第4話 心こもった調香に
食事が終わると、二人は二階へと移動した。
香水のコーナーに来ると、アクセルはひとつの香水を手に取る。
「俺が付けているのはこれだ」
受け取たコリーンは『ひえ』と声が出そうになった。ブランド物の香水で、目玉が飛び出そうな程の値段が書かれている。なんとなくそうだろうとは思っていたが、アクセルは相当なお金持ちのようだ。
「そ、そうなんだ。すごくいい香りだけど、やっぱりちょっと似合わないかな……」
「どういうのがいい?」
「うーんと」
コリーンは幾つかの香水を手に取って香りを嗅いでみた。しかし、しっくりくるようなものはない。
「こんな感じではあるんだけど、ちょっとスッキリし過ぎてるかな……もっと重くてもよくて、ほんのちょっぴり甘さがあって……」
「では、こちらはいかがですか?」
後ろから店員に声をかけられ振り返る。香水の瓶を渡され、コリーンはそれに鼻を近づけた。
「ああ、こんな感じ。でもちょっと甘過ぎるかな」
「ではこちらはいかがでしょう」
「うーん、これはまだ軽い。もっと重厚なのが……」
「では、ご自分で調香されます?」
そう問われ、コリーンはぶんぶんと首を振った。
「え、いいです! 失敗しちゃっても、買い取りでしょ?」
「ええ、まあ」
苦笑いを見せる店員に、アクセルは一歩前に出た。
「構わない、作ってくれ。かかった費用は俺が出す」
「ちょっと、アクセル!?」
「俺が付ける香水を作るんだ。お金を出すのは当然だろう」
そうだろうか。そうかもしれない。しかし、作るのはコリーンだ。どれだけ失敗するか分からない。自分の思う香りが作れるかどうかも不安である。だが、作ってみたいという思いはあった。興味もすごくある。
「……作るの、今度でもいい?」
「いいが……どうしてだ?」
「私、調香師の勉強する。どうせ作るなら、ちゃんと作りたい」
「今の勉強はいいのか?」
「う、うん。まぁ……今すぐ必要なのはこっちだし、将来的にも役立つ時がくるかもしれないから」
というより、今やっている勉強よりこっちの方が断然楽しそうでわくわくした。
「調香師になる講座なら、こちらで開催していますよ。受講料はかかりますが」
「本で勉強するだけじゃ、やっぱり無理かな」
「そうですね、必要知識を頭に入れることはそれで十分ですが。なにせ相手は香りのものなので、実際嗅ぐことが不可欠ですね」
「受講料って、いくらくらい?」
「全七回で、一回一万ジェイアになります」
高い。とてもじゃないが、ロレンツォにお願い出来る金額じゃない。いや、騎士となった今ならば、彼も捻出してくれるだろうか。それにしても、ほいそれと出せる金額ではないだろう。
「では、七回分だ」
「っえ」
ここに、ほいそれと出す男がいた。一体財布にいくら入っているというのか。
「アクセル、いいよ! 悪いよ! 自分でなんとかするから!」
「元は俺が言い出したことだ。これでコリーンが思う通りの香水を作れるようになるなら、安いものだ」
「でも……」
「頼む。俺の為の香水を、作ってくれるか?」
そういう言い方は、ずるい。断りにくい問い方に、コリーンは肩をすくめながら感謝を述べる。
「……わかった。ありがとう、アクセル」
「楽しみにしている」
こうしてコリーンは、急遽調香師の資格を取ることになった。最初の一週間は図書館でありったけの知識を頭に詰め込み、次の一週間はクランベールに通いつめて実際に調香した。これがやってみると、面白くて仕方ない。少しの配分の差で、思い通りの香りが出せた時には、例えようのない喜びがあった。
コリーンは七日目のテストをあっさりとパスし、調香師の資格を取得する事が出来た。そのお祝いにお店が、三十ミリリットル以内なら好きな調香をして持って帰っていいと言ってくれた。
渡されたのは小さな小さな小瓶である。量が少ないほど、調香は難しい。クランベールでは自作した場合、そのサイズの小瓶で五千ジェイアかかる。そのことを考えれば、安易な調香など出来ない。出来れば、これをアクセルにプレゼントして驚かせたい。
「コリーン、トップはどうする?」
「オークモスとゼラニウムで。あとラベンダーを」
「フゼア系にするのね。はい、どうぞ。他には?」
「うーん、やっぱりクマリンも欲しいなぁ。トップノートに最初の三つで、ミドルノートはクマリン、オポバナクス。ラストノートにトンガビーン、ベンゾインっていうのはどうかな」
「フゼアなのに、えらくエキゾチックにするのね」
「エキゾチック過ぎる? 完璧フゼアっていうのじゃなく、重くはしたいんだけど……重過ぎずに少しだけ甘く出来ない?」
「じゃあ、トップノートにマグノリアを少量加えてみるといいわよ。多分、コリーンの思う香りに近付けるわ」
「成程、マグノリアね」
調香の師匠の言葉を受けて、コリーンはマグノリアを最後に加えた。そして出来上がった香水の香りをそっと嗅ぐ。
「……これだ」
アクセルがこの香りを漂わせているところを想像出来る。絶対に、絶対に似合う自信がある。
「どう?……うん、いいわね。それ、男性用でしょ? ラッピングしてあげましょう」
「ありがとう!!」
師匠は箱に入れるとペンを手に取り、コリーンに聞いた。
「この香水の名前は何にする? 箱に記しておくわ」
「え、名前? 名前って、必要?」
「ええ。プレゼントした相手が同じ物を求めてやってきた時に、名前を言ってくれたらこちらで調香できるから」
「あ、そっか。うーん、じゃあコリーンセレクトで」
我ながら安直な名前である。いきなり過ぎて何も思い浮かばなかった。
それでも師匠は「いいわね」と笑って慣れた手つきで綺麗にラッピングし、素敵な紙袋に入れてくれた。
「はい、コリーンセレクト。喜んでくれるといいわね」
「うん! お世話になりました!ありがとう!」
ちょうど明日はアクセルの仕事が休みの日だ。図書館にいれば、彼が会いに来てくれるだろう。コリーンは嬉しくて、駆けて帰る。
この香水は彼の好みに合うだろうか。毎日付けてくれるだろうか。これがなくなったら、クランベールへコリーンセレクトを注文しに行ってくれるだろうか。
「どうした、コリーン。いやに嬉しそうだな」
「へへ、なんでもなーい」
「ふうん?」
眉を上げて不思議がるロレンツォに、いつか彼のためにも香水を作ろうと心に決めた。
今は両親の形見と同じ形の腕輪が欲しくて、お小遣いを貯めている。その微々たる貯金を崩してでも、ロレンツォに香水をプレゼントしたいと思った。
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