第41話 そのドレス、最高に

「コリーン?」


 クスクスと笑みを漏らすコリーンを見て、ロレンツォは首を捻らせている。


「ごめん、なんだか可笑しくって」

「俺が滑稽だって意味か?」


 ロレンツォが渋い顔を見せてくる。否定しようと思うが、笑みが溢れて中々言葉にならない。


「確かに滑稽だな。ここまで準備しておいて、相手にその気はありませんでした、じゃな」

「クスクスクスクスッ」

「笑うなよ。これでも傷付いてるんだ。……だがコリーン、お前は今、特に好きな人もいないんだろう?」

「クスクスクスクスッ」


 駄目だ、ハマってしまって笑いが止まりそうにない。そんな肩を震わせながら笑うコリーンに、ロレンツォは続ける。


「俺と結婚してくれないか。お前と一緒になりたいんだ」

「ック、ック、クスクスクスクスッ」

「おい、コリーン」

「あはっ! あははっ! あーー可笑しいッ!」


 もう我慢できない。コリーンは盛大に笑い始めてしまった。

 逆にロレンツォは不機嫌顔になっている。こんなロレンツォの顔を見るのは初めてで、またもコリーンは笑った。


「あー、はーっ、もう駄目……ッ! ロレンツォが、私のこと……っぷ! あははっ!」

「お前だって、俺のことを好きだった時期があるだろう? 昔、俺を使って自慰をしていたじゃないか」

「ちょ! ロレンツォ!! やっぱり聞いてたの!?」

「やっと笑いが止まったな」


 ニヤリと笑うロレンツォに、コリーンは怒り顔を向ける。


「も、もうっ! あの日のことは忘れ去りたいのにっ」

「あの頃は、俺を好きだったんだろう?」

「……うん」


 コリーンが渋々答えると、ロレンツォの顔は少し緩んだ。


「でも、すぐに気持ちを封印したの。ケイティさんをうちに連れて来た時に、ロレンツォの気持ちが嫌でもわかったから」

「……ま、そうなるように仕向けたんだけどな。今思えば、余計なことをするんじゃなかった」


 ロレンツォは顔ごと視線を逸らし、大きく息をついている。その時の彼はコリーンと結婚などと、露ほどにも思ってなかったに違いない。


「そのせいで、コリーンはいつまでたってもアクセルを忘れられないようだったしな」

「え? そんなことはないけど」

「アクセルの馬券を買っていたじゃないか。それをいつまでも大事そうに持っていただろ」

「……ちょっと当時を思い出すくらい、いいじゃない」

「意外と浮気な女になりそうだな。家政婦だと思ってた割に、俺に体まで許して」

「ロレンツォにだけは言われたくないよ」

「言っておくが、俺はこれでも一途だ。リゼットと付き合っていた頃は他の誰とも関係を持ったことはないし、お前が大学に通っていた二年間は、誰とも寝たことがなかったんだからな」


 ロレンツォほど一途という言葉が似合わない者はいない。機会があればつまみ食いをしそうな人物ではあるが、彼の言うことに嘘はないだろう。

 リゼットと付き合っていた時のロレンツォは本当に真面目だったし、コリーンが大学に通っている間、恋人だと公表している時に女の影はなかった。それは面倒なスキャンダルを回避する意味もあっただろうが、コリーンに対しての想いもあったのだとしたら。


「コリーンはアクセルのような本物の真面目な男じゃないと……結婚は考えられないか?」

「……なんか、二言目にはアクセルの名前が出てくるね」

「嫉妬をするのは、初めての経験だ」

「嫉妬してるの? どうして?」

「……本当に国語教師なのか?」


 ロレンツォに呆れたように言われ、コリーンはムッとする。


「ロレンツォが私のことを好きだからでしょ?! だから、今も私がアクセルを気にしてると思ってるロレンツォは、嫉妬しちゃうんだ」

「わかってるじゃないか。だが、それだけじゃない」

「なに?」

「あいつにコリーンの処女を奪われたのが、悔しいんだよ」


 ロレンツォは横を向いたまま拗ねた表情で、目だけをコリーンに流した。

 まさか、ロレンツォがそんなことを気にする人物だとは思ってもいなかった。確かに過去の男性を気にして嫉妬なんて、ロレンツォらしくない。相手が仲の良い友人のアクセルだから、余計に気になるのだろうか。


「……処女じゃなきゃ、ロレンツォの奥さんにはなれない?」

「……いや」


 ロレンツォが驚いたように顔をこちらに向けている。言ってしまってから赤面した。結婚を承諾するにしても、もっと別の言い方があるはずだ。


「結婚、してくれるのか?」

「や、ちょっと待って! 今の取り消し!!」


 大慌てで両手を左右に振ると、ロレンツォは落胆の色を見せている。


「ち、違うの!」

「なにがだ?」

「もう一回やり直しで!」

「……どこから?」


 首をひねるロレンツォに合わせて、コリーンもまた同じように首をひねる。


「どこからだろ」

「……おい」


 ロレンツォがまたも呆れたように息を吐いていて、コリーンは肩を縮ませた。


「コリーン相手だと、どうにも格好良く決まらないな。まったく」

「ごめんね」

「お前のせいじゃない。俺もお前に対しては、中々甘い言葉を囁いてやれなくてな」

「そんなのいいよ。普段通りじゃないと気持ち悪いし」

「まぁな。結婚しても、今まで通りがいい。今まで通りの家族。今度は法的にも気持ちの上でも夫婦になることで、家族を続けていきたい」

「ロレンツォ……」


 ロレンツォは柱時計をチラリと見た。そしてもう一度真面目な顔でコリーンに向き直る。


「時間が差し迫ってきた。そろそろ答えをくれないか。俺と結婚するか、否か」


 ここまで長い押し問答を続けてしまっていた。笑いが止まらなくなった時から、答えは決まっていたというのに。


「大切にすると約束する。もちろん教職は続けてくれて構わない。子どももしばらくいらないというなら、気をつけよう。家事や生活については、今まで暮らしてきた通りでいいだろう。なにか条件があるなら、それも飲むつもりでいる」


 えらく破格な条件だ。ロレンツォがそれほどまでに自分と結婚したがっているのが分かって、思わず意地悪を言いたくなってしまう。


「そんなこと言って、『私が浮気しても黙認しろ、でもロレンツォは浮気しちゃダメ』とか言ったらどうするの」

「一生俺の妻でいてくれるなら、それも構わないさ。まぁできれば、浮気はせんでほしいがな」


 ロレンツォが少し難しい顔をしているので、ちょっと可哀想になってしまった。ここらで了承しておいた方が無難なようだ。


「じゃあ、ひとつだけ条件がある」

「……なんだ?」


 ロレンツォは何を言われるのかと、ゴクリと息を飲んでいる。


「ノルトに遊びに来ても、もう誰にも夜這いはしないで」

「もちろんだ」


 ロレンツォはそんなことかとホッとして首肯し、彼らしい微笑を向けてくれた。


「結婚してくれるんだな」

「不束者ですが、よろしくお願いします」


 コリーンが承諾の意思表示をすると、ロレンツォは優しくコリーンを抱き締めてくれた。しかし抱擁はその一瞬だけだ。


「ユーファを呼んでくる。急いで化粧をしてもらえ! もう時間が無いぞ!」

「う、うん」


 ロレンツォは慌てて部屋を出ようとし、そして彼は振り返って言った。


「コリーン。そのドレス、最高に似合ってる。綺麗だ」


 コリーンがありがとうと言う前に、ロレンツォは急いで部屋を出て行った。

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