第25話 やつらと彼女を引き合わせたのは
ノルトに行ってから、一ヶ月が過ぎた頃。
スティーグの結婚式が行われた。相手はケイティである。
一時は別の男と結婚しそうになっていたケイティだが、丸く収まったといったところだろうか。
ロレンツォも招待を受けて結婚式に出席したが、ウェルス同様に簡素なものだった。ケイティの元の婚約者に恥を掻かせたくないというのもあって、質素にしたのだとか。
「やれやれ。この年で夜勤はこたえるな。明日も夜勤か」
結婚したばかりのスティーグが、愚痴をこぼす。
「おはようございます。お疲れ様です、スティーグ殿。今晩の夜勤は俺が代わりましょうか? 新婚ですぐ夜勤というのも、ケイティ嬢が可哀想だ」
「いや、いい。勤務時間を変える暇もないくらい、急な結婚をしたのは俺だからな。皆に迷惑をかけるわけにいかん」
「俺は構いませんが」
「オレがお前に頼むのが嫌なんだ」
スティーグの言葉にロレンツォは苦笑いした。互いにしこりはないと思っていたが、スティーグの方は少し気にしていた様だ。
次の日、出勤するとスティーグからの引き継ぎがあって、イースト地区で女性を保護したとのことだった。かなり前から発生している、婦女暴行事件の被害者である。
その日を境に、事態は進展した。アクセルが積極的に動き、犯人を絞り込んだのである。その人物とは、レリア・クララックの夫、ロベナー・クララックだった。
雷の魔術師が堕胎出来るという詐欺を行っているグループと関係があると考えたイオスは、先にそちらを捕らえることに決めた。そしてアンナに協力を仰ぎ、ついにはその詐欺グループの一味を捉えた。
彼らは頑として婦女暴行事件の関与は否定していたが、イオスの狡猾な司法取引によって、そいつらは婦女暴行の関与を認めた。そして彼らはロベナーの名を出し、急遽ロベナーが重要参考人として呼ばれていた。
「ロベナー・クララックか……」
実はロレンツォは、この人物を別の件で怪しいと睨んでいた。そう、人身売買のバイヤーではないかと、十年も前から調べていたのである。尻尾を見せないので、どうにも逮捕まではこぎつけられなかったのだが、これを機会に覆滅できるかもしれない。
ロレンツォはイオスに部屋に入ると、彼に詰め寄った。
「イオス殿! 頼みがあるのですが」
「どうしたのだ、ロレンツォ殿。熱くなって、らしくもない」
「昨夜逮捕した二人組の男……ロベナー・クララックの手先だとしたら、人身売買にも手を染めている可能性がある。そちらの件でも改めて逮捕したい」
「ふむ……だが、可能性だけでは逮捕できないな。なにか証拠はあるのか?」
「証人がいる。引き合わせて確認させたいんだが」
「証人?」
イオスは眉を寄せた。それもそのはずである。証人がいるということは、奴隷として売られた人物を知っているということだ。
「どういう意味ですかな。奴隷として働いている人物を知っている、と? ロレンツォ殿はそれを知っていて保護もせず、放置していると?」
「いや、違う。……だからお願いしているんですよ。できれば彼女の出生は隠してあげたい。誰にも知られず、あの二人が人身売買に加担していたことを確認したいんです」
「ロレンツォ殿。まずは貴殿にどういう事情があったのか、全てを話してほしい。その彼女とやらに確認させるのは、話を聞いてから私が判断する」
「もちろんです。ですが今から俺が言うことは、内密に願います」
「先に確認しておくが、罪は犯していないだろうな?」
「ええ、そのつもりです」
「わかった、話してくれ」
ロレンツォは、コリーンとトレインチェで会ったところから全てを話した。ただひとつ、結婚した当初はまだ十歳だったということは告げずに。イオスならばそのくらいの罪は目を瞑ってくれるだろうが、念のためだ。
「そうか。ではそのコリーンはもう永久的市民権を得て、一人で暮らしているのだな」
「ええ」
全てを話し終えると、イオスはそう言って確認をした。既にファレンテイン人になっている彼女を、追い出したりはしないだろう。
「わかった。しかしあの二人組を連れ出すわけにいかぬ。コリーンにこちらに来てもらうより仕方あるまい。彼女をこっそり連れてこられますかな? 聴取部屋に二人組を移動させておこう」
「ありがとうございます。すぐにコリーンを連れてきますよ」
ロレンツォはそう言って、ヴィダル弓具専門店に向かった。そこにはコリーンと、ウェルスの妻のディーナがいる。
「いらっしゃい!」
「いらっしゃ……」
威勢のいいディーナとは逆に、コリーンは言葉を詰まらせた。ロレンツォがこの店に訪れるのは初めてなのだ。驚くのも当然だろう。
「あれ? ロレンツォさん? どうしたの、ウェルスになんかあった?」
「いえ。申し訳ありませんがディーナ殿、少しコリーンをお借りしてよろしいでしょうか。急ぎの用なのです」
「え? コリーンを? 構わないけど」
「すみません、ありがとうございます」
「ちょ、ロレンツォ?!」
ロレンツォはコリーンの手を取って、有無も言わさず外に連れ出す。そして持ってきたフード付きのパーカーをコリーンにすっぽりと被せた。
「な、なに? ロレンツォ」
「シーッ。今から騎士団本署に行く。いいな」
「よくないよ、なにがなんだか」
「人前では説明できないんだ。着いてから話す」
不満げな表情ではあったが、コリーンは了承してくれた。人目につかないように裏から入り、聴取部屋を目指す。イオスが人払いをしてくれていたのか、聴取部屋に続く道すがらには誰にも会わなかった。
「イオス殿。連れてきました」
「入ってくれ」
ノックをするとイオスの声がして、ロレンツォは中へと入る。そこにはイオスと、逮捕した二人の男達が、手をロープに繋がれたまま座っている。
コリーンはその男達を見た瞬間眉をひそめ、ロレンツォの後ろへと隠れた。
思わずコリーン、と声を掛けようとして思い留まる。犯罪者達に彼女の名前を知られるべきじゃない。
「今日来てもらったのは、この二人を見て欲しかったんだ。どうだ、見覚えはないか」
「ロレン、ツォ……」
コリーンは震えながらロレンツォの服を掴んで引っ張ってくる。やはり、コリーンは男達を覚えていた。
「言ってくれ。お前の証言が必要なんだ」
「ロレンツォ、ロレンツォ……この人達、私を……」
そう言いながら、コリーンはイオスの視線を気にした。他国から攫われて来たと言えば、強制送還されると思ったのかもしれない。
「大丈夫だ。イオス殿には全部話してある。気にせず続けてくれ」
「え? ぜ、全部? な、なんで? どういうこと?」
いつもは冷静なコリーンが、かなり混乱していた。連れ去られた時の恐怖の記憶がそうさせてしまうのだろう。
「教えてくれ。この者達が、お前になにをしたのかを」
ロレンツォはコリーンに向き直って、真っ直ぐ目を見て問う。不安げだったコリーンは、それだけでしっかりと気を持ち直していた。
「この人達は……」
コリーンは顔を見られまいとして、フードを深く被り直している。
「この人達はいきなり村に来て、私を馬車に閉じ込めて……! 両親の形見の腕輪を奪っていったっ! 取り返そうとしたら、何度も……何度も蹴られて……っ! そして、無理矢理ファレンテインに連れて来られたっ」
暴力を振るわれていたのか。
ロレンツォは怒りに満ちたコリーンの顔を初めて見た。人を憎む顔だ。当然のことだとは分かっているが、コリーンのこんな顔は見たくなかった。
「返してよ!! お父さんの腕輪を! お母さんの腕輪を、返して!!」
悲鳴のように叫び、男達を睨みつけるコリーン。その目には悔し涙が滲んでいる。
ロレンツォはコリーンを鎮めようと、そっと肩を抱いた。その腕を、コリーンは痛いほどに掴んでくる。
「仔細は分かった。お前達、もう言い逃れは出来んぞ。詐欺罪、強姦罪、それに人身売買罪。全てはロベナー・クララックの指示か?」
男達は諦めた様子で罪を認め、親玉がロベナーであることも全てを白状した。
「腕輪は、腕輪はどこにあるの!?」
コリーンはまだ男達を睨み、問い詰めている。
しかし男達の反応はなかった。それがさらにコリーンの怒りを増幅させているようだ。
「なによ! 人でなし!! ファレンテイン人なら、結婚指輪の大切さくらい分かるでしょ!! あの腕輪は、あの腕輪は! お父さんと、お母さんがぁっ!」
さらに興奮するコリーンに、出て行くようイオスに目で合図される。ロレンツォは聴取部屋から出ると、急いでコリーンを連れて自分の執務室へと入った。
中に入っても、まだコリーンは興奮収まらず、ロレンツォに食ってかかってくる。
「コリーン……」
「ロレンツォ! あいつらが、あいつらが腕輪を取ったんだよ!」
「ああ」
「唯一の形見なんだよ!! 取り返してよ!! なんであんな奴らが! 平気で大切な物を奪って行くの!!」
コリーンの目からはボロボロと涙が溢れ出している。しかし哀傷の瞳では無い。その目は、憎悪に満ちている。
「あいつらっ! 絶対許せないッ! 絶対ッ! 絶対ッ!!」
「コリーン、もうやめてくれ」
「あんなやつら、死ねばいいっ!」
「コリーンっ!!」
「法で殺せないなら私がっ! 私が、あいつらを殺してや……っ」
ロレンツォはコリーンを引きつけると、覆いかぶさるようにその唇を奪った。
パーカーのフードがぱさりと落ち、長い髪が全貌を現す。
コリーンの人を恨む顔など見たくはなかった。
憎悪に満ちた表情など。
人の死を望むような言葉など、聞きたくない。
もっと、コリーンの心に寄り添ってやれば良かった。
ちゃんと気持ちを吐き出させてやるべきだった。
こんな顔をさせたのは、こんな言葉を言わせたのは、ケアしてやれなかった俺の責任だ……!
キスで無理矢理に言葉を止めるなど、最低だとわかっていた。
しかし、あれ以上は聞いていられなかったのだ。力の入っていたコリーンの体が弛緩するまで、ロレンツォは唇を離さなかった。
「ん……ん、ロレン……」
コリーンの声が聞こえて、ようやく唇を離す。腕の中のコリーンの顔は赤く、瞳は潤んでいた。そこに憎悪の顔はなく、ロレンツォはホッとする。
「落ち着いたか?」
「う、うん……ごめん、私、つい……」
「いや……何も情報を入れずに会わせたんだ。配慮が足りなかった。すまん」
そっと体を解放すると、コリーンは赤い顔をしたまま首を横に振った。
そしてハッと息を吐き出している。
「仕事、休むか? 一人でいるのがつらいなら、俺もこのまま帰ろう」
「えっ、そんな、いいよ。大丈夫。仕事に戻るし」
「そうか。無理するなよ」
「うん。……ごめんね、ありがとう」
そう言ってコリーンはフードを深く被ると、ロレンツォの執務室から出て行った。
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