよ」

 そういってケイコが抱えるライフルを指差した。

 タン、タン、タン、タン。

 銃声が聞こえ、トリガーがあり、銃床がある。だからライフルだと分かったが、全体的な形状はまるで箱だった。

「四角くて、樹脂パーツが多くて。あれ、薬莢やっきょうがないです!」

「ガハハ。ケースレス弾を使った次世代型のライフルだよ。樹脂パーツが20%増え、薬莢がなく、持ち運べる銃弾が増える。装備が軽くなれば戦闘力があがる、というわけだ」

「えぇ、すごいすごい。デトマールさん、天才です」

「アハハ。ありがとうお嬢ちゃん。でも実際にこれを作ったのはわしの父だ。父は小火器の設計技師で、だから唯一都市ザ・シティに避難することを認められたんだが、その時に持ち込んだ設計資料がかなりある。わしは父の夢を引き継いでいるんだ。とはいえ、なにぶんわしはただの職人にすぎない。奇械マシンも人も撃ったことがない。だからああして、軍に売り込む前にケーコに頼んで試射をしてもらっているんだ」

「銃って人に向けて撃つものなんですか」

 何気ない質問だったが、隣りにいるシホとテーブル向かいのアップルが頭を抱えた。

「まあ、そういうことだ」デトマールさんがにこりと笑った。「ケーコとは長い付き合いでね。わしが統制局の役人に意地悪されているときに助けてくれて、それ以来、ずっと手伝ってくれている。アップルは、ケーコの車椅子を押してくれるが──」

「ここ最近、ケイコひとりで勝手に来るから、ほとんど用なしなんだけどね」

 ふわふわボイスがため息交じりにいった。

「ガハハ。ケーコの友達はアップルしかいないと思っていたが、たくさんいて安心したよ」

 友達、になるのだろうか。なれるものならなりたいが、シホの言う通り仕事の上司はそれ以上でもそれ以下でもない。踏み入ってもいいのだろうか。

 銃声が止んだ。ケイコがキィキィ鳴る車椅子を押して射撃場から戻ってきた。

「反動はずいぶん改善されてるわね。命中精度も制式ライフルのMk.Ⅳと遜色そんしょくない感じ。でも、熱と硝煙はどうにかならないの? 連続射撃をするのに革の厚手袋なんて使いたくないわよ」

「ケースレス弾だからね。どうしても熱と硝煙は出てしまう。断熱用のアスベストがまだ手に入らないんだ。とりあえずは水冷ユニットを試してみよう。だが火薬だけだから省資源化できるメリットを統制局へ売り込めると思ってるんだ」

「私は奇械マシンを壊せるならどっちでもいいのだけど。あとは、えっと、ふわぁ……なんだっけ」

 ケイコの目が次第にとろんと力を失ってきた。メガネを掛けると、レンズの奥の瞳は焦点が合わないままぼんやりと空中を見ている。

「ケイコ隊長?」

 心配になって声をかけてみたが、逆にがっちりと手を掴まれた。

「うん、大丈夫。思い出した。奇械マシンの装甲を貫ける徹甲弾もついでに売り込めばいいかもね」

 グーテンベルグとアップルはケイコの変調に慣れているようだったが、アイカは落ち着かなかった。握っている手は指先から冷たくなっている。

 そのとき、すぅっとシホが手を上げた。

「あの、あたしもそのライフルを撃ってみてもいいですか」

 突然の申し出だったが、デトマールさんとアップルと3人で射撃レンジへ連れ立って行ってしまった。あとに残ったのは人形のように佇むケイコとその手を握るアイカだけだった。

「大丈夫。心配しないで。いつものことだから」

「でも」

「というか、むしろこれが本来ほんらいの私。子供のときクレーターに落ちた……らしいの覚えていないけれど。その時に放射能だが重金属汚染だかが原因で視力も落ちたし思考もぼんやりとしてるの。でも仕事中ははっきりしてる。軍医が言うには、アドレナリンさえ出ていれば健常者と変わらないって」

「えっと、じゃあ、その足は?」

 思い切って聞いてみた。シホからは口数を減らすように散々なだめられたが、今を逃したら聞くに聞けなくなる気がした。

「義体。正確にはももから先だけが義足だけれど、任務中は軍事規格の機械義肢ぎしなの。休暇中はメンテナンスと調整に出しているから普通の義足なんだけどね」

 全然気が付かなかった。一緒にシャワーでも行けば気づいたのだろうが普段は作戦室にこもって仕事をしているので全然見る機会がなかった。

「あう、あの痛くないんですか」

「フフ、あなたらしいわね。子供の時、唯一都市ザ・シティに来たとき私だけが生き残ったって言ったわよね。だけど砲弾の破片が脊椎に刺さっちゃったの。軍病院で、軍用の義体で入隊するか、最低限の治療だけ済ませてスラムで暮らすか、選ばされられたの。義体ってなるべく子供のほうが適合して自由に使いこなせるらしいから」

「でもそれって、ひどくないですか。まだ9歳くらいのときでしたよね」

「そうかしら。私は動く足と安定した生活、統制局からすれば軍用義体の運用データが手に入る。フェアに思えたけれど。軍隊の生活も唯一都市ザ・シティの外の暮らしもそう変わらない。当時の私はそう思ったの。偵察部隊に配属されたのも、私にとっては適切だった。唯一都市ザ・シティより外のほうが落ち着く時があるから」

 軍務を選ばざるを得ない環境、というものは想像以上だった。シホの言う家族のためという話はよく聞いていた。しかしケイコの境遇を自分の身になって考えるとたぶん耐えられそうにない。

「手、冷たいんですね」

「もともと冷え性だから。あなたの手は温かいのね」

「エヘヘッ。よく言われます」

「それにもちもちしてる」

「隊長の手は、うーん、ほっそり?」

「骨ばっているだけよ」

 冷たくなめらかで、銃を長年扱ってきたタコ・・もある。どんな苦労をしてきたんだろう。興味本位では立ち入ってはいけない、でもケイコは全部を受け止めてくれそうだった。

「ふだん困ることとかないですか」

「どうしてあなたが泣いているのよ」

「な、泣いてませんから」

「どうだか。この形だけの義足でも立てるの。でも歩けないだけ」ケイコはひざ掛けの上から空っぽの足をなでた。「困ったことと言えば、いつまでも補修されない道路のわだちやらデコボコね。ま、任務中は自由に動く足があるせいで、休暇中は不便に感じることは多いけれど」

「あの、わたし!」ケイコの細い指をギュッと握った。「何でも言ってください! わたし、隊長の足になりますから。助けにいきますから」

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