4

 梅園寺基地の正門の間から朝日が登って来ている。あまり眠れなかったにもかかわらず目は冴えている。まだ冷たい朝の冷気を吸い込んで火照った体を程よく締める。

 偵察部隊のケイコ指揮下の1班と、がさつな男たち2班が時間通りに揃った。支給品が詰まった背嚢に加え、銃と弾薬、奇械マシンの赤外線センサーを麻痺させる閃光手榴弾も持っているせいで一歩一歩が重い。

 そして自分たちだけではなく整備の人たちも集まってきている。白煙を吹き出しているバイクを挟んでケイコと何やら話していた。

「アイドリングが不安定じゃないですか?」

 ケイコはバイクのスロットルを回した。短い爆発音に合わせて白煙がマフラーから立ち上る。刺激臭の強い排煙が朝霧のように視界を遮った。

「部品の納品が遅れているんだよ。合成ガソリンの質だって落ちてきてる。いったい何を混ぜてるのやら」

「ぎりぎり帰ってこれそう」

「その後はまたオーバーホールだよ。ったく工場長も『2stエンジンくらいおもちゃなんだから半日で終わらせろ』だ、なんてよく言ってくれるよ」

 整備士は機械油の染み込んだオーバーオールを叩きながら言った。軍隊、といってもいろいろな人が働いているんだな。

「さて」ケイコがくるりと踵を返した。「アイカは私の後ろ、シホはアップルの後ろに乗って。アップル、この前教えたとおり、1速の上がニュートラルだからね」

「はーい、了解」

「アクセルを戻してクラッチを触るの。アクセルもゆっくりよ。じゃないとひっくり返って怪我するのはシホなんだから」

 視界の端で鋭角ツインテールがヒンッと揺れた。

 朝でもアップルはいつものふんわりボイスだった。。アップルは背中に長い銃身のライフルを担いでて、いかにも大人な戦士、といった風だった。

 ケイコは自分の荷物をバイクのリアシートからぶら下げると、シートに跨った。

「ほら、アイカ。バイクは乗ったことある?」

「全然ないです。乗り物なんて財閥さんたちしか乗れないじゃないですか」

「金持ち連中の電動車とは違う、合成ガソリンで動くバイクよ。ステップに足を置いて、手は私の腰とフレームのグリップを握るの」

 言われた通りにしてみた。エンジンの振動がブルブルとお尻に伝わってくる。シートが狭いせいでケイコと密着する形になってしまった。目の前の大きな背中にドキドキする。背嚢の重量は幾分楽になったけど、体を前傾しないと振り落とされそうになる。

「アイカ、あまりくっつくと運転しづらい」

「エヘヘッ、すみません。でも落ちそうで」

「加速するときはグリップ、減速するときは膝を閉じるといい。ま、すぐに慣れるわよ。落ちたら叫んでね。迎えに行くから」

 冗談なのかいまいち判別がつかない。曖昧あいまいに笑ってごまかした。

 出発。あたりはすっかり明るくなっていた。ケイコのバイクを先頭に瓦礫の町並みを進む。風で髪先がこすれてこそばゆい。これはこれで楽しいかもしれない。

 唯一都市ザ・シティの外にこれだけ広い街がかつて広がっていたとはにわかには信じがたい。今や燃えるものはすべて灰になりコンクリート塊がうず高く積もっているだけだ。見つけられる命はコンクリートの隙間から生えている雑草や崩れた柱に巻き付いているつたぐらいだ。

唯一都市ザ・シティの外に出るの、初めて?」

「訓練のときに何度か。でもここまで遠くへ来るのは初めてです。昔、たくさんの人がいたんだな、って思うと、なんだか悲しいです」

「昔 ここは姫路と呼ばれれていた街なんだって。あそこに大きな古代のお城があった。4度目の大戦でも無事だったらしいけど、奇械マシンの攻撃で瓦礫になってしまった」

「へぇ、詳しいんですね」

復帰民ふっきみんだからね、私。唯一都市ザ・シティの内より外の方が詳しいの」

 つまりもともとは唯一都市ザ・シティの外で生活していた棄民きみんだったということか。そして唯一都市ザ・シティに来た、と。復帰民の存在は知っていたけど、たいてい彼らは唯一都市ザ・シティの郊外に住んでいるせいで全然会ったことがない。

「やっぱり唯一都市ザ・シティの外は厳しいんですか。奇械マシンとかたくさんいて」

「ううん、そんなことはないわ。奇械マシン唯一都市ザ・シティに向けて進撃するから、そのルートさえ外れていれば問題ないの。大変だとしたら冬の食料確保とあとは、廃墟のスカベンジングね」

「スカベンジング?」

「姫路や神戸みたいに戦前の古い街に行くの。古い機械部品や奇械マシンの武器を拾うのだけれど、不発弾や地雷原になっているところがあるから気をつけなきゃいけないの。ほら、そことか」

 バイクに揺られて景色を流し見していたが、よく見ると教練で習った地雷原のマークが白チョークで書かれている。

「気づきませんでした」

「そんなにギュって持つと運転しにくいって。せめて弾帯だんたいのベルトにしてね」

「す、すみません」

 ついつい力が入ってしまう。初めて見るバイクだからというのもあるし、初めての唯一都市ザ・シティの外ということもある。

「まだ味方の砲撃範囲内だから。奇械マシンはいないから安心して」

 頼りになる大きな背中。自分と歳は1歳差だけなのに何倍もの経験の差を感じる。それでいて厳しくなく穏やかな隊長だった。

 がたがたと揺さぶられながらデコボコ道を進んでいる途中、ケイコはハンドサインで後続に減速を伝えた。偵察隊のバイクの車列は戦前の古い施設に着いた。しかしよく見るとタイヤ痕がありどれも新しい。瓦礫もきれいに取り払われている。

「ここは補給所。復帰民の言い方で言えばガススタンド。ガソリンをここで入れて行くよ。敵前でガス欠なんて嫌でしょ」

 兵士たちがそれぞれのバイクのタンクにすえた臭いの液体をジャバジャバと注いでいく。

「これがガソリン……爆発しますよ」

「何言ってるの。おもしろのね」しかしケイコの目は笑ってない。「これは合成ガソリン。何種類か薬剤をかき混ぜて作るの。兵站部の人が用意してくれてるから。水と医薬品も運が良ければそこの小屋にあるから」

「わたし、不思議です」

「あら、まだ説明していないことがあった?」

奇械マシンはどうして補給所を攻撃しないんでしょうか。ここってもう戦闘地域ですよね」

奇械マシンはそこまで賢くないわ。人を撃つ殺す。それだけ。戦術的に優位でも戦略的にはただの機械よ。安心して」

 なるほど。戦術と戦略は養成課程で少し学んだ。奇械マシンは戦術に優れ、人類は戦略に優れているといったところか。

 じゃあどうして何十年も戦争が続いているのだろうか。

 しかしアイカは頭を振って雑念を振り払った。奇械マシンを倒して戦争を終わらせたい。でもまずは今日からの任務を100%で達成しなきゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る