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 廃墟のような建物の基地、と思っていたが今座っているイスは学校によくある備品のものだ。背板と座面が直角で固くて座りにくい。でもお尻の収まりはいいし去年までの学校生活を思い出させてくれた。

 ブリーフィングが始まるのだから、起立して礼をするものと思っていた。すくなくとも教練ではそうだった。が、部屋の後ろで固まって座っている男の人達は談笑を続けている。

 アイカやケイコよりも年上に見えた。無精髭にボサボサの髪。戦闘服兼作業着の制服はヨレヨレでボタンも取れかかっている。でも大人にしては若く見える。

 ケイコは気にする素振りも見せず古ぼけた地図を用意している。梅園寺基地の位置する旧姫路市から淀川までが描かれている。

「じゃあ、明日からの任務の前に2名、新人が入ったから。じゃ、ほら自己紹介」

 アイカは促されるまま、素早く立ち上がると一歩前へ出て回れ右をして敬礼した。

「溝部アイカです。通信担当です」

 あれ、こういうとき何を言えばいいんだろう。さっきまで談笑していた男の人達も黙ってこちらを見ている。じわりと嫌な汗をかいた。

「あ、あの、わたし、がんばりますから。よろしくおねがいします」

 ぱらぱらとトタン屋根に雨が当ったような拍手が続き、席に戻った。

 つぎに隣にいた小柄な子が起立した。黒髪の鋭角ツインテールがパタパタと揺れた。

「飯島シホ、です。銃を撃つです。よろしく」

 伏せ目のままシホは、全員がぎりぎり聞き取れる音量で話して、終わった。そんなのでいいの?

「はいお疲れ。じゃ、説明を始めるから。聞き逃して死んでも私のせいじゃないから。分かってると思うけど」

 誰に向けた言葉だろう、と思ったが後ろの方で男の人達のクスクス笑いが聞こえた。やはりケイコは意に介さず説明を始めた。

「明日朝、0500に出発。旧2号線を東へ進出、旧神戸にて奇械マシンの襲来を警戒する。期間は1週間。索敵位置はここと、ここ。わたしの1班は海沿いの幹線道路、男ども2班は六甲ろっこうの山越えルートを警戒」

 すると、がらがらとイスを動かす音が響いた。ボロボロのタイルの床を引っ掻いて音がよりいっそうけたたましかった。

「じゃーの、隊長。仕事はいつもどおりってことだな」

 大柄な男たち6人が部屋を出ようとした。

「まだ説明は終わってないんだけど」

「つっても隊長、奇械マシンどもを見張ればいいだろ。ラクショーっしょ。それにどうせ、そのかわいこちゃんたちは俺達の班にはれないんだろ」

 かわいこちゃん? それってわたしのこと?

「私の班に補充があったの。そうじゃなくてもあんたたちみたいなの・・・・・・・・・・に任せるわけないでしょ」

「へいへい。おっかねーな隊長は。復帰民・・・様は育った環境が違うからなぁ」

 男たちはげらげらと笑いながら部屋を後にした。

「まったく」ケイコは周囲に聞こえるようなため息の後、続けた。「任務の目的は早期警戒よ。いつも通りといえば、そうなのだけれど。私たち偵察隊がいち早く奇械マシンの襲来を感知する。そして敵の数、規模、装備を後方の機甲部隊と歩兵隊に伝える。情報を持ち帰ることが第一の目的よ。たとえ仲間がたお れようと、他の部隊が窮地きゅうちに陥っていようと、私達の情報は万の命を支える柱になるの」

 どきどきする。これこそまさに、わたしがしたかったこと。たくさんの人を助けるために働ける。

「で、何か質問はある?」

 アイカの手がスッと天井を向いた。

「はい、どうぞ。というか普通に話していいから」

「1週間も唯一都市ザ・シティの外で活動するのですか」

「たった1週間よ。でも大丈夫。ここ半年の奇械マシンの活動は穏やかだから。全く会敵しないときのほうが多いの」

「じゃあ、戦闘はありますか。わたし、銃は使えますが自信がなくて」

「訓練期間の途中での配属じゃそうでしょうね。大丈夫。偵察部隊は基本的に戦いを避けるの。言ったでしょ、情報を持ち帰るのが仕事だって」

 ちらり、横を見た。隣に座るシホは無表情のままケイコを見つめている。その向こう側の金髪の少女は窓の外をぼんやりと眺めていた。

「質問がないなら、他には、ええと。そうね。そっちの静かなのはアップル。アップル・シャルト。ふたりと階級は同じでも彼女は先任だから。アップル、自分で挨拶しなさいよ」

 アップルと呼ばれた金髪の少女はニコリと笑って手を振った。ショートの金髪、緑の瞳に小麦色の肌。難民の人かな。

「こんにちは。気軽にアップルって呼んでね。あとコールサインもアップルだから」

「コールサイン?」

 シホと一緒にケイコの方を見た。

「ああ、言い忘れるところだったわ。仕事中はお互いをコールサインで呼ぶの。奇械マシンが人の名前を覚えるかもしれないから」

「そんなこと、基礎教練では言われませんでしたよ」

「これが私のやり方。私のコールサインは、『レモン』。アップルはそのまま『アップル』」

「ウフフ、この子たちの名前はなんだろ」

 アップルのニコニコふわふわボイスが耳をくすぐった。英語は一部の難民の言葉だけどその単語くらいなら意味がわかる。果物の意味だ。それにプログラミング言語だって英語だから少しは分かる。

「アイカは『グレープ』、シホは『パイン』。覚えた?」

「はい、覚えたです」

 パイン=シホは眉を結んだままだったが了承したようだ。

「わたしも、了解しました。果物ですね。去年の誕生日で食べたことがあります! グレープってブドウですよね。とってもおいしかったです」

 天然物の果物なんてそうそう食べられるものじゃない。それをコールサインで使えるだけでもワクワクする。

「そ。良かったわね。それじゃわたしは帰投した部隊に昨日までの状況を聞いてくるから、アップル、装備品について案内してやってくれない」

「おーけー。じゃ、ふたりともついてきて」

 アップルに連れられてブリーフィング用の教室を後にする。シホの短いツインテールがパタパタ揺れるのを見ながら、階下へ降りて隣の建物へ向かう。

 その建物は、戦前の校舎だった基地の建物に比べたら新しいが質素で、小屋か倉庫を思わせた。

「ここが兵站部。割り当てられた武器と弾薬は任務の前にここで受け取れるの。IDと作戦番号を伝えて、書類にサインして受け取る。で任務から帰ってきたら銃と余った弾薬を返却する。ね、簡単でしょ」

「そこは教練で習ったです」

 シホの鋭角ツインテールが揺れる。

「フフ。なら大丈夫ね。ときどき弾薬を闇市で売ろうとして捕まる人がいるから、一応ね。銃の整備は兵站部の人がやってくれるけど、IDを見せたら自分で分解整備ができるのよ。銃は一人ひとり決まってて、作戦の前日に見に来ることをおすすめするわ」

 武器の保管庫は、校舎と離れたところで丈夫そうなコンクリートブロックを積み上げて作られていた。受け渡し口は金網になっていて、ライフルがギリギリ取り出せる隙間が下の方に空いている。

 その時、だび声が金網の向こうから響いた。

「お、アップルちゃんじゃないの。今から仕事かい。それにしてもかわいいこを2人も連れて」

 わたしのこと? またかわいいって言われた。

「明日からです。新人のふたりに案内しているだけです。こちらはタナカさん。武器の管理をしてくれてる人。見た目ほど悪い人じゃないから大丈夫」

「ガハハっ、言ってくれるねアップルちゃん。ところでそのふたりのIDは?」

 はい、と首から下げたID表を差し出した。タナカさんはそれをバーコードリーダーで読み取った。

「ほい、銃だ。しっかしこんな若い子が戦えるのかねぇ」

 金網の隙間からライフルを受け取った。使い込まれ、塗装の雑な補修箇所があるが、コックはなめらかに動いた。機関部は錆も曇りもなくきれいだった。注油も定期的にされているらしい。

「教練で使ったライフルより軽いです」

「偵察隊用だからな」タナカさんは頬杖をつきながら言った。「ストックが可動式で軽量化、銃身も9インチバレルに替えてある。もちろん使いかたは同じだから。例えば銃口は人に向けちゃいけない。常に弾が入っていると考えて扱う」

「もう、そのくらい分かっていますよ!」

 タナカさんはゲラゲラ笑って、銃を再度受け取った。

「だが、本当に偵察部隊に?」

「はい、たくさんの人の役に立ちたいですから」

「おう、そうかい。それなら、うん、まあ。文句は言わねえが。じゃあよし、こうしよう。無事に帰ってきたらこれをやるよ」

 タナカさんはポケットから包装されたレーションを取り出した。そしてそれをカウンターの上の、よく見える位置に置いた。

「チョコバー!」

「無事帰ってきてその銃を俺に返したら、交換だ。あ、もちろんそっちのちっちゃい子も、無事ならあげるよ」

 シホは憮然ぶぜんとしてライフルを返却した。チョコバーに嬉しくないわけがない。そうだとしたら、

「ちっちゃいのがコンプレックス?」

「うっさいなーもう。というかあんた、わかってても言わないでしょ普通」

 鋭角ツインテールが不満そうにぶんぶん揺れている。

 アップルが、こっちと手招きしして次の目的地へ向かう。昔は校庭だった場所も軍用トラックや戦車を整備する広場に代わっている。たくさんの大人たちが動き回っている。雑然とした動きに見えても、きっと規則があるんだろうな。

 アップルも、自分たちと同じくらいの歳に見えるがどこか大人びていた。先任ということだから、自分たちのような訓練途中の引き抜きではなく正式配属なのだろう。落ち着いていて頼もしい。

 ふと、緑色の瞳と目があった。

「ふふ、久しぶりだな」

 相変わらずのふわふわボイスだった。

「どうしたんですか?」

「そうやってジロジロみられるの。そんなに珍しい?」

 ジロジロだなんて、咎められて慌てて視線をそらした。そんな気はなかった。でも気づけばアップルのボザボザの金髪や小麦色の肌が目に入ってしまう。

「う、いや、そうじゃなくて、きれいな髪と瞳だな、って」

「えっ、きれい?」

「あ、すみません。気にさわったのなら謝ります。でも、見たことがない感じだったので」

「フフ、別に怒ってないわ」ふわふわボイスが奏でられる「でも久しぶりすぎて忘れてただけ。おじいさんが難民で、何十年か前に唯一都市ザ・シティに来たの。イタリアという昔大陸にあった所じゃもう暮らせなくなってしまったから。父も母もイタリア難民街の出身だから、見た目はそのまま受け継いでいるの」

 するとシホに横っ腹を突かれた。

「難民だなんてそんな珍しくないでしょ。ていうか、あんた、どこ区よ」

 意外としゃべるんだな、この子。そしてケイコの前にいたときと違って口が悪い。

「区? 出身は720区だけど」

「かぁー! お金持ちのオジョーサンじゃん」

「別に、お金持ちじゃないよ。普通だよ。確かに、うちから財閥さんたちの住む地区は見えるけど、行ったこともないし全然関係ないし」

「あんた、もしかして学校に行っていたヤツ?」

「普通、学校は行くものじゃないの」

 しかしシホはひどく下品な仕草をした。感じ悪いな、この子。そしてシホをなだめるアップル。アイカちゃん、とふわふわボイスが聞こえた。

「普通が、普通じゃないのよ、ここにいる人達は。ちゃんと12歳までの学校に行けるのも半分くらい。それ以上の学校に行ける人は少ないの。軍はまだマシ・・・・だから入ったって人が多い。難民街じゃ安くてきつい仕事をするかマフィアの下で危ない仕事をするしか選択肢がないから」

「そうそう。オジョーサマにはわかんないだろうけどね。アタシの住む709区は、軍に入れるってだけでも恵まれてるんだから。犯罪歴があったら入れないからさ」

 709区は、たしかほぼ唯一都市ザ・シティの東の端ということになる。郊外どころではない。梅園寺基地に来る途中、軍の輸送列車から見えた景色はスラムと汚染された土壌の田畑だった。

「ごめん。嫌な気分にさせちゃった」

「フン、変なやつ。思ったことをすぐ口にするやつは寿命が短いのよ」

 シホはぷーと頬を膨らませてツインテールを突き刺すかのように振り回した。

 育った環境が違いすぎるせいで、言葉ひとつで角が立ってしまう。穏やかだった720区での暮らしが懐かしい。今さら戻れないくらい遠くへ来てしまった。

「はいはーい、そこまで」ふわふわボイスに包まれた───と思ったらアップルの左腕が肩に回された。

「ちょ、何するですか!」

反対側でシホも同じように包まれてもがいている。

「こらこらー暴れない暴れない。これから仲間として同じ釜のレーションを食べるんだからけんかしないの」

 そうだ仲良くしなきゃ───心の暖かさと分厚い胸を感じながら───仲間なんだ。

 たとえ違う人間でも心を開いて接しなきゃ。失敗したら謝る、もう二度としない。そうやってすり合わせていくしかない。

「さ、ふたりとも。着いたよ。ここで装備品を受け取れるよ。IDと作戦番号を伝えたら受け取れるから。作戦前日までに受け取るのがおすすめね」

 巨大な倉庫だった。トラックと倉庫の間をフォークリフトが行き来して荷物を運び入れたり整理をしたりしている。

「どうしてこんなに物資があるのでしょう? 唯一都市ザ・シティじゃこんなにたくさんの物をみることなんて全然ないのに」

「えぇっと、気になるの? 西部方面でいちばん大きい基地だからじゃないかしら」

「ふむふむ」

 シホはそのやり取りを見てぷぅーと頬を膨らませていた。

「変なやつ」

 倉庫の外に不釣り合いな錆びだらけの事務机が置かれ、そこで暇そうに書類整理をしていた青年が手招きをした。

「あい、次の人。IDと作戦番号」

 しまった。IDはわかる。首からネームタグをぶら下げているから。しかし作戦番号なんてあったかな。

 しかしアップルが紙切れに書かれたIDと作戦番号を代わりに読み上げると、青年は書類に目を落とした。配給の予定を確認しているらしい。見た目より仕事はまじめらしい。

「りょーかい。取ってくるからちょいと待ってな」

「あ、待って。この子たちは女の子だから、わかるよね?」

 青年が眠たそうな目でアイカとシホを見た。

「サイズは小さいほうでいいよな」

「ええ」

 アップルは青年を見送ると、くるりと振り返った。

「補給品は一応自分で確認してね。背嚢はいのうは今から支給される。補給品はレーション、3日分の水、救急セット、水のろ過キット、安定ヨウ素剤。アイカちゃんは通信機も支給されるから大切にしてね。修理は……」

「あ、あの」アイカは声を詰まらせた。「わたしは、先週終わった・・・・ので、あれはいらないです」

「どのみち無料でもらえるんだし、いいじゃない。それに、女同士、恥ずかしがることないじゃない」

「すみません。そのこと、あまり人には話したことがなくて」

 これが仲間というものなのだろうか。秘密を持たずすべてをさらけ出す。恥ずかしいけど、でもちょっと優しい。

 青年はしばらくして、台車に背嚢を2つ積んで帰ってきた。重そうな背嚢はパンパンに物資が詰まっている。

「はい、補給物資。ここに受け取りのサインをして。あっ、もしかしておまえら、新人? 銃と違って返却しなくていいから。あと、ナプキンはこれだけで足りる? もし足りないならもう少し渡せるけど」

 青年は薄いビニル袋に包まれたナプキンを掲げて見せた。

「あたし、多い・・からちょーだい」

 目にもとまらぬ速さで、シホは青年の手から包みを奪い取った。

「って、それ2人分だぞ。というか君はまだ子どもなのにそんなに使わないだろ」

「ふん、男にはわからないことよ」

 補給品係の青年は納得しない様子だったが、サインされた書類を受け取ると再び錆びた事務机にもどって暇そうに頬杖を突いた。

「シホちゃん、嘘はだめだよ」

「ん? なんなら半分やるよ」

「わ、わたし、こんなに使わないよ」

「ったく、オジョーサマは融通が利かないのね。つまんないの」

「もう、オジョーサマじゃないって」

 ふたりの間で、アップルが肩に手を置いた。

「まあまあ、ふたりとも仲良くしてね。私は武器庫で自分のライフルを点検してから宿舎に帰るから、先にバイバイね。宿舎の場所、わかるよね。今日は早く寝てね」

 アップルが踵を返して立ち去った。敬礼すべきかどうか迷ったが横目でシホを見て、一緒に会釈するだけにしておいた。

 シホは背嚢に多めに受け取ったナプキンを押し込むとよろけながらも背中にかついだ。

「あはは。シホちゃん、ふらふらしてる」

「うっさいな。重いんだからあんただって背負ったらわかるんだから」

 確かに重い。補給品がパンパンに詰まっているうえに小脇に長距離無線機も抱えなければならない。明日はこれに銃と弾薬も加わるのか。

「わたしね。入隊してからトレーニングを毎日がんばってるから、へっちゃらだよ」

 全部を抱えてステップを踏んで見せた。ズシリ。肩と腰にベルトが食い込むが笑顔を見せた。

「オジョーサマのくせに根性だけはあるのね」

「エヘヘッ、すごいでしょ」

「ふん、そのことだけじゃないけど。別に、何でもない」

 シホはブンッ、と鋭角ツインテールを振りまわすと宿舎のほうへ歩を進めた。遅れず小さな背中について行く。

「なんだか、わくわくするね」

「何がよ」

「ずぅーと訓練ばっかりだったけど、いよいよ明日からお仕事スタートなの」

「いやいや意味わかんない。仕事は戦場なのよ」

「戦うとは限らない、って隊長が」

奇械マシンと戦うかもしれないでしょ。浮かれちゃって、バカじゃないの」

「バカは悪い言葉だよ、シホちゃん。奇械マシンが怖い?」

「ああ、もう、面倒くさいな。怖いとかそういうのじゃなくて、どうしてそんなにうれしそうなのか、って話」

「エヘヘッ、変?」

「変変! ちょー変」

 さすがにそこまで言われると、何も言い返せない。というより自分自身で答えが定まっていないせいもある。

 基地の反対側の宿舎まで来た。古いアパートらしいそれの階段を上る。シホは背嚢を担いで歩くだけでも表情をゆがませていた。宿舎の入り口を開けてあげても、アイカをチラリとするだけだった。

「ねぇねぇ、シホちゃん」

「何よ」

 ドサリ、と重そうな背嚢が床に落ちる。シホは自分のベッドの横で床に尻を突いた。

「わたしね、誰かのために働きたいんだ」

「だったら、軍に入らなくてもいいじゃない。学校に行ってたんでしょ。もっといい仕事があるでしょ。というか、いつまで突っ立ってるの。そんな荷物を背負ったまま」

「わたし、それじゃだめだと思うの。学校に行って勉強してA5ランクをもらって───」

「A5? ますますわけわかんない。好きなとこで働けるでしょ」

「働く、というか大学に行くことも考えたけどさ。でもそれじゃ意味がないと思ったの。唯一都市ザ・シティや厄災の根本の原因は奇械マシンにあるの。奇械マシンさえ倒せば全部が解決するじゃない!」

一兵卒いっぺいそつで軍に入っても、何も解決できないと思うけど。駒として使い古されるだけ」

「士官学校は時間がかかっちゃう。今、私は、誰かのために働きたい」

「ふーん、変な奴。安全圏にいる奴らの───」

「安全圏にいてのうのうと生きるのは嫌だから。財閥さんたちみたいに現実に背を向けるのは好きじゃないの」

 とぎれとぎれだった思考をひとつにまとめてみた。シホはまだ眉を結んだままだ。うまく伝わっただろうか。少なくとも、両親に向かって説得できなかった時よりうまく伝わった自信はある。

「ま、好きなように生きれば? あたしは金さえもらえたらそれでいーからさ」

 こころなしか、シホの鋭角ツインテールはおとなしめに振り回されただけだった。

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