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 エレベーターの扉が開いた。ケイコは車いすの車輪を押して廊下へ出た。

 肩と腕の筋力だけは男子に負けないくらい付いてきた。リハビリに行かなきゃと思いつつもそれ以上進歩がないせいで病院への足が遠のいてしまった。

 文化祭実行委員会が事務所として使っている3階の旧理科準備室の引き戸を開けた。

 なるべくなら来たくなかったのだが、旧校舎の物品管理表ができたので、職員室でわざわざプリントアウトした上で財務部の3年生に渡さなくてはならない。

 アイカが手伝ってくれたおかげで当初の予想よりずいぶん早く終わった。私を閑職かんしょくへ追い込んで、文化祭が終わるまで蚊帳かやの外に置いておこうとした実行委員の連中の鼻をあかせるというものだ。

「どーも、こんにちは」

 誰に向けたわけでもない言葉とともに、車いすを実行委員の詰め所へ滑り込ませる。定員以上に人で込み合っている。20人くらいか。

 文化祭実行委員会とは名ばかりでただのなれ合いの集団だった。色恋で集まったのが半分、内申書の実績のためなのが3分の1、残りの比較的まじめな生徒たちは方々を走り回っているので、当然、こんなところにはいなかった。

 人混みの中を車いすで進む。会議という名目だろうが時間を無駄に浪費して駄弁っているだけだ。こいつらなら車椅子の車輪で多少つま先を踏んでしまっても罪悪感がない。

「どうぞ、財務部長。物品管理表です」

 まつ毛が毛虫のように重そうな3年生の女子生徒が、手鏡からちらりとケイコへそして一瞬だけ車いすに視線を移して、また手鏡を見てマスカラを塗りたくる作業に戻った。

「あーい、おつかれさま」

 どうしてこんなのが実行委員なんてしているのだろうか。放課後は夜まで男遊びでもするような不埒ふらちな奴だ。

 こんな不快な空間にいたら不潔が私に移ってしまう。すぐにでもシャワーを浴びたい気分。あるいは子犬のように天真爛漫てんしんらんまんなアイカに会ったら心をきれいにしてくれそう。

「エヘヘッ、でも結構楽しいですよ」

 耳をくすぐる聞き覚えのある声が雑踏の奥から届いた。うず高く積まれた古い辞書の隙間からわずかに見えた。向こうからは死角になっていてケイコの姿は見えていない。

「アイカちゃん、けっこう根性あるんだな。賭けは俺の負けだよ。はいこれ」

 男の声。名前は忘れたけどたしか2年生。

「ヤッター。スニッカーズだ」

「アイカちゃんはチョコレートが好きなの?」

「はい。でも好きじゃない人はいないですよね」

「あ、いいことを思いついた! 今日このあとさ、デニーズによっていかない? 期間限定のゴディバチョコをおごってあげるよ」

 アイカに下卑げび た誘いをするんじゃない。反吐へどが出そうになる。

「エヘヘッ、ほんとですか。でもごめんなさい。用事があるんです」

「もしかして、カレシとか?」

「もう、そんなんじゃないですよ、先輩。物品管理部のお仕事です。で、先輩。体育倉庫の鍵を貸してください。隅田先生は、先輩が借りていったって言っていましたよ」

「鍵? ああ、鍵ね。どこに置いたかな。ちょっとまってね、アイカちゃん」

 いちいち馴れ馴れしい男だな。ムカつく発情猿め。

 こんな不潔極まりないところとはさっさとおさらばしたい。それに今の私の顔をアイカに見られたくない。きっと般若みたいな顔をしていると思う。車椅子の車輪をキュルキュルと押して部屋を出て、器用に一回転すると引き戸をピシャリと閉めた。

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