第14話 家族とは
その数ヶ月後、戦争が終結した。なんとか最後の戦いに勝利したのだ。これから凱旋である。
皆疲れていたが、トレインチェへと帰りたい思いは強く、足は自然と町の方へ向かって行く。
ロレンツォも同じだ。早くトレインチェへ帰りたい。アパートで一人寂しく待っているコリーンを、安心させてやりたい。
トレインチェに戻ると、街は歓迎ムードに包まれた。凱旋パレードだ。街は彩られ、屋根の上からは色鮮やかな紙吹雪が舞い降りる。
沸き起こる群衆の中に、ロレンツォは家族の姿を見つけた。コリーンだ。
彼女は、ロレンツォの姿を見つけた瞬間、泣き出していた。今すぐ駆け寄りたい気分だったが、そうもいかず、ロレンツォは笑みを向ける。やはりコリーンは泣き続けていた。
騎士団本署に入った後は、戦死者の弔いと、その家族への報告に追われた。その数は多く、生きて帰れたのは奇跡だったと思わせるほどだ。
コリーンの待つアパートへ戻ることができたのは、夜になってからだった。
「ただい……」
「おかえり! ロレンツォ!」
コリーンはロレンツォに飛ついてきた。ロレンツォは呆れながらもその髪を撫でる。
「ただいまくらい言わせてくれ」
「おかえり、おかえり、おかえり、ロレンツォ……よかった……無事で……」
「……ただいま、コリーン」
再び大泣きするコリーンに、ロレンツォは憫笑する。これは相当心細い思いをさせてしまっていたに違いない。
「なにか食べる物はあるか?」
「うん、いっぱい作ったよ」
コリーンはグシっと涙を拭き、ロレンツォの手を引っ張った。
テーブルの上には、ファレンテイン料理が所狭しと並べられている。
「美味そうだ。コリーンの料理も久しぶりだな」
「いっぱい食べてね」
「ああ、いただきます」
「いただきます」
ロレンツォはコリーンと共に存分に食事を楽しみ、その夜は遅くまで話をした。
その数週間後。季節は春。コリーン二十六歳の誕生日を迎える。実年齢、二十歳。
そう、その年齢を迎えるという事は、結婚十周年を迎えるということ。コリーンに永久的なファレンテイン市民権が与えられる年である。
無事にこの時を迎えられて、ロレンツォはほっとした。役所で離婚届を貰い、帰る途中で花束を買った。離婚するのに花束はおかしいとは思うが、それでもコリーンの新たな門出を祝う気持ちだ。きっと喜んでくれるだろう。
「ただいま、コリーン」
「おかえり、ロレンツォ。うわあ、すごい花束! 今日は誰とデート?」
「これは、お前にだ」
「私に?」
花束を差し出すと、コリーンはそっと受け取ってくれた。嬉しそうにその花を愛でている。
「ありがとう、ロレンツォ。花瓶買ってこなきゃ」
「そうか、うちには花瓶がなかったな」
二人で苦笑した後、コリーンはとりあえず桶に水を入れて、その中に花束を入れている。
「十年間、よく我慢したな。永久的ファレンテイン市民権の取得、おめでとう」
「私なんて我慢したうちに入らないよ。ロレンツォの方が制限あって大変だったでしょ。ロレンツォにはなんの利も無いっていうのに、私のために十年もの間、本当にありがとう」
「過ぎてしまえば早いもんだな。じゃあ、離婚式と行くか」
ロレンツォは離婚届を出すと、さらさらとそこに必要事項を記入した。それをコリーンに渡すと、彼女もまたさらさらと名前を書く。なんの滞りもなく、あっさりと離婚式は終わった。
「じゃあ、これは明日にでも提出しておく」
「うん、ありがとう。……これで、家族じゃなくなっちゃうんだね……」
目を伏せて、寂しそうに笑うコリーン。ロレンツォはそんなコリーンに、首を振って答えた。
「確かに法的には家族じゃなくなるが、俺のコリーンへの気持ちは変わらない。コリーンは俺の妹であり、娘でもある、大切な家族だ」
「……よかった。ロレンツォは、私にとって、たった一人の家族だから」
コリーンは涙を滲ませている。最近の彼女は涙腺が弱いらしい。
「私、まだこの家に居てもいい? いい物件が見つからなくて」
「ああ、じゃあ俺が出て行こう。イースト地区に俺の家はあるしな。この家はこのままコリーンが住むといい」
「いいの?」
「ああ。ここなら俺も気軽に訪ねて来られる」
「遊びに来てくれるんだ」
「コリーンさえよければだが」
「もちろん! いつでも来て、家族なんだから!」
嬉しそうに微笑むコリーンに、ロレンツォもまた微笑を向けたのだった。
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