第26話 その鑑定額は

 コリーンが執務室から出て行った後、しばらくは彼女を思ってしばらく突っ立っていた。

 しかし振り切るようにロレンツォも出る。今はぼうっとしている場合ではなかった。

 聴取部屋へと向かうも部屋には誰の姿もなく、イオスの執務室に移動する。するとそこにはすでに、アクセルの姿があった。


「ロレンツォ殿。丁度いい。一緒に聞いてくれ」


 イオスに促されたロレンツォは、彼が座る執務机の前にアクセルとともに並ぶ。


「ロベナー・クララックを逮捕した。罪状は詐欺罪、強姦教唆罪、人身売買罪だ。ロベナーもリゼットの聴取によって自供した。逮捕したあの二人組の話によると、人身売買は何百という数にのぼるそうだ。ファレンテインだけでなく、他の国にも提供していたらしい。その罪だけでも一生壁向こうでの生活だな」


 チラリとアクセルを見ると、彼は難しい顔をしたまま聞いている。


「中央官庁に全てを報告したところ、クララックの家督を剥奪することになった。それと全ての財産を没収。それを売りに出し、被害者達に充てる」


 なにも言わぬアクセルの代わりに、ロレンツォが口を挟む。


「クララックをこのファレンテインから消し去るってことですか。子どもも、ロベナーの奥方も? そこまでする必要はないのでは?」

「ロベナーはあまりに多くの罪を犯し過ぎた。私としても、罪のない奥方と子ども達を巻き添えたくはない。が、中央官庁が下した決定事項だ。クララックという名が、貴族という格を落としめることに他ならないという理由からのな」

「……」


 貴族の格などどうでもいいと思ってしまうのは、元農民の準貴族だからだろうか。アクセルは難しい顔をしているが、それに口を挟む気はないようだ。順当な制裁と思っているのかもしれない。ロレンツォはそれについてはもうなにも言えなかった。


「では、アクセル殿。ロベナーの奥方に今のことを伝えてきてもらえるか」

「……わかった」

「俺も行こう」


 ロベナーの妻は、アクセルと付き合っている女性だ。あれからどうなったのかは知らないが、愛する女性に家督を剥奪するなどとは言いにくかろう。


「……すまん」

「いや」


 二人は、クララック家へと向かった。

 ロレンツォはロベナーの家族に、彼が沢山の罪を犯していることを告げた。そして家督を剥奪すること、さらに全ての財産を没収するということも。

 やはり、一緒に来てよかったとロレンツォは思う。他人でも伝えるのは心苦しいのだ。その役をアクセルにさせずに済んでよかった。


「では、失礼します」


 全てを伝え終わると、ロレンツォは家を出て行こうとする。しかしアクセルが止まっているのに気付いて、ロレンツォは振り返った。


「おい、アクセル?」

「先に行っててくれ」

「……わかった」


 なにか伝えたいことでもあるのだろうと、そのままロレンツォは家を出る。


 アクセルの奴、どうするつもりだ……?


 気になりながらも、ロレンツォはその場を去ったのだった。



 その翌日の日曜に、ロレンツォは気になってレリアの元を訪れた。話を聞くとアルバンの街に行くつもりだというので、道中を護衛を買って出る。

 お金もなく、護衛をつけられない状態での女子どもの旅はきつい。アクセルは恐らくレリアの護衛をする気はないだろう。でしゃばった真似かもしれないが、放っては置けなかった。

 アルバンの街に着くと、レリアが借りたという部屋まで送ってあげる。その部屋の前まで来ると、ロレンツォはハッと気付いた。アルバンの街を拠点に戦争をしていた時、この部屋はアクセルが借りていた部屋ではなかったか。

 ロレンツォは何も聞きはしなかったが、レリアは持っていた鍵で扉を開け、感謝の言葉の後、子どもと一緒に部屋に入っていった。


 それから幾日かの後。

 細かな事件の物証を探すため、ロレンツォはアクセルと共に、元クララック邸にやってきた。中に入ると、ロレンツォは見渡すようにぐるりと一回転する。


「まったく、広い屋敷だな」

「そうか?」

「……ま、お前にはそうだろうな」


 ユーバシャール家に呼ばれたことがあるが、この広い家よりもさらに十倍くらい広い屋敷だった。アクセルほどの資産のある男なら、この家を丸ごと買い上げるのも簡単だろう。しかしそれをしないということは、レリアのことは諦めたのだろうか。


「レリア殿だが……」


 ロレンツォは、レリアをアルバンまで送って行った張本人である。そしてその時、彼女のお腹に子どもがいることに気付いた。聞いてみると間違いなくアクセルとの子で、今はまだアクセルに伝えるつもりはないと聞いていた。


「どうする、つもりだ?」

「……」


 アクセルは無言だった。何でも即決するこの男が、答えないのは滅多にないことだ。それだけアクセルも傷付き、そして懊悩している証拠だろう。


「アクセル」

「……仕事をするぞ、ロレンツォ」


 アクセルは答えず、事件の物証になりそうな物を探し始める。あまりに犯罪が多過ぎて、全てを立件するのは無理だが、それでも調べられる物は調べるのが仕事だ。

 とある部屋の扉を開けると、絵の具の匂いがした。コリーンがいたらその匂いで卒倒しそうだと思いながらも、一応絵を確認していく。ここはレリアのアトリエだろう。犯罪に絡みそうな物はない。しかし、アクセルが一枚の絵を前に、硬直していた。


「どうした、アクセル」


 ロレンツォも彼に寄り、共にその絵を見る。いまいちよくわからない絵だが、これはマーガレットの花だろう。それ以外理解出来ない絵の前で、アクセルは小難しい顔をして立っている。

 マーガレットの花というのがどこか引っかかった。コリーンがなにか言っていた気もするが。


「この絵を、もらうわけにはいかないだろうか」


 アクセルの呟くような言葉に、ロレンツォは目だけを向ける。


「財産として没収される絵だからな。鑑定額以上の値段で買い取れば、問題はないはずだ」

「そうか。なら、俺はこれを買いたい」

「いくらくらいするもんなんだ? 絵画の価値はさっぱり分からんが」

「おそらく、七十万ジェイアといったところだろう。もし一千万だとしても、俺は買う」


 ロレンツォに一千万なんてお金は、どう捻り出そうとしても出てこない。

 さすが資産家の言うことは違うなと思いながら、別の部屋に行くと。そこには金銀財宝がしまってあった。


「これは、相当な財産を持っていたな。これだけあれば、被害者への見舞金も……」


 と言いかけて、今度はロレンツォが硬直した。

 見たことは無い。しかし、何度も話に聞いたことはある。コリーンの、宝物。


「ロレンツォ? その腕輪がどうかしたのか」


 一対の銀色の腕輪が、ロレンツォに握られた。もしかして、これがコリーンの両親の形見ではないだろうかと思うと、胸がドクンドクンと鳴り続ける。


「……アクセル。俺はこれを買い取りたい」

「お前にこんな大きな装飾の趣味があったとは、知らなかったな」

「一対で二十万くらいか?」

「見せてくれ」


 アクセルに見せると彼は「すごいな」と一言漏らして返してくれた。


「土台はプラチナ。これだけで百万近くする上に、宝石が各所に散りばめられている。ちゃんと鑑定しないと分からないが、二百万はするんじゃないか?このデザイン性も鑑みると、二百五十はするかもしれん」

「にひゃ……一対でか?」

「いや、ひとつでだ」

「となると、ふたつで最低四百万ジェイア……」


 とんでもない金額である。一対で二十万ジェイアくらいと言っていたのはどこのどいつだと思ったが、コリーンはイミテーションを作るつもりだったのだろう。本物の価値はとんでもない。


「どうした、ロレンツォ。金が足りないようなら、いくらか貸すが」

「あ、ああ……もしかしたら頼むかもしれん。悪いな」

「それは構わないが……そこまでして欲しいのか?」

「ああ、欲しい。借金してでも」


 とは言ったが、なるべく借金はしたくない。特にアクセルから借金をするとなれば、コリーンには絶対言いたくない。


 ユーファのための貯金が百万、バートへの貯金が百万、コリーン用の貯金が百万、俺用の貯金が百万。

 合計四百万ジェイアは何とかあるが……

 皆の為に貯めていた貯金が全部なくなるのは痛いな。

 そんなことを言っている場合じゃないが。

 もし鑑定額が五百万だったらどうする?

 やはりアクセルに借りるしかないのか……


 そもそも本当にこれがコリーンの腕輪なのか、確認をしなくてはいけない。

 ロレンツォはイオスに許可をもらい、その腕輪を家に持ち帰った。

 夕飯の支度を済ませると、丁度コリーンが帰って来て、ロレンツォは彼女を迎える。


「おかえり、コリーン」

「ただいま、ロレンツォ! 今日のご飯なに?」

「夕飯の前に、少し確認して欲しい物があるんだが」

「え? なぁに?」


 ロレンツォは首を傾げるコリーンに、腕輪を見せた。

 その腕輪を見たコリーンは丸く目を広げ、そして徐々に涙目になる。


「う……そ……こ、これ……」

「形見の腕輪で、間違いないか?」

「うん……うん……っ取り返してくれたの……? ありがとう、ロレンツォっ」

「いや、その……」


 うわあ、とコリーンは滝のように涙を流し始めた。これは、必ず手に入れなくてはなるまい。ある程度コリーンが落ち着くと、ロレンツォは言った。


「すまん、コリーン。一度返してもらえるか。実はまだ、その……返却手続きが終わってなくてな。これがコリーンの物かどうかを確認しに来ただけなんだ」

「え……あ……そっか、わかった……」


 コリーンは名残惜しそうに、それでもロレンツォに戻してくれる。


「すまんな、すぐ手続きを終えて、また持ってくるから」

「うん、ありがとう。戻ってくるってわかっただけで、十分だよ」


 コリーンのこの笑顔を裏切るわけにはいかない。


「ところで、コリーンの村ではこんなに豪華な腕輪を用意するのか? 相当な額になると思うが」

「これね、実は結婚する時に長子が親から譲り受けるの。その時に新しい装飾を足していくから、どんどん大きく立派になるんだ」

「なるほど、それでこんなに高価なんだな」


 コリーンに取って、これは親の形見というだけではないのだろう。いうなれば、コリーンの家の歴史が詰まった、真のお宝だ。見つけ出せてよかった。後は買い取るだけだ。


 ロレンツォは次の日、仕事に行く前に鑑定屋に寄った。

 アクセルの審美眼が間違っていることを祈った。が、彼はやはり大したものだ。

 鑑定額は、二つで四百八十万ジェイアであった。

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