第8話

 お客が少ない。

 『コロンビア』は、人目につく場所にある訳では無い。地元の常連客の暇つぶしの場になっている。

 時には、近所のお爺ちゃんやお婆ちゃんが見当たらなくなって、いつも利用していたこの店に来てないかという問い合わせもある。その時は、店長もエプロンを外して人探しに出る事がある。コーヒーは、素人同然の私が作る事になるのだが、正直コーヒーの味が分かる客はあまり来ない。

「何だか元気ないですね」

 はい。元気ないです。

 ふたり並んでカウンターの前で手持ち無沙汰に立っている。

 何だか、最近母親の圧が強くなっているような。もっともっとバイトをして稼ぎなさい、と言われる。それを毎回聞いていると、いちいち抵抗する気も失せてしまう。

 夏だから、毎日汗を流したいけど、水道代も厳しくなって来た。

「あ、あの……」

 何か言いたそうだが、それに相手するほど元気ではないし、良い子でもない。

 あの日以来、津々木(つづき)さんとは食事でしか会っていない。それも、気まずくて、そんなに会えてない。夏休みに入って、暇な時間はバイトに集中して気を紛らわしている。

「夏休み、何してますか?」

 何もしてないから、毎日ここにいるんだけど。お腹が鳴らないか心配。

「今度、どっか遊びに行きません?」

 遊びの為に体力を使う余裕は無い。

 ん?

 正直何を言ってるのか理解できなかった。

「私と遊びに行くの?」

「はい。そう言いました」

 今日初めて顔を見たかもしれない。上目遣いで睨み付けるような感じになってるんじゃないかな。

「あまり、動き回るタイプじゃないの。いつもはどっか近くの公園でのんびりしてるの」

「いや、そうじゃなくて……」

 何か、手元をちらちら見ている。携帯の画面を見ているようだ。あまり気にしないで、ふと、窓の外を見ると、道路の向こうで数人の同じ高校の男子が携帯片手にこっちを見ていた。あー、なるほど。

「映画とか観に行かないですか?」

 となると、一気に頭が冴えて来た。私が男の子とどこかに行く? それってデートって事?

「映画?嫌いじゃないけど。今お金ないから……」

 知らない人と、いや、そんなに知らない相手じゃ無いにしても、男の子とふたりで外出なんて、緊張する。

 津々木(つづき)さんとご飯に行く事はあっても、あれは、何と言うか、デートって感じじゃないし。

「いや、僕が払いますよ。コーラとかポップコーン代も出しますから」

 食べ物くれるの? いやいや、犬じゃあるまいし。尻尾振ってのこのこ行く訳無い。じゃあ、津々木(つづき)さんの時は、どうだったかな。

 でも、ポップコーン……。いつ以来かしら。

「それは、悪いわ」

「いや、気にしないでください。俺、お小遣い貯めてるんで大丈夫です」

 自信に満ちた声と表情。

 男の子に誘われた事なんか無かったから、どう答えればいいのか分からない。正直、気が乗らない。相手に気を使いながら一緒に何時間もいるなんて考えられない。

「映画だけです。それだけ付き合ってくれないですか?」

 手元をチラチラ見ながら言う。あまり、お勧め出来ないデートの誘い方ね。でも、映画なら、あまり会話もしないし、嫌だったらそのまま帰ればいい話だし……。

「じゃあ……、お願いしようかしら」

 誰かと外出するのは面倒臭い。でも、断るのも面倒臭い。大辻(おおつじ)君が悪い人じゃないっていうのは分かっている。変な事はしないだろう。奢ってくれるって言うし、一回だけならいいかな。

「ありがとうございますっ」

大辻(おおつじ)君は、外に向かって控え目にガッツポーズをしていた。

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