第25話 負担を取り除くために
コリーンの合格発表の日。
ロレンツォはその日が休みになるよう、調節していたようだった。一緒に行こうとするロレンツォを制するも、彼は構わずコリーンについてくる。
「こなくてよかったのに。落ちてるよ、多分」
「……」
ロレンツォはなんと言っていいかわからないようで、少し眉間にしわを寄せただけだ。
112という受験番号だけ教えると、試験会場までのろのろと歩いた。
合格発表の紙は既に張り出されていた。ほとんどの者が見終わって帰っているようで、閑散としている。
「はぁ。来ちゃった。ロレンツォ、見て」
コリーンが目を伏せるのと同時に、ロレンツォが顔を上げる。
「99、103、104、106……」
読み上げられる数字に、コリーンは耳を塞ぎたくなった。
「108、110、111、ひゃ……」
ロレンツォは一度止まり、そしてゆっくりとその数字を告げられる。
「ひゃくじゅう……さん」
……やっぱり。
自分の受検番号が飛ばされた。
わかっていたはずなのに、頭が真っ白になった。なにも考えられず、 涙が溢れそうになってしまい、ただ耐える。そして、声を絞り出した。
「……ごめんね、ロレンツォ」
「……どうしてコリーンが謝るんだ?」
「期待に、応えられなかった……」
「……」
悔しくて、申し訳なくて、涙が出てきそうだ。でもこんなところで泣くわけにも行かず、ひたすらに耐えた。我慢すると肩が勝手に震えてしまう。ロレンツォに知られてはならないと、身を固くさせた。
「コリーン、見ろ。あそこに112番がある」
「……え?」
唐突の彼の言葉に、顔を上げて確認をする。ロレンツォが指差した場所を見て、コリーンは複雑な気持ちで呟いた。
「補欠合格……」
合格者一覧の最後に、補欠合格者としてコリーンの受験番号が載ってあったのだ。
「なんだ、それは」
「合格者の中で、事情があって入学までに辞退する人がいれば、その枠内に入れるってこと」
「誰かが辞退すれば合格、しなければ不合格という事か」
ロレンツォに説明を入れると、その順番を数えた。コリーンの受験番号は補欠合格者の三番目に書かれている。三人辞退しなければ、コリーンは入れないということだ。
毎年何人かの辞退者が出るという話だが、今年もそれに当て嵌まるとは限らない。
「……どこかで食べて行くか?」
ロレンツォの気遣いにコリーンは首を横に振る。とてもじゃないが食べに行こうという気分にはなれなかった。
「ううん……そんな気分じゃなくて……ごめん」
「いや、いいんだ。じゃあ、帰ろう」
家に帰ると、簡素な食事をとった。いつもはなんだかんだと弾む会話も、葬式でもあったかのように静かだ。ロレンツォもなんと言っていいのかわからないのだろう。
二人は黙々と食べ終え、片付けが終わるとコリーンは無言で部屋に入る。
態度の悪い自分に嫌気が差した。
どうしよう。
とりあえず就職先を探して……
でも、合格したら迷惑掛けちゃうし……
ヴィダル弓具専門店には戻れないだろう。新しい人を雇ったばかりだ。職人ならまだしも、帳簿係に二人もいらない。
ロレンツォだって、早くリゼットと結婚したいはずだ。不合格なら潔く大学は諦めて、早くどこかに就職すべきである。そうすればロレンツォに掛かる金銭的負担はかなり軽減されるはずだ。
いい就職先があればいいけど……
しばらくは貯金で食い繋ぎながら、妥協しないでいいところを探そう。
そしたらいつか、自分で貯めたお金で大学に行けるかも……
あまり現実的でない案に、コリーンは塞いだ。
早く教師になりたかった。教師として働きたかった。
確かにお金を稼いでから、というのはひとつの手だろう。しかしそれでは教師になれるのはまだまだ先の話になってしまう。
これ以上ロレンツォに迷惑は掛けられないから、教師になる夢は諦めたって言おう。
ファレンテイン人になるために十年も縛り付けておいて、さらにこれから何年も、なんて都合が良すぎる。
ロレンツォなら気にするなって言うだろうけど、だからこそ甘えられない。
コリーンはそれから何日も、やきもきしながら合格通知がくるのを待った。
今日こそはきているかもしれないという淡い期待を抱きながら、毎日ポストを覗き込む。
しかし入学式が迫って来ても、その通知が届くことはなかった。きっともう、駄目なのだろう。
変な期待をしてしまっていた分、この一ヶ月は長かった。こんな気持ちで過ごすくらいなら、補欠合格者になどならない方がマシだ。
もう無理なんだから、気持ちを切り替えよう。
ロレンツォにも要らぬ気を使わせてしまっていたに違いない。
大学はすっぱりと諦め……たように見せかけて、ロレンツォの精神的負担を取り除いてあげようと決めた。
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