独り言

@ceiny

1人だけど2人

「あの子は死んだのよ」


そんな言葉を母が言っているのを初めて聞いたのは4歳の誕生日の日だった。


すぐに父が

「その話は止めなさい」


そう言って母の両肩を掴み父が母の顔をとても怖い顔で見ていたのを覚えている


そこから14年が経ち今日は高校の卒業式

卒業生関係者席からは父がスマホを構えて満面の笑みで僕が卒業証書を受けとる所を撮っているのが視界の端に映った


気恥ずかしさと嬉しさが心を覆うけど素直に父の方を見れなかった


父の隣は空席だった


母は8年前に死んだ

親戚達や周りからは式の日に


「急にシングルファザー大変でしょう?何かあったら言ってね。」


とやつれた顔をさらに歪ませて俯いて肩を震わせて聞いている姿を遠目に見ていた


急ではないと心では思うけど父からそれは絶対に言ってはいけないよと言われもどかしい思いを抱えて椅子に1人座って遠目に父達の姿をみてぼんやり見ていた


親戚の席から椅子を引く音が聞こえてきて


「大丈夫?辛くない?」


陰がさした後に女の人の声が聞こえて顔を向けると母に似たでも母より若くて大人達は黒い服を着ているのに制服姿で僕の方をなにか遠くを見るような目で、だけど僕の目をみているまだ女の子と言えそうな人が立っていた


「大丈夫です。」


一言だけ口に出したけど思ったよりもか細い声になっていて驚いた


そんな僕をみて急に涙を目から溢れるように溢しながらその人は僕を抱き締めてきた


その行動に驚いて身体が強張ったけどなんとか深呼吸をして落ち着いた


母には年の離れた妹がいると聞かされていたからだ


僕は母から抱き締められた記憶がない

いつも抱き締めてくれるのは父だった


母に両手を広げて駆けて行くとそれ以上に素早く遠くに離れられてよく泣いていたのを覚えている


でも父からはちゃんと母もお前の事を抱き締めていたよ大切にされていたんだと言われたけどよく分からなかった


ほら見てみな?と言われアルバムを見ると僕の記憶にはないけど母と楽しそうに笑いあっている僕の姿を写した写真が沢山あった


でも、僕の記憶にはない


葬式の後母の荷物整理を父とする事になり母が生きていた時は僕が開けようとすると、とても怒られる開けてはダメなタンスの引き出しが1つ


「ここ開けても良いの?」


と父に聞くとすこし驚いた顔をしながら頷いて持ち手をもって引いてくれた


そこには様々な、小さな女の子用の服や肌着が沢山詰められていた


チクッと頭が痛くなったけど、よく見るとアルバムでみたような気がする服ばかり


「これは何なの?誰のなの?」


そう聞いた瞬間父の顔が驚きと悲しみに顔が歪んで涙を浮かべて僕を抱き締めてきた


「ごめんな?ごめんな?悪かった!」


そこから30分くらい抱き締められて離れた後は父が1人でやるから後は寝なさいと言われ母の部屋から出た


その日不思議な夢を見たのを今でも覚えている。


何か映画を見るような感じでタンスにあった服を着た僕がアルバムの様な楽しそうな様子で母と一緒に出掛けたり、抱き締められたりする姿が次々に浮かんでいく


やあ


と声が聞こえて後ろを振り向くと僕の顔に似た女の子が立っていた。


君はだれ?


と聞くとその子は


私は君で君は私

私は君がダメになってしまわないように生まれた存在だよ


そう言ってきた

頭の中がとても混乱したまま意識が消えていったら目が覚めた。父が心配そうにこっちを見ていた。


後から知ったが、実は僕の前に姉が産まれていたらしくその子は未熟児で産まれてきたせいで産まれて数ヶ月で死んでしまったらしい


母はとてもショックを受け、精神的に病んでしまった

でも、その時には既に僕がお腹の中にいたらしい


僕が産まれても育児を放棄していたらしく、このままではまずいと思った父が母に


「この子はあの子の生まれ変わりだよ。元気に大きく育てないであの子に申し訳ないと思わないのか!」


それを聞いた母の虚ろな目がギラギラしたような目に変わったらしい


数年はそれで育児に家事に積極的にしていたは母は僕が大きくなるに連れて男の子ぽくなってくると母はまた不安定になった


4歳の誕生日でそれが表面化してしまった


でも、あることを初めてからは母はまた育児に家事に積極的になったらしい


その内容は


【僕を女装させて育てる】


僕は最初の頃は嫌で仕方なく、よく泣いていたらしく母がとても苛立っていたとの事だ


でも、ある時僕もノリノリで女装するようになり母は安定した


僕は記憶の抜け落ちがよくあるようになったが父は子供特有の事だろうと気にしていなかったらしい


そうして、母と父と僕の3人で旅行する時や母と僕で過ごす時は僕は僕ではなくなっていた


子供ながらの自己防衛機能だったのだろう


【僕ではなく私なら大丈夫だと】


そんな生活も長くは続かない

僕は日に日に成長して、9歳の時には男の子らしくなっていて女装しても母からするとあの子に見えなくなっていたみたいだ


だましだまし化粧とかしていたが母は耐えきれなくなり死んだ


10歳の時にそれを聞き、父を信じられなくなってしまい、数年はあまり会話のない親子だったと思う


僕がある程度家事とか出来るようになると父も仕事優先となり疎遠となった


さすがに中学、高校と通ううちに自分の中で決着がつき折り合いがついた


折り合いがついてからは父と話すように努力し自分の気持ちを伝えて父の話も聞くようにしてわだかまりはなくなってきていると思う


でも、やっぱりまだ素直になれない事が多いのは大目にみてほしい


少しずつ歩み寄っていく事で母にも姉にもあの子にも優しく出来るように、なる…はずだ


でも、あの子が居なかったからもっと酷いことになっていた気がするからあの子にとっても僕にとってもなくてはならない存在だったと思う


僕(私)だけのヒーローと呼ばせてもらうね

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