第17話 結婚式の祝辞には
ウェルスの結婚式は簡素だった。
招待客も、団長、隊長、コリーンという顔ぶれだ。しかし祝福された二人は、この世の誰よりも幸せそうな顔をしていた。
「ウェルス様、ディーナさん。本日はご結婚、誠におめでとうございます。お二人を祝福するかのごとく、お日柄もよく、晴天にも恵まれ、まるで今後の明るい結婚生活を象徴している気さえ致します。その新しい門出に私などをお招き下さり、恐悦至極に存じます。お二人の苦難の道がようやく開かれましたこの栄えある日に……」
コリーンがウェルスとディーナに、長い祝辞を述べているのを聞いて、ロレンツォは苦笑いした。堅苦し過ぎだ。勉強ばかりさせてきてしまった結果だろうか。ウェルスとディーナはそれでも嬉しそうに聞いているのでよかったのだが。
長い長いコリーンの祝辞が終わると、今度はロレンツォが前に出た。コリーンはロレンツォに軽く会釈して下がっている。ここでは、コリーンとロレンツォは他人だ。誰も二人が知り合いとは思ってはいないだろうので、互いにそう装った。アクセルあたりには、もしかしたら知り合いだと勘付かれているかもしれなかったが。
「おめでとうございます、ウェルス殿、ディーナ殿。お二人が結婚されて、羨ましい限りですよ。ぜひ、ファレンテインいちのおしどり夫婦となって下さい。そして何か困った時には、俺を頼ってください。このロレンツォ、いかなることでも協力は惜しみません」
「ありがとう、ロレンツォ殿」
「ありがとう! ロレンツォさん! で、おしどり夫婦って何?」
ディーナはウェルスに聞き、ウェルスは意味を丁寧に説明する。理解した彼女は「おしどり夫婦になるよ!」と元気に約束してくれた。
ロレンツォが下がると、今度はリゼットが挨拶に向かっていた。もしかしたら彼女は欠席するかもしれないと思っていたが。しかし思った通り、挨拶の内容は祝辞というより、別れさせてしまったことへの陳謝のようだった。ウェルスは首を横に振り、ディーナは「いいっていいって」と言いながら両手を左右に揺らしている。
ふと見ると、先に挨拶を終えていたアクセルとコリーンが、二人並んで何事かを話しているようだった。
視線を戻すと、リゼットが挨拶を終えて戻ってきている。その彼女が、ロレンツォの隣へとやって来た。
「お疲れ、リゼット。心のつかえは取れたか?」
「ええ……二人は優しいわね。私の愚行を、笑って許してくれた」
「愚行などではないだろう。俺もアーダルベルト様の直属騎士であったなら、同じ行動を取ったに違いない。結局はこうして彼らは幸せになっているのだし、もう気に病むのはやめたらどうだ?」
ロレンツォがそう言うと、リゼットは少し笑顔を見せて「そうだね」と答える。そして。
「私も……これで、ようやく……」
「ん?」
言い淀んだリゼットに、ロレンツォは続きを促した。するとリゼットはなぜか傷ついた表情を見せて、首を横に振る。
その首の揺れが止まった彼女の顔は、いつもと変わらぬ騎士隊長目付きであった。
「ううん、何でもない」
「……?」
察しの良いロレンツォが、この時だけはなぜか、リゼットの思いに気付けなかった。
ウェルスとディーナが結婚すると、コリーンの生活は少し変わった。
ディーナがウェルスの家に住むことになったので、店番の日は開店準備のために早く家を出ている。帰りも先にディーナを帰らせるために、遅くまで店番をしていた。それに日曜も出勤するようになった。ウェルスの休みに、ディーナも休みたいだろうからと。
ロレンツォは反対したのだが、新婚なのだし、主婦は忙しいのだからと言ってコリーンは譲らなかった。その分、少し給料も上がったようだったが。
「ただいまー。あー、いい香り! あ、クミンシードのゴーダチーズもある!」
「おかえり、コリーン。いつも頑張ってるからな。これは俺の奢りだ」
「ありがとう、ロレンツォ!」
八時半に帰ってくるコリーンのために、ロレンツォはほぼ毎日ノース地区の家に帰ってくる。基本、五時に仕事が終わるロレンツォは、コリーンのために夕食を作ってあげていた。
二人は食卓に着き、ロレンツォの料理を食べ始める。いつもの、光景だ。
「どうだ?」
「うーん、美味しい! でも毎日食事を作って貰って、申し訳ないなぁ……」
「気にするな。俺の兵士時代はコリーンに毎日作ってもらってたんだから」
「そうだけど、ロレンツォだって働いてて疲れてるのに」
「兵士と違って、平時の騎士は暇なもんさ。今はお前の方が大変なんだから、こういう時は助け合いだ」
「……うん、ありがとう。帰ってすぐにご飯が食べられるって、幸せだね」
「そうだろう?」
コリーンの言葉に、ロレンツォは満足して頷いた。
食事が終わると、二人で後片付けをするのも日課だ。コリーンが食器を洗い、ロレンツォが拭き上げる。狭いキッチンでは肘がよく当たるのだが、特に気にすることでもない。が、最近のコリーンは肘が当たるたび、顔を伏せてくる。
なんだろうな。やはり、俺の事が好きなのか? それとも俺の考え過ぎか?
数々の女性経験を積んできたロレンツォは、好かれていると感じれば、押すタイプだ。しかし相手はコリーンである。押して関係を深めるつもりは毛頭ないし、むしろこのままの関係を望んでいるのだ。好かれては、逆に困る。コリーンとはあくまで家族でいたい。
まいったな。こういう場合の対処法が、分からん。
もしも家族に対する以上の愛情を向けられているのなら、今の関係を壊さずに諦めさせたい。しかしそれはなかなかの難問である。コリーンからの告白も、できれば避けたい。
コリーンとは、もう十年以上も共に暮らしているのだ。妹のユーファミーアでも、一緒に暮らした期間は十年である。年頃の期間を共に過ごしたコリーンの方が、思い入れが強いくらいだ。
結局ロレンツォは、コリーンの気持ちに気付かぬふりをして過ごす以外になかった。
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