第13話 二人の間には
「ロレンツォ、見て見て!ロレンツォの顔がおっきく載ってる!」
「どれ」
朝食のコーヒーを入れながら、ロレンツォはコリーンの持ってきた新聞を覗いた。そこには確かに、自分の顔とエルフのウェルスの顔が大きく載っている。
「読んでくれ」
「うん。【名誉の勲章。イオス・リントス、スティーグ・クラインベック、アクセル・ユーバシャール、リゼット・クルーゼの四名しか与えられていなかった勲章が、新たに二人も同時に授与された。その二人とはロレンツォ・カルミナーティとウェルス・ラーゼである。団長アーダルベルトは、『抗争が激化する中、このような優秀な人材が隊を統率するのは喜ばしいこと。これからも惑う事なく皆を率いていって欲しい』と二人に叱咤激励をした。勲章を授与された隊長は、今後人々に敬われることになりそうだ】だって!」
「うん、悪くない」
ロレンツォは口の端で笑った。ようやく、ようやくここまで上り詰めた。アーダルベルトの右腕と言っても過言ではないだろう。
「ロレンツォ、すごいね。皆ロレンツォ様ロレンツォ様って、すごい人気だよ。人気投票したら、アクセルと同率一位取れそうなくらい!」
「どういう褒め方だ。お前にとっては、アクセルが一番だろう?」
「そ、そんな事ないよ」
「最近、アクセルとはどうなんだ? 頻繁に会ってる様だが」
「ど、どうって!?」
その狼狽え振りに、おや? とロレンツォはコリーンを見下ろす。
ようやくキスくらいはしたかな。それとも……
「残り三年の辛抱だ。妊娠だけは気をつけてくれよ」
「っえ!? う、わ、わかってる!」
ぴっぴと汗を飛ばし、顔を真っ赤にするコリーン。初々しい反応を、ベッドの上で見るのは好きだ。が、娘同然であるコリーンのこんな姿を見るのは、少し複雑である。
「俺が邪魔なようなら、イーストドールに家を借りることになったから、出て行くが」
「出てく? どうして」
「俺たちのことは秘密なんだから、アクセルを家に連れて来られないだろう」
「連れて来ないよ。だから、出て行くなんて言わないで! たった一人の、家族なのに……」
泣きそうになっているコリーンを、ロレンツォは慌てて宥める。
「すまん。俺がいては二人に悪い影響が出ると思ってな」
「別に、そんなこと……ねえ、イースト地区に引っ越すの?」
「さて、どうするか。引っ越すにしてもコリーンは連れて行けないな。あそこは騎士隊長ロレンツォの家と知れ渡って行くだろうし、そこにコリーンが出入りしていたら疑われてしまう。アクセルにも」
リゼットにも、と心で付け足す。ロレンツォは特段気にするでもなかったが、特定の女がいると思われるのはやはり嫌だった。
「ここに居て欲しい……駄目?」
「ああ、別に問題無い。今まで通り暮らしていこう」
そう言うとコリーンはほっと息を吐いていた。
***
月日は流れ、隣国との戦争が本格化してしまった。
ロレンツォら主要騎士は、活動拠点を首都トレインチェからアルバンの街へと移していた。コリーンを連れて来るわけにも行かず、寂しい思いをさせてしまっているが仕方ない。
ある日、暇を見てノース地区のアパートに戻ると、コリーンがこんなことを言い出した。
「ロレンツォ、私働きたい」
以前、子どもの頃にも同じことを言ったコリーンである。ロレンツォとしては、働くよりも勉学優先だ。
「……勉強は」
「やれることは全部やった」
「もっと専門的に勉強したいことはないのか? 学校の費用なら気にしなくていい」
「私、十分やったよ!もう少しで私、二十歳になる。働いてもいい年でしょ? 二十歳になったら自立しなきゃいけないんだから、今のうちに働く経験をしておかなきゃいけないよ」
「……そうだな」
ロレンツォが首肯すると、コリーンは飛び上がるほど喜んだ。それでなくともロレンツォ不在の日が続いて、心細いだろう。働くことで、少しは気が紛れるかもしれない。
「ありがとう、ロレンツォ! 早速仕事を探さなきゃ!」
「そういえば先日、ウェルスが経理のできる、信用ある人物を探していると言っていたな。知り合いの店が、騙されて金を奪われて逃げられたんだそうだ。俺の親戚だと言えば、そこで働かせて貰えるはずだが……そこでもいいか?」
「事務仕事? うん、やってみたい。やれると思う」
「じゃあ、そう伝えておこう。ちゃんと自分の仕事に誇りと責任を持って、働くんだぞ」
「うん、頑張る」
「言葉遣いも気をつけてな」
「わかってる。もうファレンテイン人以上にファレンテイン人らしく振舞えるよ」
「ならいいが」
もう少しでコリーンは永久的なファレンテイン市民権が得られる。そうなれば即ロレンツォと離婚し、アクセルと結婚すれば良いだろう。もしアクセルと上手く行かなくなっても、永久的市民権があれば安心だ。
「アクセルともなかなか会えなくて寂しいだろう。大丈夫か?」
そう聞くと、コリーンはロレンツォを見上げた後、目を伏せた。
「別に、アクセルとはなにもないし」
「……付き合ってたんじゃなかったのか?」
「付き合ってないよ。付き合ってなんか、ない」
「……そうか」
ロレンツォは、もうそれ以上聞かなかった。男女間のことだ。コリーンとアクセルの間に何があったか知らないが、根掘り葉掘り聞くべきじゃないだろう。
「残念、だったな」
ロレンツォは、いつかリゼットと別れた時に言われた、コリーンの言葉を思い出しながらそう言った。
言われたコリーンは、ポロポロと涙を流しながら「うん」と答える。
ロレンツォはそんなコリーンを優しく抱き寄せ、その手で包んだ。
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