第3話 食べたい物を順番に

 アクセルとは、それから幾度か図書館で会った。

 彼はコリーンの存在に気付くと必ず声を掛けてくれ、欲しい本はないかと尋ねてくれる。そしていつもなんの勉強をしているのか確認し、得意な分野は時間の許す限りコリーンに付き合ってくれたり、勉強しておくと役立ちそうなことも教えてくれた。

 一ヶ月に一度ペースだった会う頻度は三週間に一度になり、二週間に一度となり、週に一度へと変わっていく。思い違いでなければ、互いに惹かれあっている、と思う。少なくともコリーンは、優しく誠実なアクセルに好意を持ち始めていた。

 そんなある日のこと。


「図書館で勉強もいいが、たまには別の所で会ってみないか?」


 アクセルに照れながらそう言われて、コリーンも大いに照れた。


「でも、私、勉強……しなきゃ」

「たまには息抜きだって必要だ。どうだろう、今度、食事だけでも」


 アクセルと食事。考えただけで浮かれてしまう。しかし。


「私、あんまりお金を持ってないから」

「俺が誘ったんだ。男の俺が払うのは当然だろう」

「でも……」

「嫌か?」


 その問いに、コリーンはふるふると首を横に振った。


「ううん、嬉しい」


 コリーンの言葉に、コリーン以上に嬉しそうにはにかむアクセル。コリーンは高鳴る胸を抑えるのに必死だった。

 その日、コリーンは初めて洋服を買った。スカート一着だったが、前々から欲しいと思っていた物をとうとう買ってしまった。もちろん、アクセルとの食事のためである。こんな安物のスカートで彼と釣り合うとは思ってはいないが、農作業用のズボンで会うよりはマシだろう。

 ロレンツォ以外の異性との、二人っきりの食事。コリーンには初めての経験だ。


 約束の日が訪れ、アクセルと待ち合わせ場所である図書館で会う。彼はコリーンの服装を見ると、顔を赤らめて微笑んでくれていた。自分なりに頑張ったことが認められたようで、恥ずかしくも嬉しい。


「どこか行ってみたい店はあるか?」

「どこでもいいの?」

「ああ、どこでもいい」

「じゃあ、クランベールっていうお店がいい。知ってる?」

「もしかして、ピンクの外壁にフリルのレースカーテンのか?」

「そう、そこ」

「さすがに入ったことはないな。コリーンはあるのか?」

「服を見にいったことはあるけど、食事はしたことがないから……食べてみたくて」


 とても少女趣味なお店だ。軽食、小物雑貨店といった感じの店で、男性は入りにくいだろう。


「駄目ならいい。別に、どうしてもってわけじゃないから」

「いや、そこでいい。男子禁制って店でもないんだろう?」

「うん! 割とカップルで入ってるから、大丈夫だよ!」


 カップルという言葉を使ってしまい、コリーンは赤面した。アクセルとは恋人同士なわけではない。なにが大丈夫だというのか。それでもアクセルは嬉しそうに、こちらも赤面しながら首肯してくれていた。

 それでも少女趣味な店に入るというのは、普通は臆するものだと思うが、アクセルという男は一度決めたら堂々と足を踏み入れている。そして興味深げに店内を見て回った。


「中はこんな風になっていたんだな。初めて入った」


 テーブルは窓際に置かれており、商品は店の真ん中に集中している。食べながら商品を品定め出来るような造りになっているのだ。客の出入りが多いため、食事に集中するにはいささか不向きな店だろう。それでも、コリーンはここがよかった。


「コリーンはなにを食べる?」


 席に着くと、アクセルがメニュー表を見ながら問いかけてくる。


「なにを食べてもいいかな……」

「好きなものを選べばいい」

「じゃあ、チョコレートパフェで!」


 ずっとずっと、食べてみたかった物だ。ここに来る度誰かが食べているのを見て、いつかは食べてみたいと思っていた物。アイスの上にチョコレートソース。色んなお菓子が可愛くトッピングされている、豪勢なチョコレートパフェ。それを今日、初めて味わうことができると思うと、幸せ過ぎて涙が出そうだ。


「わかった、デザートにはそれを頼もう。だが昼食なんだから、ちゃんとご飯になるような物を選んでくれるか」


 アクセルに苦笑いされ、慌てて適当な物を頼んだ。コリーンは昼食がチョコレートパフェでも、全く問題はなかったのだが。

 食事はテーブルに一品ずつ並んだ。テーブルを食事で満たすのが正式なファレンテイン流なので、これは正式とは遠くかけ離れている。が、ただの昼食なのでアクセルからなにも言われることはなかった。聞くと、騎士団本署に入っているレストランもこんな感じなので、慣れているらしい。レストランというより、食堂と言った感じのようだったが。


「この店は、いい香りがするな」

「二階に、お香とかアロマオイルとか、香水とか置いてあるの。香料原料も置いてあって、オリジナルの香水も作れるんだって」

「へぇ。それは面白いな」

「アクセルも、よく香水つけてるよね」

「ああ。まぁ、身だしなみとしてな」


 正直、アクセルに今の香水は似合っていないと思う。少し甘めのシトラス系。悪くはないが、もっと大人の風格ある香水の方がいい。童顔な彼がそれを付けることによって、ぐっと大人の魅力が引き出されるに違いない。


「不快だったか? なら香水を付けるのはやめておくが」


 どうやら顔に出てしまっていたらしく、コリーンは慌てて首を振った。


「違うよ。ただ、ちょっと似合ってないかなって」

「コリーンは、どういう物が俺に似合うと思う」

「うーん、言葉じゃ言い表せられないかな。もっと男くさいっていうか、落ち着いたっていうか……そういう感じ、かな?」

「じゃあ後で、香水選びに付き合ってくれるか?」

「うん、ぜひ!」


 丁度食事を食べ終わり、念願のチョコレートパフェがきた。結構大きなパフェだが、全部食べきれるだろうか。


「いただきます」


 ソースのかかったアイスの部分を、そっと口に運ぶ。幸せの香りが鼻を抜け、口いっぱいに甘さが広がる。ゴクリと嚥下すると、その冷ややかな心地よさが、体全体に染み入るようだ。


「うわぁ……美味しい」


 大袈裟ではなく、コリーンは涙が出そうになった。こんな幸せな食べ物がこの世に存在しているなんて。この幸せを一人で噛み締めるのはもったいない。誰かと共有してこそ価値がある。

 コリーンはアクセルをチラリと見た。


「一緒に食べない?」

「っな?」

「一人だけ食べるっていうのもなんだし、すっごくすっごく美味しいから、アクセルと一緒に食べたいんだ」


 そういうとコリーンはパフェをひとすくいし、アクセルの前に差し出す。


「はい、どうぞ」

「な、ななな」


 アクセルは躊躇し、コリーンは首を傾げる。


「甘い物、苦手?」

「いや、そういうわけじゃないが……」

「いっぱいあるし、ね?」

「……じゃあ」


 促すと、アクセルは顔をスプーンに寄せる。そしてパクリと口にした後で、顔を赤く染めていた。


「アクセル?」

「……うん。美味しい」

「でしょ!?」


 そう言いながらそのスプーンでもう一度パフェをすくい、今度は自身の口に入れようとする。


 あ、これ、間接キスだ。


 唐突にそんな事が思い浮かび、しかし唇の閉じるスピードの方が速く、パクリとスプーンから舐めとる。途端に顔が、カッと火が出たかのように熱くなった。


「……どうぞ」


 コリーンは、再びアクセルの前にスプーンを差し出した。一口だけで終わらせられなかったのだ。いっぱいあると言ってしまった手前。実際食べきれるかどうか分からず、残してしまうのも申し訳ない。

 アクセルは再び躊躇しながらも食べてくれた。次はコリーン。その次はアクセル。

 二人とも異常に頬を紅潮させながら食べ進めている姿は、少し異様な光景であった。

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