第21話 彼女のなりたい職業は
それから特に何事もなく、二ヶ月が過ぎた。
ロレンツォの目論見が当たったのか、コリーンの動きに変化はなくなっていた。
以前のロレンツォとコリーンに戻れたのである。父と、娘に。
「ねぇねぇ、ロレンツォ! 聞いて!」
「ん? どうした?」
いつものようにロレンツォが先に帰ってご飯を作っていると、仕事終わりのコリーンが、家に帰って来るなり嬉しそうな声を上げた。
ロレンツォは炒め物をしながら、目だけでコリーンを見る。
「あのね! ディーナさん、おめでただって! 赤ちゃん、出来るんだって!」
「っほう! それはめでたいな」
「でしょう!? 出産祝い、なにが良いと思う!?」
「出産予定はいつだ? まだまだ先だろう」
「来年の四月くらいかな」
「おいおい、九ヶ月近くも先じゃないか。ただ単に生理が遅れてるだけじゃないのか?」
「でもディーナさん、今まで遅れたことないから、絶対そうだって喜んでたよ」
「ぬか喜びにならなきゃいいがな……」
ジャジャッと炒め物をお皿に盛り付け、トンとテーブルの上に置く。
コリーンがジト目でこちらを見ていた。
「なんだ、コリーン」
「なんか、ロレンツォ冷たい」
「事実を言ったまでだ。期待すると、後でつらい思いをするのは本人だからな」
「そうかもしれないけど……」
言葉を詰まらせ、それでも納得いかないといった顔のコリーンに、ロレンツォは話し始める。
「俺の母親は、俺とユーファが生まれた後、なかなか子供が出来なくてな。いつもつらそうにしてたよ」
「そうなんだ。でも、結局出来たんだね。バートランド君だっけ」
「まぁ……な」
少し言い濁すと、コリーンは首を傾げている。そう言えばコリーンは、ロレンツォの家族に会ったことがない。
「……今度、ノルトに行くか?」
「え!? 本当!?」
想像以上にコリーンは喜んだ。その顔がキラキラと輝いている。
「ああ、アルヴィンのやつがトマトの出来を見に来いと手紙を寄越してきたし……そんなに嬉しいか?」
「もちろん! 私、トレインチェから出たことないんだよ! 楽しみ!!」
「そう……だったか」
そういえば、どこにも連れて行ってやったことがなかった。兵士時代は忙しく金もなかった。騎士になってからは戦争が激化してそれどころではなかった。戦争が終わってからは、コリーンの仕事が忙しくなって、どこかに出掛けるという発想がなかったのだ。
「じゃあ、二日ほど休みをもらえるか?」
「うん、頼んでみる!」
「ついでにユキヒメとユメユキナを連れ帰って、血統の血量の計算をして、次世代の馬を作りたいんだ。手伝って欲しいんだが」
「いいよ。血統表は?」
「ノルトにある。初代ユキの血は、うちの馬のほとんどに流れているからな。ユメユキナのお婿探しを手伝ってくれ」
「分かった!ユメユキナも子どもを生むのかー、楽しみだね!」
まだ受精させてもいないうちから、大袈裟である。しかしそんなコリーンがなぜか可愛い。
「上手く行ったら、お前に名前を付けさせてやろう」
「え!? 本当!? なにがいいかなぁ」
「今から考える気か? オスかメスかも分からんというのに」
「まぁ、わかっちゃったら面白くないよね。ディーナさんところも、どっちが生まれるのかなぁ」
「あそこは男か女かと言うより、人間が生まれるのかエルフが生まれるのかが気になるな。ハーフだから、やはりハーフエルフか?」
「人間の子が生まれるよ、きっと」
ロレンツォが疑問を口にすると、コリーンは当然のようにそう言った。
「何でだ?」
「人間とエルフの間にできる子は、九割が人間の姿をしてるんだって。エルフが森でひっそりと暮らしている理由がこれだよ。人間と結婚すると、エルフの総数を減らしちゃうから」
「へぇ」
「ちなみにハーフエルフっていう、人間とエルフの中間の姿で生まれる確率は、一パーセント未満。はぐれエルフって聞いたことある? 異端で村を追い出されたり、自分の意思で仲間との接触を避けるエルフのことをいうんだけど、ハーフエルフはほとんどはぐれエルフになるって話」
「どうしてだ?」
「生きる時間が、エルフとも人間とも違うからだって。見た目もどちらとも似つかないから、どっちの種族からも敬遠されて、はぐれエルフになるしかないんだよ」
「……なるほど」
人とエルフの結婚というのは、思った以上に大変そうである。しかしそんなことより、コリーンの知識の豊富さにロレンツォは驚いた。
「しかし、よくそんなこと知っているな」
「勉強したから」
「お前は一体、なんになるつもりだ?」
そう聞くと、コリーンは少し顔を赤らめている。なにか思うところでもあるのだろうか。
「馬鹿にしない?」
「人の夢を笑うような奴だと思われているなら、心外だな」
「だよね……えっとね、実は……」
コリーンは一つ呼吸して、その夢を口にした。
「教師に、なりたかったりする」
「教師?」
意外ではあったが、妥当とも言える職業だ。コリーンなら良い教師になれる気がする。
「へぇ……いつから教師になりたいと?」
「最近だよ。戦争が終わる、少し前。ディーナさんに文字を教え始めてからね、すごく楽しくて。こういう職業につけたらなーって、漠然と思うようになっただけ」
「いいじゃないか。教師になればいい」
「ええ!?」
「なにを驚いているんだ?なりたいんじゃないのか?」
「でも…… 」
コリーンの危惧するところが分かり、ロレンツォは首肯する。
「大学に通う費用は負担してやるから心配するな」
「そんな、いいよ!」
「家族なんだから遠慮するなって言っただろ?」
「でも……」
「じゃあ、教師になって稼ぎ始めたら返してくれればいい。教師も騎士並みに給料がいいらしいからな」
その条件で納得したのか、コリーンは頷きを見せた。
「ありがとう、ロレンツォ」
「どういたしまして。来年の受験までにちゃんと勉強しておけよ。最近仕事疲れで、勉強していないだろ」
「う、うん。頑張る」
「まぁ、無理せんようにな」
ロレンツォがコリーンの頭をポンと叩くと、コリーンは嬉しそうに笑っていた。
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