第16話 コリーンが一人でする事は

 ロレンツォは、よく貴族のパーティに出席していた。本来なら一般人であったロレンツォは出席できないのだが、同じ騎士隊長のスティーグに頼めばどうにかなった。

 最初はリゼットと同じパーティに出席するためだった。彼女と付き合い始めてからは、社交的な付き合いが苦手な彼女を助けるために。そして、今は。


 カミル・キンダークというとアクセルの友人か。駄目だな。

 ラファエル・ヨハナはどうだろうか。年も近い。少し、高貴過ぎるか?

 クロード・クララックは……まだ若すぎる。



 パーティで見繕うのは、女ではなく、男だった。

 勿論、ロレンツォにそのはない。アクセルと別れてしまったコリーンのために探しているのである。

 コリーンを自立させるために勉強を強いてきたロレンツォだったが、アクセルと別れたことで仕事一辺倒になってしまいそうな彼女が心配だ。いい人と出会い、いい結婚をしてほしいと思うのは親心である。コリーンがその気になった時のために、今から渡りを付けておきたい。

 しかしこの日はロレンツォのお眼鏡に適う者がなく、ロレンツォは何人かの女性と会話を楽しんだだけで終わった。


 パーティが終わると、ロレンツォはどちらの家に帰ろうか悩んだ。イースト地区にある己の家に帰るか、ノース地区にあるコリーンの家に帰るか。


「もう夜も遅いな。コリーンも眠っているかもしれん。今日は家に帰るか……」


 ロレンツォは二日に一度……いや、もっと高い頻度でコリーンの家に泊まって行く。

 コリーンが心配で仕方ないというのもあるのだが、イースト地区の家で一人でいると、違和感で落ち着かないからだ。

 遠い昔、ロレンツォがトレインチェに来た頃も、同じような違和感に襲われたことがある。父親のレイロッド、母親のセリアネ、妹のユーファミーア、弟のバートランド。家族がいない時に感じる寂しさは、その時にすでに味わっている。

 しかし、当時は夢に燃えていた。絶対に夢を叶えるという強固な意志の元、ロレンツォはそれに邁進することでホームシックを吹き飛ばした。それに、仕事終わりに帰ろうとして帰られる距離でなかったのも大きい。結局は我慢するしかなかったのである。今とは状況が違った。

 ロレンツォは現在、夢を叶え、金銭的にも精神的にもかなりの余裕ができた。

 コリーンの住まう場所は、騎士団本署からロレンツォの足で三十五分ほどの位置。イースト地区の家に帰るのは二十分かからないので、そちらの方が近くはある。が、ノルトの村に帰る事を思えば、そんな距離は大したことないのだ。なので、ついついノース地区のコリーンの家に帰ってしまっていた。


「やっぱり、今日もノース地区に帰るか」


 コリーンはいつでも来てくれていいと言っていたし、別に構わないだろう。ロレンツォとコリーンは、『家族』なのだから。

 ロレンツォはコリーンセレクトロレンツォヴァージョンを香らせながら、ノース地区のコリーンの家へとやってきた。当然のことながら、鍵は掛かっている……かと思いきや、簡単にドアノブが回った。


「不用心だな。九時を回っても俺が来なければ、鍵は掛けろとあれほど言っておいたというのに……」


 コリーンが自分の言い付けを守らなかったことに、多少の怒りを感じつつも歩みを進める。


「コリーン?」


 いつもは飛び出してくるコリーンの姿がない。おかしい。何かあったのだろうか。

 思えば、イースト地区で多発している婦女暴行事件の犯人は、まだ検挙されていない。


 まさか……イースト地区にある俺の家に向かったなんてこと、してないだろうな……


 ロレンツォは一瞬青ざめるも、家の中にある人の気配を感じ取る。

 その中から、苦しそうな人の声。


「っはぁ、ロレン……ツォ……ロレンツォッ」


 コリーンの声だ。苦しそうに呻き、ロレンツォに助けを求めているような声が上げられている。


 くそっ!! 強盗か!? 拘束されたかっ!


 ロレンツォは剣を引き抜き、コリーンの部屋の扉を物凄い勢いで押す。

 バタンッ! と扉の開く音がすると同時に、ロレンツォは声を放った。


「コリーン! 大丈夫かっ!?」


 そう言った瞬間、予想外の光景が目の前に繰り広げられていて、ロレンツォは逡巡した。

 そこにはコリーンの他に、誰もいたりはしなかった。当然、コリーンも拘束されてなどいない。

 ロレンツォの目の前にあるのは、彼が買ってやったベッド。その上に、二十歳を迎えた女性があられもない姿で、一人自分を慰めていたのだ。

 コリーンは突然の侵入者に、目を丸めている。


「ロレン………っ!?」

「…………」


 ロレンツォは無言のまま、その扉を閉めた。パタンと音がすると、しばらくそのまま固まった。

 そしてロレンツォは剣を納め、よろめきながらキッチンのシンクにもたれかかる。

 冷静なロレンツォの頭は、若干混乱していた。女性のあんな姿を見るのは初めてではない。確かにコリーンの乱れた姿など見るのは初めてであったが、彼女も経験済みの女だ。そんな気分になることはちっとも不思議ではない。

 問題は、そこではないのだ。


 どうして、俺の名前を……?


 もう、コリーンの部屋からは何も聞こえては来ない。しかし、先ほどは確かに自分の名前を呼んでいた。


 ………………どうする。

 まさか、コリーンが俺のことを?

 それともただ単に慰める相手に、手近な俺を使っただけか?


 ロレンツォはコリーンとは、できれば今の関係を続けて行きたい。

 妹のようで、娘のようで、大切な家族。

 ここまで育て上げた苦労を、この大事な娘を、こんなことで、関係を破綻させたくなどない。


 聞かなかったことに、するか……。


 コリーンがロレンツォを好きだったとしても、あんな場面に遭遇して知られるのは嫌に決まっている。

 ならば、何も聞かなかったふりをして過ごしていけばいい。もし本当に好かれているのなら、改めて告白してくるはずだ。


 告白されたら……された時に考えよう。


 ロレンツォはそっと息を吐き出し、いつものように風呂に入ってから煙草を燻らせ、そしてコリーンの隣の部屋で眠った。


 翌朝、ロレンツォが朝食の準備をしていると、コリーンが起きてきた。いつも彼女が起きてくる時間よりは遅い。顔を出しにくかったのだろう。


「おはよう、コリーン」

「ロレンツォ……おはよう……」

「昨日はすまなかったな」


 そう言うと、コリーンはカァっと顔を赤らめて俯いた。


「昨日は、パーティだから来ないって……」

「まぁ、癖でついこっちに来てしまってな。あんまり恥ずかしがるなよ。ここはコリーンの家なんだから、してて当然だろ? これからは気をつけるよ」


 苦笑いしながらコリーンの頭をポンポンと叩くと、コリーンは目だけでロレンツォを見上げて問い掛けてくる。


「……聞いて、ないの?」

「ん? なにをだ?」


 聞くまでもなく、慰めの相手にロレンツォを使ったことだろう。しかしロレンツォは見事な演技で知らぬふりをすると、コリーンはほっとしたように「なんでもない」と少しだけ笑っていた。


 その日、出勤すると一通の招待状をウェルスから手渡される。その内容を見て、ロレンツォは目を丸めた。


「明日の日曜? えらく急ですな」

「昨日、指環をプレゼントした。結婚は早い方がいいと、私もディーナも考えたのだ。なにもなければ、ぜひ出席して欲しい」

「なにかあったとしても、そっちのけで行かせてもらいますよ。おめでとう、ウェルス殿」

「ありがとう、ロレンツォ殿」


 そういうウェルスの顔は、笑みで満たされていた。普段無表情な彼からは想像できないほどの笑顔。幸せなのだろう。相思相愛だった二人がリゼットに引き裂かれ、今再び元に戻ろうとしている。


 これでリゼットも、胸を撫で下ろしているだろうな。


 彼女とて、二人の仲を引き裂きたいわけではなかったのだから。

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