第31話 二人は夜中に
会場の片付けが終わり、大量のお皿を洗い終える。そして風呂に入って一息ついた時には、もう夜の十時を回っていた。
「つ、疲れた……」
ロレンツォの部屋のベッドに転がると、はあっと息を吐き出す。
体は疲れていたが、心は充実している。
ユーファミーアの結婚式はとても素敵だった。特にあのドレスには憧れた。
「私じゃ無理か……」
「何がだ?」
唐突に扉を開けて、ロレンツォが入ってきた。コリーンは構わずベッドの上でごろごろしながら答える。
「ユーファさんのマーメイドドレスさ、私には似合わないから無理だなって思って」
「ああ、そうだな……コリーンにはきっと、エンパイアドレスが似合う」
ロレンツォの言葉に、コリーンは頬を膨らませた。エンパイアドレスとは、胸のすぐ下で切り替え、スカート部分は柔らかい素材で直線的なラインを作ったドレスだ。お腹のラインが隠せるので、子供ができてから結婚式を挙げる人にも人気のデザインである。コリーンはそのイメージが強かったため、思わずムッとした。
「エンパイア? 幼児体型だって言いたいの?」
「いいや? まぁ尻は少ないが」
「きゃあ!!」
ポンとお尻に手を当てられ、コリーンは飛び上がり壁に背中を押し付ける。ロレンツォを睨みつけるも、彼は何でもないことのように微笑んでいた。
「セクハラが過ぎるっ」
「鍛えてやってるんだ。社会に出ればセクハラされることもあるだろう? 弓具店では女主人しかしなかったが、教職ではそうはいかないからな」
「もう、最近発言がおじさんになってきたよ、ロレンツォ」
「三十路近いからな。許してくれ」
世紀のフェミニストと評される男が、聞いて呆れる。世の中のセクハラ親父は、こうして形成されていくのだろうか。
「さて、と」
ロレンツォは部屋の窓を開けた。そしてその窓枠に足を掛けている。また夜這いをしに行くのだろう。コリーンはくたくたで動けないというのに、元気な男である。
「来い、コリーン」
しかしロレンツォは、外に飛び出た所で後ろを振り向き、コリーンに手を差し出している。
「な?」
「練習に行くぞ」
「何の?」
「逆上がりだ」
いきなりなにを言いだしているのか。この疲れた体で逆上がりなんてできるわけもない。
「……やだ」
「やだじゃない、行くぞ」
「くったくただよ、もう寝たいよ」
「練習するなら今しかない。ここにはお前の大学の友人もいないしな」
「そうだけど」
「また大学で恥をかきたいのか?」
「……行きます」
体は疲れていたが、逆上がりくらいは出来るようになっておきたいのは確かだ。
仕方なくコリーンも窓枠を越える。
「どこでやるの?」
「小学校に鉄棒がある。距離があるから、馬で行こう」
ロレンツォとコリーンは厩舎に向かって歩き始めた。
「というか、夜這いじゃないなら普通に玄関から出てもよくない?」
「そうだな。コリーンの無防備さには呆れた」
「なんの話?」
「白とピンクのストライプか。可愛いのを履いているな」
コリーンはカッとなってスカートを押さえつける。正に、今履いている物を言い当てられてしまい、狼狽した。
「ちょっと、まさか見るために……っ!?」
「まさか。玄関から出ると、コリーンが逆上がりができないと言わなきゃならんだろう? 可哀想だと思ってな」
パンツを見られる方が、よっぽど可哀想だ。それを見たロレンツォの反応が、あまりに薄い姿を見せ付けられるのもまた辛い。
しかし気にしても今さらだ。ひとつだけ息を吐き、厩舎へと入っていく。
たくさんの馬がいる中、ロレンツォはユメユキナに跨った。
「今年の繁殖はダメだったな。また来年頑張ってくれ、ユメユキナ」
残念ながら今回の発情期に妊娠は出来なかった。明日ユメユキナを連れて帰って、また来春にこちらで種付けの予定だ。
「来年は、別の馬に種付けさせるの?」
「そうだな。相性が悪かったのかもしれんし……いいお婿を探してやらんとな。さ、乗れ」
ロレンツォはコリーンに手を差し伸べてくれた。ロレンツォの後ろに跨ると、そっと彼の腰に手を置く。
しかしロレンツォはその手をギュッと握って、無理矢理腰に巻き付けさせて来た。
「しっかり掴まっておけかないと、振り落とされるぞ」
ならばコリーンは別の馬に乗った方がいいんじゃないかと思ったが、馬達も眠る時間だ。なるべく負担を掛けたくはないのだろう。
コリーンは言われた通り、ロレンツォの腰をぎゅっと強く握る。
最初はゆっくり。そして次第にスピードを上げていった。
夜風を浴びながら、小学校に向けて駆けていく。到着すると、すぐさま鉄棒を握らされた。
「さあ、練習しよう」
「……ちょっと待って」
コリーンは自身のスカートを押さえつける。
「この格好じゃ、見えちゃうじゃない!」
「すでにさっき見たから大丈夫だ」
「そういう問題じゃないし!」
「じゃあやめるか?」
「やめるよっ」
「コリーン先生は逆上がりもできないんですね。残念です」
その溜め息混じりのロレンツォの物言いが、コリーンの気持ちを逆撫でた。
悔しいっ。
なにがなんでもできるようになってやるっ。
「やるっ!」
「それでこそコリーン先生」
ロレンツォの微笑に腹を立てつつ、コリーンはグッと手に力を入れた。
そしてダダッと駆け上がる。
ふわっと浮いたかとおもうと、ロレンツォにお尻を持ち上げられてぐるりと一回転した。
着地時に、後ろのスカートが捲れ上がってコリーンの頭に被さる。
「きゃ、きゃあっ」
「全然だな。もっと腕を引きつけろ」
「う、うう……」
スカートを正しつつ、再トライだ。ここからが地獄の特訓の始まりだった。パンツは見られ放題、お尻は触られ放題である。
実際にこんな体育教師がいたら、即免許剥奪ものだ。アクセルが見ていようものなら、きっと顔を真っ赤にさせてロレンツォを糾弾するに違いない。
「ほら、頑張れ頑張れ。パンツを見られ続けたいのか?」
「この、セクハラ大魔王ッツ!!」
そう言いながら足を蹴り上げた瞬間、コリーンの体はなんの支えもなく、くるりと回転した。
「できたじゃないか」
「あ、あれ?」
ストンと降りると同時にまたスカートが捲れ上がった。が、気にもならずもう一度やってみる。
またも、簡単に回転する事が出来た。
「できた」
「おめでとう、コリーン。とりあえずスカートを直してくれ」
そう言われて、コリーンは慌ててスカートを元の位置に戻す。
「あ、あの……ありがとう……」
お礼を言うのは癪にさわるが、言わないわけにはいかないだろう。
コリーンの言葉に、ロレンツォは目を細めて「どういたしまして」と微笑を浮かべていた。
「はぁ、もう本当に動けない。もう十二時近いじゃない」
そう言いながらコリーンは窓枠を越えて、ロレンツォの部屋に戻ってきた。しかし、なぜかロレンツォは入ってこない。
不思議に思って見ていると、ロレンツォはコンコンと窓を叩いている。
「……なにやってるの?」
「夜這いだ、対応してくれ」
にっこりと微笑むロレンツォ。一体なにを言っているのか。
コリーンは眉をしかめながら近寄り、ロレンツォと窓枠越しに会話をする。
「美しいお嬢さん。そんな顔をしていては、美人が台無しですよ」
「……なに言ってんの」
「思ったことを、心のままに」
「やめてよ、嘘くさい」
コリーンの言葉に、ロレンツォはぷはっと吹き出す。
「嘘くさい、か? 割と本気で言ってるんだがな」
クックックと可笑しそうに笑うロレンツォ。とてもじゃないが、本気とは思えない。
「なに考えてるの?」
「コリーンとセックスすることを」
「な、なんで急にっ」
「あれだけ尻を触らせてもらって、パンツを見せつけられてはな」
ロレンツォは困ったように笑っている。お尻を触らせてあげた覚えも、パンツを見せつけた覚えもない。
ノルトでの夜這いの意味合いは、確か出会いの場、結婚前の相性チェック、そして性欲処理だ。この場合、性欲処理にしか該当しないだろう。そんな理由で抱かれるなど、虚しいだけだ。
「別の人の所に行けば?」
「移動してる間に十二時が過ぎてしまうだろう?」
「そうかもしれないけどさ……ロレンツォなら許してくれる人もいるんじゃないの」
そう言って窓を閉めようとすると、ロレンツォはそれを止めた。
「まだ三分経ってない」
「私、もう眠いんだけど」
「邪険にしない。な?」
ロレンツォに言われて、嘆息する。
「もう、分かったよ」
「では仕切り直しだ。今宵は満月でよかったですね。貴女の美しい顔をはっきりと見ることができる」
「ついでに私のパンツもはっきりと見ちゃったんでしょ」
「まぁな。まさか本当にパンツを見せながら逆上がりをされるとは思わなかった」
「ロレンツォが挑発してきたんじゃない! だから私は仕方なく……」
ヒートアップしそうなコリーンを、ロレンツォは「待て」と手で制した。
「なに?」
「どうもコリーンが相手だと調子が狂うな。いつものような言葉が出てこない」
「ロレンツォに美しいなんて言われたら、気持ち悪いだけだよ」
「本心なんだがな。コリーンは本当に綺麗になった。尻は薄いが」
「っもう!」
魅力がないと言われているようで、頬を膨らませる。そんなコリーンを見て、ロレンツォは苦笑いを見せていた。
「別にそれが悪いわけじゃない。小さな尻も、十分魅力的だ」
「どうせマーメイドドレスは似合わないですよー」
「エンパイアなら似合う。清楚で純朴で、コリーンにはピッタリだ。ぜひにも見てみたいな……コリーンのドレス姿」
「まだまだ先の話だよ。大学卒業した後、ある程度働いて実績を積まないと。結婚はその後かなぁ」
その時にいい人がいるかどうかもわからないが。
「まだまだ結婚する気はないってことか」
「したい気持ちはあっても、現実はね」
コリーンがそう言うと、ロレンツォは黙ってしまった。
もう三分経っただろうか。無言の居心地の悪さに、コリーンは窓に手を掛ける。
「じゃあもう閉めるよ。玄関から入る? 鍵を開けてこようか」
「いい。ユーファの部屋の窓から入るよ。今日はそこで寝る」
「そっか、今日からユーファさんはここにいないもんね」
さすがに同じベッドでは眠れないのかもしれない。でも少しは女として見てくれていることがわかって、嬉しかった。
「じゃあ、すまなかったな」
「まったくだよ」
お尻は触られまくり、パンツは見られまくり、挙げ句の果てには夜這いだ。どれだけの羞恥を味わわされたことか。
「おやすみ、コリーン」
「おやすみ、ロレンツォ」
いつもの言葉を最後に、ロレンツォはユーファミーアの部屋の方へと消えていった。
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