失言セレンヴィル

エリー.ファー

失言セレンヴィル

 白い画面に、黒い男。

 何度も拭いたというのに消えることはない。

 誰かが呪いだと言った。

 他の誰かが嘘だと言った。

 過ぎたオカルトが、私たちの首を狙っている。

 


「あれ、いつからあるんですか」

「あれって何」

「黒い男みたいな、シルエットみたいな、そのシミっていうか」

「この劇場ができてかららしいよ」

「じゃあ、三十年じゃないですか」

「しかも、あの備品ってどこかの劇場でいらなくなったやつを借りて始めたから、シミ自体はもっと前からあるかもしれないしね」

「なんか気持ち悪いですよね」

「まぁ。人型だしね」

「あれ、こっちを見てる気がしませんか」

「あぁ、そうかな。私には横顔に見えるけど」

「え、正面ですよ」

「そうかな、だってあの尖っているとこが鼻でしょ」

「いやいや、あそこは耳ですよ。で、ちょっと薄くなってるところが目じゃないですか」

「あぁ、そう見えるんだ。なるほど、なるほど。そう言われると確かに正面を見てるような気はするかな」

「まぁ、とにかく消しちゃいたいんですよね」

「なんで。どうせ、落ちないよあれ。凄く頑固な汚れだし」

「気持ち悪いし、あんまり見たくないんです」

「だとしたら、綺麗にするっていうより、新しいものに変える方がいいと思う」

「じゃあ、新品を買ってきて、あれ捨てちゃいましょうよ」

「でもなぁ」

「中古でもいいですし」

「そういうことじゃなくてさ。あれ、前にも取り外そうとしてかなりヤバいことが起きたんだよね」

「どういうことですか」

「監督が死んだり」

「外山監督ですか」

「あぁ、知ってるんだ。まぁ、有名な話か」

「この劇場の楽屋で急に倒れてそのまま亡くなったんですよね」

「うん、まあね。とにかく、あれはいわくつきだからなぁ」

「触れない方が良いってことですか」

「気になるっていう気持ちは分かるんだけど。まぁ、そういうことかな」



 黒い男は劇場内に少しずつ増えていった。

 増殖するというよりも、移動していて、跡が残っているというように感じられた。

 白い画面から出て、幕、廊下、楽屋、女子トイレの鏡、コピー機、自販機、ベンチ、窓、ステージ、観客席。

 そう、観客席からステージを見ている。

 そんな妄想に取りつかれて全員が躍り出す。

 演劇はいつだって、そんな単純な要素によって色を変えてしまう。



「あのシミ増えましたね」

「そうだねぇ、びっくりするくらい増えたね」

「どうしますか」

「劇場自体は上手くいってるし、お客さんも演者さんも気にしてないみたいだから別にいいんじゃない。守り神だって言って、写真に撮って待ち受けにしている人もいたし」

「まぁ、それならいいかもしれませんけど。なんか不思議な感じがします。あれだけ、怖いとか気持ち悪いとか言われていたのに、今はむしろプラスの評価の方が多くなっていますし」

「まぁ、人間って生き物は一番都合のいい解釈をするよね」

「シミはどう思っているんでしょうかね」

「まぁ、面白い演劇をやってくれるならそれでいい、くらいなんじゃないかな」

「これも一番都合のいい解釈をしたってことになるんですよね」

「まぁ、そうなるだろうね」


 劇場はいつかなくなってしまう。

 でも、それは今日ではない。

 

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