第30話 ユーファミーアの結婚式に

 村の教会に到着すると、大勢の人が馬車を取り囲んだ。

 ここでいいとユーファミーアは馬車から降り、教会に向かって一人歩き始める。たくさんの人と会話を交わしながらユーファミーアは教会の奥に消えていった。

 教会の外では、机を設置したりして忙しく走り回るロレンツォやレイロッド、バートランドの姿が見受けられる。次々と届けられる料理を並べたり、机が足らないからと取りに行ったり、こちらもおおわらわだ。

 コリーンもそれを手伝い、準備は着々と進められた。


「なんとか間に合ったようだな」


 ロレンツォがほっと一息つく。時刻は午後一時二十分。一時半から開始予定なので、ギリギリだ。


「ご家族の方、教会にお入りください!」


 教会の方から神父が呼びかけている。これだけの人数は教会に入れないので、親しい順に呼んで人数を制限しているのだと思った。


「行くぞ、コリーン」

「え、私は友人として呼ばれたら行くよ」

「なに言ってるんだ、教会内は家族しか入れない。他の者は外で待つんだ。今来なきゃ、中には入れないぞ」

「ええ? 余計入れないよ! 私、家族じゃないし」

「家族だろう。少なくとも、うちの家族はそう思ってる。お前を連れて行かなきゃ、母さんやユーファに俺が怒られそうだ」


 ロレンツォに手を取られ、それでも拒否の姿勢を取っていると、教会の方からセリアネが声を上げた。


「ロレンツォ! コリーンちゃん! なにやってるの、早く来なさい!」

「ほらな」


 ロレンツォは首をクイっと母親に向けて、コリーンに来るよう促してくる。


「いいのかな……」

「ユーファの結婚式を見たかったんだろう。教会の外に出たら、そこはもう披露宴だぞ。トレインチェとは違う」

「そ、そっか」

「見てやってくれるか、ユーファの結婚式を」


 ロレンツォの問いに、コリーンは今度は深く頷いた。


「うん、見たい!」

「よし、急げ!」


 ロレンツォにぐんぐんと手を引っ張られる。その速さに着いて行けず、足がもつれそうになりながらも教会の扉をくぐった。


 中にはすでに両家が控えていて、コリーン達も席に着く。

 外とは違い、中は厳かな雰囲気だ。高い天井からはステンドグラスの色鮮やかな光が差し込んでいて、床は綺麗に彩られている。


 神父に起立を促されて、皆は立った。そして後ろに注目をする。

 そこにはマーメイドドレスを着たユーファミーアと、彼女の父親のレイロッドの姿があった。

 二人はパイプオルガンの音と共に歩み始める。途中、ロレンツォがぷっと吹き出していた。レイロッドのあまりの緊張ぶりが可笑しかったのだろう。セリアネに諌められて、ロレンツォは真面目な顔に戻った。

 新郎のところまで来ると、レイロッドは彼と交代をする。

 美しく着飾った二人は、生涯を共に助け合いながら生きることを宣言した。

 そして指環交換がなされる。なんの宝石も付いていない、シンプルなリング。思えば、ここでは指環に宝石を付けている人を見たことがない。農作業に邪魔だからかもしれない。

 最後に誓いのキス。嬉しそうにはにかみながらキスをするユーファミーアは、可愛らしかった。両家からの温かな拍手で包まれ、二人は幸せそうだ。


「では外で待つ皆様に、結婚のご報告をお願いいたします」


 神父の言葉に、夫婦となった二人は外へと続く扉に向けて歩いて行く。ここからがノルト流の披露宴の始まりだった。

 外に出た二人に、これでもかというくらいのライスシャワーが浴びせかけられている。おめでとうと叫ぶ言葉が、あちこちから飛んでくる。


 こんな風に、村人皆から祝福されるのっていいな。

 ディーナさんみたいな簡素な結婚式もいいけど、どうせなら色んな人に祝福してもらいたい。


 しかし、コリーンがこんな式を挙げることはないだろう。ロレンツォと縁が切れれば、この村に来ることもなくなるのだから。

 コリーンがロレンツォを見上げると、彼は視線に気付いて外を指差した。


「食べに行こう。コリーンも腹が減っただろう?」

「うん、でもなんか胸がいっぱいになっちゃって。もうちょっと後で食べるよ」

「そうか。じゃあ俺はちょっと食べてくる」

「行ってらっしゃい」


 目の前に広がるのは、幸せな風景。

 笑顔の絶えないユーファミーア。

 嬉しそうな彼女の夫。

 楽しげに祝福する村人達。


 そんな光景を見ていたら、込み上げてくるものがある。

 ユーファミーアを祝福できたことが嬉しくもあり、そして少し羨ましくもあった。

 新婦の視点ではこの光景を見ることができない。それを悲しく思った。


 その披露宴は、夕方六時まで続いた。

 あれだけあった料理は四時間半で、ほぼ消え失せていた。ほんの少しだけ残った料理を見て、セリアネはほっと息を漏らしている。


「よかった、なんとか足りたようね。後半は料理が足りなくなるんじゃないかとハラハラしっぱなしだったわ。コリーンちゃんの時は、もっと作らなくちゃね!」


 彼女の大きな独り言は、きっとロレンツォにも聞こえただろう。しかし何の反応も示さないロレンツォに、セリアネは問い掛ける。


「ねぇロレンツォ、コリーンちゃんとの結婚はいつなの?」


 少し遠くにいたロレンツォは、声を上げて答えた。


「そのうちな!」

「もう、ちゃんと考えてあげてるの!?」

「考えてるよ!」

「本当ね?」

「本当だ!」


 そう言いながらロレンツォは集めた食器をガチャガチャと馬車に乗せ、別の作業をしに遠くへと行ってしまった。


「ごめんなさいね、あの子は遊びたいばっかりだから、早く結婚しないと不安でしょう」

「いえ、その……私が大学に通っている間は、私の方が勉強に集中したくて」

「まぁそうなの。じゃあ、卒業してからになるのかしら」

「そうですね……いえ、どうでしょうね……」


 コリーンの曖昧な返事に、セリアネは訝しみの顔を向けてくる。


「コリーンちゃん……ロレンツォのこと、嫌いなの?」

「いえ、好きです」

「そう! ならよかったわ! これからもあの子のこと、よろしくね」

「……はい」


 思わずセリアネから目を逸らす。

 卒業すれば、別れたと言わなければならない。言わずとも、面白おかしく書き立てられたゴシップ記事を、セリアネ達は見ることになるだろう。これだけコリーンを気遣ってくれているのに申し訳なく思い、気分は塞いだ。

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