第42話 満足そうに、嬉しそうに、幸せそうに

 コリーンがプロポーズを受け入れてから、わずか一時間後には式を挙げて夫婦となっていた。

 ノルト中の人に祝福され、コリーンは幸せだった。

 少し不満があるとすれば、指輪交換がなかったことだ。

 ファレンテインでは大切な儀式であるが、なかったからといって文句は言えまい。家族には急な結婚だったから指輪は間に合わなかったと言い訳していたが、本当のところはお金がなかったからなのだということを、コリーンは理解している。

 ディーナのように、薬指に結婚の証をつけたいと思わなくはないが、わがままはは言えなかった。なにせお金がないのは、コリーンのせいなのだから。


「そろそろ生まれるぞ。名前は決めたか?」


  ロレンツォに問われたのは、結婚して九ヶ月が経ってからのことだ。


「ロレンツォ。うん、決めたよ」

「本当か? なににするんだ?」

「ユキシグレ。これなら雄でも雌でもいけるでしょ」

「ユキシグレか。いいな」


 ロレンツォは目を細めて頷いてくれた。

 寒いので、二人は暖炉の前のソファで、毛布に包まって身を寄せている。


「ユキシグレが生まれたら、ノルトに見にいこう」

「うん。楽しみだね」

「そうだな」


 そう言いながら顔を見合わせる。パチパチと燃える暖炉の前で、二人はそっと唇を重ねていた。


 ノルトからユメユキナの子どもが生まれたと連絡が入った、それからすぐの日曜日。ロレンツォとコリーンは、ノルトへと向かった。

 生まれて三日と経っていないはずの仔馬は、すでに元気に歩き回っている。


「うわぁ! 可愛い!!」

「あまり大きな声を出すな。ビックリさせてしまうだろう?」

「あ、ごめん」


 ユキシグレはつぶらな瞳で、興味深そうにこちらを見ている。


「どうして赤ちゃんってこんなに可愛いのかなぁ」

「子どもが欲しくなったか?」

「うん、いつかは欲しいけど……まだいいかな。ごめんね」

「そうか、気にするな」


 コリーンは教職に専念したいと思い、今のところ子どもは希望していない。それをロレンツォは理解し、受け入れてくれている。ロレンツォ自身、子どもがいない期間を楽しみたいと思ってくれているようなので、気は楽だ。


「ちょっと、来てくれないか」


 ユキシグレを存分に見た後、コリーンはロレンツォに連れ出された。着いた先は、五月に結婚式を挙げた教会である。

 そこでロレンツォは、あるものを取り出した。そこには一対のコリーンの腕輪がある。


「え? 持ってきてたの? どうして?」


 そう言いながらその腕輪を見ると、一箇所だけ違っているところを発見した。目立たぬ場所であったが、今までになかった宝石が、プラチナの土台と共に新しく埋め込まれている。


「ルビー……? どうしたの、これ……」

「コリーンの生まれた村では、結婚時に受け継がれる腕輪に、新しい宝石を足していくんだろう? 遅くなったが、結婚……腕輪だ」


 ロレンツォに腕輪を通され、コリーンは自身につけられた腕輪を見る。また価値の上がった腕輪が、結婚の証として自分の腕で輝いている。


「俺にもつけてくれ」

「いいの? ロレンツォは指輪の方が良かったんじゃない?」

「俺は、コリーンが喜んでくれる物の方が良いだけだ」


 ロレンツォはコリーンを見て、ニッコリと笑っている。かなわないなと思いながら、コリーンはロレンツォの腕にそれを通した。男前のロレンツォは、大きな腕輪の装飾でさえもスマートに付けこなしている。


「高かったんじゃないの?」

「値段は聞くな。怒られそうだ」


 道理で自分の小遣いと称して、結構な額のお金を持っていくと思った。


「怒らないよ。ありがとう。なんか、いつも私のためにお金で苦労してるよね、ロレンツォって」

「お前のためなら、これくらいなんてことはないさ。さて、今度はまだ見ぬ子どものための貯金といくか」

「私だって稼げるんだから、ロレンツォも自由にお金使ってよ?」


 そう言うと、ロレンツォは目を細めて「いいんだよ」とコリーンの頭を撫でた。

 その顔は何だか満足そうで、幸せそうだ。

 きっとロレンツォは、コリーンの嬉しそうな顔を見るためだけにお金を使うのだろう。なんとなく、そう思った。

  ロレンツォがコリーンをそっと抱き寄せてくれる。その煌めく結婚の証を腕にして。コリーンセレクトロレンツォヴァージョンを香らせながら。


「結婚してくれて、ありがとう。コリーン」

「私の方こそ、いつも私のためにありがとう」

「結婚して、よかったか?」

「……うんっ」


 コリーンは照れながらもそう答える。

 ロレンツォはより一層目を細めて、嬉しそうに笑っていた。


 ずっと兄のように慕っていた、愛する夫となった彼の顔を見て。

 コリーンもまた、顔をほころばせたのだった。

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