第34話 重ねる嘘に
ロレンツォとコリーンの破局が報道されたのは、コリーンが卒業して教員の独身寮に入ってからのことだ。
ロレンツォのコメントには、『話合って決めたことで、これが互いのために一番良いと結論付けられたから』と理由が載ってある。コリーンのところに取材がこないのは、やはりロレンツォが念を押しておいてくれたのだろう。
その日の夕方のことである。
部屋で仕事の準備をしていると、寮母に呼ばれた。
「コリーン、あなたにお客様よ。ユーファミーアさんっておっしゃる方。応接間にお通ししているから急いで」
その言葉を受けて、コリーンはガタンと椅子を倒す勢いで立ち上がった。ロレンツォの妹だ。ノルトから出てくるのは初めてではないだろうか。
コリーンは急いで応接間まで行くと、ノックももどかしくその扉を開けた。
「コリーン!」
「ユーファさん……!」
相変わらずスタイルの良い、金髪美人がそこに立っている。しかしその顔は笑みをたたえてなどくれてはいない。
彼女は新聞片手にコリーンを睨んでいる。
「これ、どういうこと?!」
「わざわざそれを聞きにここまで?」
「そうよ! 今は畑を耕して種を蒔く時期で忙しいっていうのに、すっぽかして来ちゃったわ!」
「一人でですか?! 魔物が出たりするっていうのに……」
「街道沿いを来たから大丈夫よ。もし遭遇してもユキアラシとなら逃げ切れるから大丈夫……って、そんなことはどうでもいいの!」
バサっと新聞を目の前に見せられ、コリーンは息を詰まらせる。
「これ、どういうこと?!」
「……記事の通りです」
「兄さんと同じこと、言わないでよ!」
「ロレンツォのところにも行ったの?」
「ええ」
ユーファミーアはハァーっと息を深く吐きながらその長い金髪を掻き上げる。そして一気にヒートダウンしたのか、ソファに座り込んだ。コリーンもまた、彼女の前のソファへと移動し、腰を掛ける。
「……どうして別れちゃったの? 私達、コリーンが卒業したら結婚するものだと思って楽しみにしていたのに…」
「……ごめんなさい」
「謝ってほしいんじゃなくて、理由を知りたいの。そりゃ、男女間のことだから口出しする権利ないんてないのはわかってる。でもコリーンとは数回しか会ったことはなくても家族だと思ってたから……それがいきなり別れたなんて言われて、私達戸惑ってるのよ」
「そう、ですよね……」
しかし、なにをどう説明すればいいのだろう。真実を伝えれば、ロレンツォの気持ちなどお構いなしに結婚させられそうだ。
「えっと、あの……私のわがままなんです。教師っていう仕事をがんばりたくて。その、子どももしばらくいらないから、結婚は考えられなくなっちゃって」
「結婚して、子どもは作らずに仕事をがんばればいいじゃない」
「ロレンツォも三十歳を超えましたし……あんまり子どもができるのを待たせるのは忍びなく……」
「そんな理由で兄さんが納得したの?」
ユーファミーアは首を傾げている。長く一緒に暮らしていないとはいえ、さすがは兄妹だ。兄の性格を熟知している。もっと別の理由を作らなければなるまい。
「それもありますし、えーっと。私に他に好きな人ができたというか……」
「……そうなの?」
「ええ、まぁ……」
もちろん嘘であるが、納得してくれそうなユーファミーアを見て、この線で話を進めることにする。
「どんな人? 兄さんよりかっこいい?」
「え? えーと、いえ、ロレンツォよりかっこいい人はそうそういないかと」
「じゃあ、兄さんより優しいの?」
「う、うーんと、同じくらい優しい、かな?」
「兄さんより努力家?」
「いや、それはないかと」
「兄さんよりエッチ上手?」
「っえ! その、あの、その人とそういう関係になってないので……」
明け透けなユーファミーアの言葉に汗を掻く。さすがは夜這いの風習のある、ノルト村の娘っ子である。聞くのが当然とばかりに言ってのけた。
「そう、その人とは付き合ってるわけじゃないのね?」
「はい、私がその……勝手に懸想してるだけで……」
「その人の、一体どこが兄さんより良かったの?」
「それは……特に理由はなくて、なんとなく……」
「なんとなくで兄さんは振られちゃったわけね」
そういう言い方をされると、自分がとんでもない悪女に思えるから不思議だ。
しかし悪女でもなんでもいい。ロレンツォを悪者にするくらいなら、自分が悪者になった方が今後のためだ。ユーファミーアはコリーンとは縁が切れれば終わりだが、ロレンツォとはずっと付き合っていく兄妹なのだから。
「それで兄さんはあんなに憔悴してたのね……」
憔悴? とコリーンは首を傾げた。誇張し過ぎている表現に、眉を寄せる。
「ねぇ、コリーン。その人とはうまくいきそうなの?」
「うーん、どうでしょうか。まだなんとも言えなくて……」
「もしその人とうまくいかなかった時には、兄さんとよりを戻してはくれない?」
「その時にはきっと、ロレンツォには別の彼女ができてますよ」
「……そう、かしら?」
「そうですよ」
強く肯定するも、ユーファミーアの顔は冴えないままだ。
「……兄さんは、コリーン以外の誰かを、好きになれないような気がして」
「どうしてですか?」
「だってあれだけ女癖の悪かった兄さんが、コリーンと付き合い始めた途端、ノルトに戻ってきても夜這いをしに行かなかったのよ? それだけで、どれだけコリーンを大切にしていたかが知れるってもんだわ」
それは単に、コリーンと付き合っているということが世間に知れ渡っていたため、余計なスキャンダルを避けるために禁欲していただけに過ぎないだろう。
「それに私の結婚式の時、兄さんはコリーンと結婚するつもりがあるって、私に教えてくれたのよ」
それも、あれだ。当時の新聞の報道によって、そう言わざるを得なかっただけだ。
「コリーンなら、エンパイアドレスが似合うだろうなって、本当に嬉しそうに」
「…………」
「ねぇ、もう一度兄さんと話合ってもらうわけにはいかない? このままじゃ、なんだか不憫で……」
「申し訳ありませんが、もう終わったことですから……」
コリーンが断りを入れると、ユーファミーアは深く溜め息をついた。
「そう……そうよね。ごめんね、つい……。ねぇ、コリーン。兄さんと別れてても、ノルトに遊びに来てくれれば歓迎するからね」
「……はい、ありがとうございます」
「はぁ。帰るわ」
「今からノルトにですか? 夜中になりますよ」
「そうね。危険だから、兄さんの家に泊まって明日帰るわね」
コリーンが頷くと、ユーファミーアはとぼとぼと教員の独身寮を後に帰っていった。
わざわざノルトから出てくるほど、心配してくれたユーファミーアには感謝する。
ノルトでは、セリアネもレイロッドも、そしてバートランドも同じように心配してくれているのだろう。特にセリアネには申し訳ないことをした。ロレンツォとの結婚を、本当に心待ちにしてくれていたというのに。
コリーンは痛む胸を押さえながら、自分の部屋へと戻った。
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